第72話~オープニングセレモニー(中編)~

鳴宮さんとの会話の後、母と美桜は挨拶回りを再開していたのだが、美桜は慣れない場所という事もあり身体的に疲労が出始め、それに気づいた母が休むように美桜に伝えた。

美桜は母の言葉に頷き一度母と別れ会場の隅の方にある椅子に座って休む事にした。


会場の隅の椅子に座って休んでいる美桜の右斜め前から近づく気配があり、声を掛けられた。


「一ノ瀬さん…?」


美桜は声のする方に顔を向けるとそこには峰岸君がスーツ姿で立っていた。

この場所で峰岸君に会えるとは思っていなかった美桜は驚いた顔で峰岸君を見る。

それと同時に先ほどオープニングの挨拶で峰岸の名前があった事を思い出し、聞き間違いではなかったのだと実感する。


「隣…いい?(一ノ瀬さん…すごく綺麗だ…お化粧やドレス…似合ってるな…。)」

「は…はい…どうぞ…。(まさかこんな所で会えるなんて…嬉しい…けど…。『キス…また今度』あの時の言葉がまだちらつくんです~。……雅君のスーツ姿…かっこいいです…。あ~…でも直視できません…。)」


峰岸君が美桜の隣の空いてる席に座ってもいいか確認を取り返事をもらえたので椅子に座る。

美桜は心の中で葛藤し峰岸君の顔をまともに見れず目を逸らしながら峰岸君の問いに答える。


「……一ノ瀬さんはどうしてこのパーティに参加してるの?あの広告デザインの担当者さんの名前が『一ノ瀬』だった事と関係あったりする?」

峰岸君は美桜の隣に座ったはいいものの、緊張し俯きながら話題を考え美桜に問う。

峰岸君の問いに落ち着くよう心の内で自分に言い聞かせ、緊張で言葉が変にならないようゆっくり事の経緯を説明をする美桜。


「えっと…今回お母さんが広告デザインの仕事の依頼を受けて…それでお母さんがパーティに招待されたんです。…広告会社に勤めてるお父さんも、ショッピングモールの広告を担当したのでパーティの招待を受けて…。ショッピングモールのオーナーさんとお母さんが高校の時からの親友という事で私達兄妹も招待をされたんです。………雅君はどうしてここに?さっきのオープニング紹介の時にお名前がありましたが…。」

「そっか…そんな経緯があったんだね…。あの広告デザインの完成したのはもう見たかな?額縁を思わせるような黄色の囲みデザインの中央に色とりどりのアルストロメリアの花束が描かれているんだけど、その花束の下に文字が書かれているんだ。その文字を担当したのが僕の家だったから招待を受けたんだ。」


美桜は峰岸君が招待を受けている理由を聞き、広告デザインがそんな仕上がりになっている事は初耳だと伝える。

二人は緊張が次第に解けお互いが招待を受けている理由を話す中、峰岸君が椅子に座っていた理由を美桜に問う。


「…実は…場の雰囲気に少し疲れてしまって…お母さんが休むように言ってくれたのでここで少し座ってたんです。もう大丈夫になりましたので戻りますね!」

そう峰岸君に伝え、勢いよく椅子から立ち上がりその場を去ろうとする美桜の手を掴み美桜同様に椅子から立ち上がる峰岸君。


「待って!一ノ瀬さん!無理は禁物だよ。何か飲み物取ってくるから、ここに座って待ってて。」

美桜に微笑みながら伝えた峰岸君。

美桜は峰岸君の言葉に静かに頷き、座っていた椅子に再び座り峰岸君は美桜が椅子に座るのを確認して飲み物を取りに行った。


峰岸君と入れ替わるように母と父が美桜のもとへ来て様子を聞く。

「美桜…体調はどう?辛かったらもうお暇おいとましましょうか…。」

「あまり無理はしなくていいから…。何か飲み物取ってこようか?」

「お母さん…お父さん…ありがとう…もう大丈夫だよ。だいぶ落ち着いたからパーティーに戻ろうと思ってたの。」


美桜の体調を心配する母と父に美桜は安心してもらえるように答える。

そこへ兄も来てどうしたと事情を聴き、美桜を心配そうに見る。

そんな兄達に「本当に大丈夫だよ」と伝える美桜に「無理だけはしないで、何かあったら言ってねと」母に言われ美桜は「うん…ありがとう」とお礼を言った。



美桜と母達が話し終えた頃、鳴宮さんが美桜達家族を正面の方から手招きで呼んだ。

母が「行きましょう」と言って美桜は峰岸君の事を気にして椅子の方を見ながら鳴宮さんのもとへ行くと、和服姿の長身で整った顔立ちの男性と綺麗な顔立ちの女性、飲み物を取りに行っていたはずの峰岸君が両手に飲み物の入ったグラスを持ちながら困ったような表情で鳴宮さんと話していた。


「峰岸さん、こちら今回の広告をデザインしてくれた一ノ瀬さんです。一ノ瀬さん、こちら広告の文字を担当してくれた峰岸さん。」

鳴宮さんは両家の事を軽く紹介してくれて、お互いが初めましてと挨拶をする。

美桜と峰岸君は挨拶の中で「実は…」と付き合っている事はまだ伏せて同じ学校に通い同じクラスだという事を伝えた。

両親達が軽く驚き世間は狭いせまいものだと言葉を交わす。


両家が挨拶を終え、軽く世間話をしていたのだが思いのほか意気投合し鳴宮さんを交えて父母同士で会話に花を咲かせている。

その間に峰岸君は美桜の横に立ち体調を心配し、持っていたグラスの一つを美桜に渡す。

「ごめんね…飲み物持って一ノ瀬さんの所に行く途中で父さんに掴まってしまって…。」

「いえ…大丈夫ですよ…。飲み物ありがとうございます。いただきますね。」


美桜は峰岸君からグラスを受け取り心の内が温かい気持ちになり受け取った飲み物を軽く飲んだ。



そんな美桜達の光景を見ていた兄は不服そうな顔をしていた。

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