第26話~特注品とアザレアという街~

美桜がアルストロメリア王国の現状を使用人たちに聞いて回り終えたお昼過ぎ。


自室で今後どんな行動をし、それには何が必要か考えていると、部屋の扉の前で声を掛けられ招き入れる。声の主は侍女のリリーだ。


「カノン様。鍛冶職人と仕立て屋から注文の品が届きましたのでお持ち致しました。」リリーが両手にいっぱいの品物を抱えて持ってきた。

「わぁ!リリーさん!少し持ちます!そんなに両手いっぱいの品物ありがとうございます!前が見えにくくて大変でしたよね?!」


「これくらい、問題ありませんよ。ところでお嬢様?特注品の中にあるハサミなのですが…庭の植木を刈るには小さいように思えます。菜園にしても少々形が異なると思うのですが…」

ハサミの用途を聞かずに鍛冶職人に依頼をしていたリリーは疑問だったことを聞く。

美桜がホットケーキを作っていた時、鍛冶職人のところにいたリリーに用途と厨房での出来事を説明した。


「さ、砂糖の実がそのような使い道に…。それでこのハサミはこのような形を…。あの…そのように料理人たちが絶賛するお菓子というもの…ぜひわたくしも…。」と興味津々だが恐れおおいのかしどろもどろに話すリリーに美桜は「はい!ぜひ!皆さんにまだまだ試食していただきたいので!」と笑顔で話す。


その言葉にリリーは内心すごく楽しみでいつの日になるのだろうと心待ちにする。


「ところで、お嬢様?この後のご予定はもうお決まりなのですか?講義も終わってしまいましたし…」

「サーラさんから届いた服に着替えてスラム街に行こうと思っています。」

「まぁ!スラム街にですか!?お嬢様自ら?少々危険ではないでしょうか……」

「スラム街と言っても悪い人の集まりではないと思うのです。危険があったとしても皆仕事がなく生活を送るのに必死で自分と心に余裕がないだけだと思うのです。ですから自ら足を運び現状を知ることで何ができるか具体的な案が思いつくと思うのですよ。」


そう心配するリリーと話しながら届いたワンピースに目を通していく。

「この服にします!早速準備に入りますね。」服が決まった美桜は着替えを始める。

美桜の固い意思を汲み取りリリーも気持ちを固めた。


「お嬢様が行くというのであれば、わたくしも付いて行きます。あと、やはり侯爵令嬢という立場の為に護衛や馬車も手配致します。」

美桜と一緒に行くことを決めたリリーは美桜の支度の手伝いをし、護衛の手配や自分の支度しようと段取りを考える。


「それではお嬢様、お支度が出来ましたらお屋敷の入り口でお待ちくださいませ。

わたくしもすぐに参ります。」そう美桜に伝え部屋を出ていった。

美桜は姿鏡で身なりを整え、現地の声を書き留められるようにペンと紙の束を革製のバッグに入れ準備ができたのを確認し、リリーとの待ち合わせ場所に向かう。


数分後、リリーと護衛の二人が美桜が待つ屋敷の入り口に集う。

護衛の二人は目立つのは良くないと判断したリリーの提案のもと街人の服装だ。

リリーが手配した馬車に美桜とリリーが乗る。

この馬車も目立たないようにと一般の馬車を手配した。護衛二人は専用の馬がいるそうでそちらに乗り馬車の後ろと前を走る形で街に向かう。


一行は街に着き、馬で街中やスラム街を歩くのは目立つので街の入り口近くに馬房があるというのでそちらに馬を預ける。馬車引きにはおおよその戻る時間を伝えそれまで街中で待機しているようにお願いする。


護衛も少し離れて歩くようにお願いし4人はスラム街へと向かう。

街の西側に進むにつれて街中の立派なレンガ造りの建物とは打って変わり木造の簡易的な建物が目立つようになってきた。街との境目はあいまいだがどうやらスラム街に入っていたようだ。


数人の人の行き来はあるが他の街と比べると活気がない。

露店を出している人やすれ違う人達に美桜は積極的に話を聞きペンを取り紙に書き記そうとする。

だが街の人たちは皆、見慣れない姿の娘に警戒し誰も口をきこうとしない。

美桜はそんな態度に諦めることはなく話を聞きたいと強い気持ちを伝える。

その熱心な行動と瞳に美桜の様子を見ていた一人の老人が口を開く。スラム街の歴史と現状の話をまとめるとこうだ。


「はるか昔。大きな国アルストロメリアの全体を覆うように天災や大飢饉が起きた。それらは西側から来たことにより国の中でも一番の被害を受けたのは西側の街アザレアだけだ。他のところは国の復興が追い付き生活を立て直せたが、アザレアだけは被害が大きいため復興が追い付かず資金もついえて結果、国も他の街の人々も出来ることが少なくなった。


家や畑、職を失ったアザレアの人々はそれでも自分たちの生まれ育った場所なので自分たちで復興を試みた。だがその努力もむなしく時代が進んでも現状は変わらない。変わったのは簡易的な家を建て畑を整えられたくらいだ。畑で取れた作物は他の街のと比べたら品質が悪いため売れ物にならず自分たちで消費している。


国全体の職が足りないのもある。国の仕事の一つで手回し発電の仕事にありつけるのは一つの歯車に60人ほど。その歯車が50個もあるがアザレア出身の人全員が就ける枠はなかった。


他の畜産、農業、炭鉱や加工等の仕事も同様に枠が埋まっている。食べ物は自給自足でどうにかアザレアに住む皆が協力し合いながらギリギリに生活をしている。最初こそ他の街の皆もできるだけ協力はしていたが、時代が進むにつれ協力もなくなり今ではアザレアはスラム街として見られている。」

これが現状だと老人は寂しそうに話す。


話を聞き終え紙にまとめあげた美桜は「このアザレアでも砂糖の実はつくれますか?」と老人に聞く。老人は怪訝な顔で「できるのはできるが、そんな使い道のないもの…」と嘆く。


「あの!お話を聞かせて頂きありがとうございます!絶対にこの街が良くなるように動きますので私に少しお時間をください!お願いします!」と話を聞かせてくれた老人やその場にいた街人に向かって頭を下げる美桜。


皆は期待などしないというように何も反応せずその場を去った。過去にも力を貸すと言って近づいてきた者はいたが結局は横暴な態度を取り街人を奴隷のように扱う輩ばかりなので街人総出で追い返した。

それ故に簡単にはアザレア以外の人は信用しない。国の事も自分たちを見捨てているのだと信用していない。だが話をした老人は美桜の熱意に最後に賭けてみようと思った。


「こんな小さな娘さんが何をしようとしているのか想像もつかないが…。皆はもう憔悴しておる。国にもよそ者にも信用を持ち合わせておらんのじゃ。このアザレアをどうにかしたいと本気で思うのならまた私を訪ねるといい。この年寄りも最後の賭けとして出来るだけ協力しよう」老人は目に少しの期待の涙をためて言うのだった。


老人に別れを告げアザレアを去った一行は屋敷を目指す。

護衛の一人がアザレア出身だというのを帰路の途中で話になり先ほどの老人はアザレアの長だというのを知る。それを聞いた美桜はちゃんと挨拶しておけばよかったと後悔するとともにいっそう街をよくしたいと気合が入る。

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