Sid.30 いろいろと忙しい日常
ダブルベッドって、でかいんだなあ。
家帰ってベッドを見た第一印象はそれ。圧迫感が凄いんだよ。十畳はある部屋なのに面積の広さの問題だろう。床を占拠するそのサイズ感がな。
「密着したいです」
「できるでしょ」
「自然に、ってなりませんよ」
「その辺は臨機応変に」
瑞樹は俺に抱き着くのが好きらしい。体温を感じ全身で愛をなんて言ってるし。よう分からんことを言うが、何にしても愛されてるんだろうと思うことに。
問題は立て掛けてある古いベッドだ。
「ばらすか」
「ベッドマットですけど、凄く重いですよ」
「引き摺って運び出す」
「あたしも手伝います」
瑞樹には無理だろ。細いんだよ。腕にしても脚にしても。ウエストも細いし肩も華奢だし。その割に一部、揺れる張り出しは見事だけどな。
まずはベッドマットを外に運び出すが、まじ重いし持って移動するのは無理だ。サイズが小さければまだしも、でかいから持ちようが無いってのもある。
已む無く当初の予定通り引き摺りながら、外廊下へとまずは放り出す。
次いでフレームの解体をするが、モンキーレンチ。あったっけ?
「何してるんですか?」
「レンチ」
「はい?」
「解体するのにモンキーレンチが必要だった」
ごそごそクローゼット内を探すが、無かったような気がするんだよな。
ああ、そうだ。フレームを解体したら紐で括っておかないと。梱包紐、なんて無いか。
「どこ行くんですか?」
「コンビニ」
「必要なものがあれば買ってきますよ」
「いや、夜間は物騒だから俺が行く」
じゃあ、一緒にとなるが一番近いコンビニでも、徒歩七分ほどで駅の傍だ。
車のキーを手にして瑞樹と一緒に外に出るが、ついでにベッドマットも運び出すことに。もちろん粗大ごみシールを張っておき、重さにひいひい言いながらも、ごみ置き場に持ち込み転がしておく。
車に乗り走り出すと瑞樹が聞いてくる。方向が違うから気になったんだろう。
「コンビニですよね?」
「無いかもしれないからド◯キに行く」
「藤沢駅の傍にありましたね」
「そう。あそこなら午前三時まで営業してるし、車ならここからでも近い」
国道を藤沢方向へ進み、東海道線のガードを潜り少し進み右折すれば、お目当ての場所に辿り着く。地下駐車場に車を停め下車して売り場へ。
横に並んで歩く瑞樹が居て、やっぱり腕が絡んでくる。
「いつ来ても思うんですけど、凄い商品の多さですよね」
「まあ、これが売りだろうし値段も安いし」
「学校帰りに寄ることもありましたけど」
「だいたい、必要な物が揃うからなあ。便利と言えば便利」
暫し店内をうろうろし、目的のモンキーレンチを探し入手。こんなのは適当でいい。他に梱包紐と念のため六角レンチも。じゃらじゃらとサイズ違いがぶら下がる奴。工具の類が無いんだよ。ドライバーもプラスマイナス一個ずつしか無い。
ついでだ、セットの奴も買っておこう。店内改装で使うかもしれん。
「なんかいろいろ買ってますけど」
「工具無いんだよ」
会計を済ませると瑞樹が少し寄り道、とか言ってるし。
「なんか買いたいものあるの?」
「隆之さんのメイク用品です」
ああ、男性も見た目を考えろって。客商売だし見た目は大事だとか。
籠を持ってメイク用品の売り場をチェックし、瑞樹が選んだ商品が複数。俺にはさっぱりだから、完全にお任せ状態だけどね。
会計を済ませ家路を急ぐ。
マンションに着き早々に作業を始めるが、音を出すとさすがに響くから、慎重に持ち運ぶことになった。
解体したフレームは束ねて瑞樹も手伝い、ふたりでごみ置き場へ運び作業終了。
疲労困憊だ。寄る年波には勝てないな。いや、そこまで年食って無いけど。
「風呂入って寝るか」
「はい」
面倒だからふたり一緒に、とか言ってるし。狭いから無理があるんじゃ?
