Sid.31 休日は新居へ引っ越し

 木曜日は店の休業日だ。

 朝から引っ越しの準備に大わらわ、と言えそうな。だらだら荷物を移動させるより、一気にやってしまおうとなったわけで。

 午前六時に起床し七時には荷物を纏め始める。


「それほど無いんですね」

「寝に帰る部屋だったし」


 むしろ瑞樹の引っ越しの方が手間な気もする。家具家電の多くは不要になるから。リサイクルショップに持ち込む手間や、廃棄の手間も多いからだな。

 今回の引っ越しは瑞樹も同時にとなった。一回で全部済ませてしまえば、あとは店のことに集中できるのもある。

 そこで、瑞樹が友人に手伝いを頼んだ。女性より男性の方がいい。力仕事だからと思って聞くと。


「何人?」

「五人です」

「男手は?」

「三人ですね」


 何とかなりそうな。特に大物のベッドは、俺含め男が四人居ればね。あとで礼としてバイト代を渡すつもりだ。ひとり一万も出せばいいだろう。

 移動には二トントラックをレンタル予約してる。あとで藤沢駅まで行く必要はあるが。

 荷物を纏め次第、車を受け取りに行き戻ってから、瑞樹の友人たちにも手伝ってもらい荷物の上げ下ろしをする。

 予定としては午前十一時から午後五時。その時間で全て終わらせたい。


「冷蔵庫ですけど」

「ふたりで使うには小さいよなあ」

「買います?」

「これと瑞樹の冷蔵庫を売っても、幾らにもならんし」


 互いに単身者ってこともあり、冷蔵庫はツードアの小型。ついでに洗濯機も五キロのモデルだし。両方買い替えた方が良さそうだ。

 問題は、容量が大きいと価格もその分高くなる。かと言って小さいと使いづらい。

 リサイクルショップに手頃な奴があれば、安価に買えそうな気もするが。


 およそ梱包が済んで不用品の整理も付いた。時間は午前九時前だ。瑞樹と一緒だからか効率よく作業ができたわけで。俺ひとりなら、まだ終わってなかっただろう。

 ごみも出して、ひと息吐きたいところだが、すでに食器は梱包済みだし。


「自販機で飲み物買って来るよ」

「あ、でしたらあたしも一緒に」

「疲れるでしょ。休んでていいよ」

「大丈夫です。一緒に」


 いつでも一緒がいいらしい。愛らしいと思う反面、ここまでべったりって、ある意味凄いと思ったりも。なんか心に抱え込んで無いか?

 ふたりで外に出て、マンション傍にあるラーメン屋前の自販機で、ペットボトルのカフェオレを買う。

 戻ってひと息吐くと、今度は瑞樹のアパートに行き、片付けを済ませることに。


 アパートに着き梱包を始めるが、やっぱりロフトから投げるんだ。

 落としても問題ないものは、片っ端から投げ飛ばされ、床に散らばってるし。それを纏めて箱詰めする俺が居て。主に衣類。数あるなあ。着てないものも多くありそうだし、タンスならぬロフトの肥やしか。

 ロフト部分があらかた片付くと、下りてきて部屋の小物も箱詰めする。


「隆之さん」

「何?」

「これ」


 可愛らしいランジェリー、なんて思ったらすっけすけ。それ着て寝てたの?

