第80話~過労~

大会会場。午後12時を少し過ぎた頃。


美桜がなんとか個人戦を突破し、個人戦の全部の日程が終り休憩している中皆が美桜を心配そうに見ている。

美桜はその光景を疑問に思う。


その時、顧問の先生が午後の団体戦の時間が早まったと伝えに来た。

どうやら他校の都合で13時30分開始だったのが順番を早めてもらうように話し合いが持ち込まれ、急遽美桜達の試合が前倒しになり10分後に始まる事になった。


出場メンバーが立ち上がり、自分の飲み物等を持ち待機場所まで移動する。

座っていた美桜も移動するべく立ち上がったのだが、突然目の前が一瞬だが真っ暗になり体制を崩し、再び地面に座り込んでしまった。


「一ノ瀬さん!大丈夫?!どこか具合悪い?…ダメそうなら試合」

「大丈夫です!少し…立ちくらみを起こしただけで、なんともありません。熱もないですし、本当に大丈夫です!試合も絶対に足を引っ張りません!大丈夫です!」

美桜が体制を崩したのを見た主将が美桜に駆け寄り声を掛ける。

その時に試合の棄権を提案しようとしたのだが、美桜の力強い言葉にさえぎられた。


美桜は最後までやり遂げたいと力強く伝える。

主将はそれを受け入れる事しかできず、美桜を心配そうに見ながら肩を貸して美桜を立ち上がらせる。

美桜は立ちくらみも治まったので一人で歩けると言って主将にお礼を伝え、お手洗いに行って待機場所に行く事を伝えてこの場を後にした。


原さんや峰岸君も美桜の強い想いに何も言えずにいて美桜の試合を不安そうに見守る。


美桜がお手洗いに行き顔を洗い引き締めた顔で待機場所まで行き入場を待つ。

美桜は自分では緊張で顔がこわばっていると思っていたのだが、明らかにおかしいと周りは感じとる。

顔はいつもより青白く、皆の前では笑顔だが、時々どこか疲れているような表情をする時がある。


「(あれ…汗?何もしていないのに…それに…また手が冷たく…震えて…。)」

美桜が自分に起こっている症状を確認していると、入場の合図があり、移動を始めた。


今は試合が大事だと目の前の事に集中する。

美桜の試合が回ってきてマットに立ちお辞儀をして笛が鳴り身構えて攻防をお互いに繰り出す。

美桜の動きがいつもより鈍い。

それはさすがに自分でもわかるくらいに。


体や手足が鉛のように重く感じ、視力は良いはずなのに目の前の相手が時々ぼやけて見える。

熱はないはずなのに頭痛も起こり始めた。


それはおそらく自律神経が乱れ、めまいや頭痛などの症状を引き起こしているのだろう。

美桜は自分で作った自主練のメニューをこなしていたのだが、その内容は誰が見ても無茶だと思えるくらいに睡眠時間を減らし、空手の練習内容を詰め込んでいた。


空手の経験が少ない自分が皆の足を引っ張らないように、インターハイの本選に出る為にやらなければならないと、自分では気づかないうちに予選の日が近づくにつれて追い込みをかけていたのだ。

過労になるほどまでに。


今その症状が出たからと言って投げ出すわけにはいかない美桜は気力を保ち、だんだんと体の自由が利かなくなり始めている中、どうにか技を入れて激しい攻防の末に美桜は点を相手に多く取られてしまい敗北で終わってしまった。

美桜を心配していた皆が大きなケガもなく無事に試合が終わった事を安堵した。


美桜は試合が終わりお辞儀をしてその場を離れようとした刹那、美桜の目の前が真っ暗になりその場に倒れた。


一連の様子を見ていた観客たちは騒いだが、その場に峰岸君が飛び出し美桜をお姫様抱っこして会場内にある医務室のベッドまで運んでベッドの上に寝かした。


医務室の中には心配そうに美桜を見る峰岸君と原さん、美桜の荷物を持ってきた後輩の子と顧問の先生がいる。

主将さんは団体戦の続きがあった為美桜の側にいられなかった。


救護医の人が美桜の様子を確認する。

脈は正常で、ただ眠っているだけなので救急車を呼ぶほどではないとの事だ。


だが、このまま安静にした方がいいとの事でここで休むか帰宅するかを提案する。

その提案の中で峰岸君と原さんが美桜を連れて帰る事を申し出た。

顧問の先生は迷ったが、この後の事もあり、二人に託すことにした。


原さんが後輩の子から美桜の荷物を預かり、顧問の先生はよろしく頼むと二人に別れを告げ、医務室を出た。


「美桜ちゃん…やっぱり無理していたんだね…。もっと強く言ってればこんな事には…。峰岸君、美桜ちゃんを着替えさせるから医務室の外で待ってて?準備出来たらまた呼ぶね。」

「……わかった。(やっぱり…何もできなかった…。これじゃ何のための…。)」

二人は肩を落としながら美桜を連れて帰る為の準備に取り掛かる。


「ん…ここ…は?」

「美桜ちゃん!よかったよ~。無事に目が覚めて。救護医の人が今日はもう帰るようにって言ってたよ。顧問の先生も承諾済みだよ。」

申し訳なさそうに謝り承諾する美桜に原さんは極力明るく接して着替えをすすめる。


着替えが終わったので原さんが峰岸君を呼びに行き帰る準備が出来た三人はタクシーを使って美桜の家まで帰る事にした。


美桜の家に着きタクシーの中で眠ってしまった美桜を峰岸君がお姫様抱っこして、原さんが美桜の荷物を持ちタクシー代を払った。


峰岸君は手がふさがっているので原さんがインターホンを鳴らして峰岸君の後ろに下がる。


家の中から慌てる足音が聞こえ、勢いよく玄関のドアが開く。

出掛けようとしていた美桜の兄が玄関のドアを開けたのだ。

「……んだよ、お前か…って美桜?!どした?!」

「…お久しぶりです。試合の後、倒れたので…。」

「やっぱりか…。中…入ってくれ…。君は……。」

「こんにちは。原と言います。」


兄は峰岸君達を家の中に招き入れる。

その際原さんの事が目に入り、面識がなかったのでたずね軽く挨拶をして美桜の部屋まで案内した。

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