それでもお構いなしに入り込んできて、狭い中で密着しながらも入浴を済ませた。ついでにセットで楽しんだのは言うまでもない。
瑞樹って、エロいなあ。
買ったばかりのベッドは、瑞樹がベッドメイクを済ませていて、すぐに寝られる状態だ。
そのままふたりで横になるが、以前と違い距離があるなあ。
「距離ありますね」
「そうだな」
「もう少し寄っても?」
「いいけど」
大きなベッドにしたのに結局、抱き着いて寝る瑞樹だった。意味ないなあ。
朝の目覚めは悪くない。
シングルベッドだと転げ落ちそうだったが、ダブルベッドだと落ちる心配は無いんだよ。気にせず寝ることができたからだな。
隣で寝ている瑞樹を起こさないよう、と思ったが動いた瞬間目覚めたようだ。
「おはようございます」
「おはよう。よく眠れたか?」
「はい。広いのと隆之さんの温もりで」
ここは喜ぶべきところか。
身支度を整えるのだが、早々に「軽くメイクしますよ」と言われ、手順の説明を受け最初に化粧水、次に乳液を塗りたくる。いや塗るじゃなく馴染ませる感じか。
目の下に現れやすいくまやくすみは、BBクリームでカバーすると、あら不思議、五歳くらい若返った気分になれた。なって無いけどな。
「なるほど」
「肌のてかりとか、くすんだ感じは年齢を感じさせます」
「確かに違う」
若々しく見せることで客が受ける印象も良くなる。爽やかさの演出は必要ですよ、と言われて納得するしか無いな。
こうして店に出ると常連のおっさんが、普段からよく見てるのか、すぐ気付いて若々しいなと。
「やっぱあれか? 夜」
「違いますよ」
「そう言や、今は男も化粧する時代らしいな。俺らは関係無いけど」
「軽く手入れしたんです」
瑞樹に釣り合うようになった、とか言ってるし。
釣り合い取れてないと思ってたのかよ。まあ、その辺は自覚があったけど。三十過ぎのおっさんに二十一歳の若い子。どう考えても勿体無いと思うよな。若いんだから、幾らでも相手を選べるだろうし。
とは言え、人の好みはそれぞれだ。蓼食う虫もあっていい。
翌日、自宅のポストに待望の封筒が一通。
「やっと来た」
「保証人ですか?」
「そう」
不動産屋に行く必要があるが、休日以外だと難しいんだよな。
封筒を開封すると手紙も入っていて「連絡寄越せ」だの「女連れ込んで何してる」だの。
結婚するなら先方に挨拶が必要だし、互いに顔合わせも必要だろとか、さすが田舎は過去の風習をがっつり実行したがる。ましてや若い子をなんて、こっちから頭を深く下げる必要があるとかで。
まあ面倒臭い。
「ちょっと不動産屋へ行ってくる」
「店はどうするんですか?」
「戻るまで」
「無理です。お客さん帰っちゃいますよ」
已む無し。
コピー用紙に「お客様各位、都合により本日午後三時から午後四時まで臨時休業」と記載すると瑞樹が「ごめんなさい」をする猫の絵を描いてるし。何それ、と聞くと可愛らしくした方が、なんて言ってる。まあいいけど、この店の常連なら通じるだろう。ふざけてる、なんて受け取る奴は居ない、と思いたい。
店の入り口に張り紙をしてプレートを裏返し「CLOSED」にしておく。
もちろんドアは施錠して勝手に入店されないように。
「じゃあ手続きを済ませるか」
「いいんですか?」
「休日まで待つとさらに引っ越しが先に延びる」
不動産屋に行き手続きを済ませ、契約自体は終了した。
まあ、審査云々言っていたが、まず問題無い。不動産屋の人も俺の店を知らないわけじゃないし。
その辺はご近所ってこともあり、営業実績として三年間の実績もあることから、すぐに入居できる状態にしてあるそうだ。
「次の休みに引っ越しできるか?」
瑞樹が午後三時から五時の間に、荷造りを毎日済ませれば、次の休みに引っ越せるとか言ってる。
「自分の部屋は?」
「もう少し先でも」
四月末までに退去すれば問題無いと。
大きなものはベッドや机や本棚だけで、あとは細々したものばかり。冷蔵庫やレンジはリサイクルショップに持ち込めば、とか言ってるし。
手続きの類は今月中に済ませるそうだ。
少しずつ移動できるものは、新居に持ち込むとか言ってるけど。
まあ、休日に車で一気にでもいいな。
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