 思わず着てる姿を想像しちゃったでしょ。


「あのさ」

「試しに買ったんですけど、着る機会が無くて仕舞ってたんです」


 新居で着た方がいいかとか聞いてくるし。もちろん、実に煩悩を刺激し捲るから、ぜひお願いしたいところだが。

 あ、でもあれか? 着る機会ってことは、誰かに見せるつもりで。


「俺の前に付き合ってた彼氏?」

「違います」


 いつか見せる相手ができれば、と思って買ったものの、大学に入ってずっとひとりだったと。誰とも付き合って無いから、ランジェリーを着て見せる相手は、俺が初なんだとか。

 素直に喜んだ方がいいんだろうなあ。


「いや悪かった。俺が初なら名誉だよな」

「そこまでじゃないですけど」

「凄く嬉しいよ。今夜から着てくれるの?」

「はい。隆之さんが元気になるのでしたら」


 そりゃ元気なんてもんじゃないだろ。萌え捲るぞ。

 一応二着あるらしく、今後も刺激的なものを用意したいとかで。エロいなあ。おっさんだから元気が出るように、考えてくれてるのかとか思ったり。


 途中脱線気味な部分もあったが、瑞樹の荷物はあっさり片付いた。


「そろそろ車を取りに行くか。瑞樹も来るんだろ」

「はい。いつも一緒ですよ」


 藤沢まで電車で行くと帰りが面倒だ。車で行って、近所のコインパーキングに押し込んでおくか。

 一応愛車のプレマシーに乗り、藤沢駅前のレンタカー会社まで。

 現地で手続きを済ませトラックに乗り込むが、アルミバンって奴は荷台の箱がでかい。高さが分かり難いし後ろも見えん。バックカメラがあっても、慣れないと扱いづらさはあるか。慎重に移動した方が良さそうだ。

 助手席に座る瑞樹には左側に注意してもらう。巻き込みがあるからな。


「視点が高いですね」

「普通乗用車を踏み潰せそうだろ」

「踏み潰すんですか?」

「無理だけどね」


 戦車じゃあるまいし、さすがに不可能だ。

 幸い道路は狭くないから、比較的楽に移動できるな。すぐ広い通りに出るし。

 国道藤沢町田線に入り、先に瑞樹のアパートへ向かう。運転に慣れる前に到着し、荷台のドアを開け放ち、荷物をアパートから持ち出す。

 机だの本棚はふたりで持ち出し、ベッドは粗大ごみで出しておく。


「重くないか?」

「大丈夫です」


 無理してコケないといいんだが。


「無理はするなよ」

「問題無いです」

「そう?」

「こう見えて力あるんですよ」


 トラックに机を積み込み終えると、腕捲りし力こぶを見せようとするけど、うん、ふにゃって感じで。柔らかいもんなあ。細いのに。


「あ、隆之さん、何笑ってるんですか」

「いや、力こぶが」


 俺が腕捲りして力こぶを見せると「やっぱり男の人です」だって。おっさんとは言え、学生時代は運動部だったし。それなりに鍛えてはいる。衰えつつあるが、さすがに女性には負けないでしょ。

 すべて積み込みマンションへ移動すると、すでに友人らしき存在が集合してる。


「みんな来てます」

「早いな。集合時間十一時だろ」

「暇、なのかもですね」

「せっかく集まってくれたのに、それ?」


 冗談です、だって。

 車から降りると「わざわざ来てくれてありがとう」とか言って、歓迎してるようだ。俺も頭を軽く下げ「今日はよろしくお願いします」と言っておく。いつも店に来る連中だ。揶揄い気味に「マスター、結婚はいつなんですか?」とか「いいなあ、マスター」とか「どうやって落としたんです?」とかね。落とした、じゃなくて落とされたんだよ、俺が。

 早速、室内の物を運び出すが、やはりベッドマットとベッドフレームは苦戦した。

 重量物ってのもあるが、でかいってのがな。日頃から扱い慣れてないものは、持ち出そうとすると苦労するわけで。


 ただ、頭数が揃ったことで、積み込み作業は三十分で終了した。

 瑞樹の友人には徒歩で新居へ向かってもらう。車には最大で三人しか乗れんし、荷台に乗せて移動するのは基本違法だし。


 先にトラックで新居へ行き、荷台のドアを開け下ろせるものは出しておく。

 少しすると到着し「何号室ですか?」って。


「三〇七号室、角部屋ですよ」

「エレベーターあるんですか?」

「あるから楽だと思います」


 元のマンションには階段しか無かったが、さすがにファミリー向けの分譲マンションだ。エレベーターは完備してる。その分、管理費が高いけどな。

 トラックから荷物を下ろし、次々荷物を部屋に運び込む。部屋には瑞樹に待機してもらい、荷物の置き場所を指示させながら、荷解きできるものはしておいてもらう。

 全部の作業が済み部屋に全員集め、労いの言葉を掛け報酬を手渡しておいた。


「こんなにいいんすか?」

「二時間くらいですよ」


 口々に喜びつつも少し戸惑う感じだけど、その分、また店に来てくれればいい。手伝ったお礼と、先行投資の意味合いもあるからね。おっさんは腹黒いんだよ。

 それにしても今どきの若者と言っても、瑞樹の友人ってのはいい子ばっかりだ。

 まだ作業は残ってるわけで。

 冷蔵庫と洗濯機を処分しないと。ついでに中古で大きなものを買う。

 友人にはどこかで待機してもらうことに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る