Sid.29 考えることが多くなる
引っ越しのために、店の近くにある信金で金を引き出しておく。改装のための家具家電や園芸用品は、ネットでカード払いになる。
店に戻り開店準備に取り掛かるが、ひとりはしんどく感じるなあ。瑞樹の存在は大きい。客席側の全部をお任せできるし、店頭ももちろんお任せ状態だし。
これに慣れると瑞樹の卒業まで、しんどいと思いながらやることになるのか。人間ってのは、楽な方に転がると元に戻し難くなるな。
もうひとり、雇うか。
開店準備が整い暫し休憩をしていると、ドアベルがカランカランと鳴った。
見ると警察官だ。そう言えば、奴は田舎に帰ったってことだし、もう巡回の必要は無いんだったな。
「おはようございます」
「変わったことは無いですか?」
「それなんですが」
説明すると、ストーカーは予期せぬタイミングで現れることもあるから、もう少し様子を見ますよ、と言われた。
こうして巡回して顔を出すだけで、充分な抑止になるからと。
居ないんだけどなあ。まあいいや。安全性が高まったってことで。
「お疲れ様です」
警察官を見送ると開店時間だ。
ちなみに店頭のドア横には「警察官立寄所」の札が付いてる。これも警察から付けましょう、と言われ付けただけで。抑止効果を狙ってるとかで。
まあ実際に警官が立ち寄れば、抑止効果は上がるが、ただ札があるだけだと舐められるけどな。
店内入り口には高さ百七十センチの植木。これも犯罪者の身長の目安に、ってことで以前置くことを推奨された。
これの維持費もそれなりに。時々業者が入れ替えてるし。
少しすると、常連のおっさんが来て「あれ? 嬢ちゃんは?」とか言ってるし。
「今日は午後からですよ」
「学校、は休みだろ?」
「午前中に荷物が届くんで留守番です」
「何買ったんだ?」
言いたくない。絶対面白がられて揶揄われる。
だが、そうは問屋が卸さないって奴だ。
「家具とかいろいろですよ」
「ベッドもか?」
「そうか、夜な夜な励むんだよな」
「若いもんなあ、嬢ちゃん」
へらへらと、いやらしい笑みを浮かべるおっさんだ。勝手に妄想してるんだろうよ。とは言え、これも否定できないのがな。
「早い時期に子どもができそうだな」
「そんな計画性の無いことはしませんよ」
「ずいぶん慎重だな」
「当然ですよ。生活基盤も整わないうちに、子どもなんて」
不幸街道まっしぐらだっての。子どもの養育費だって、バカにならないわけだし。当然だけど、子どもができれば、瑞樹は仕事どころじゃない。俺が育児に参加したくても、店の営業時間を考えたら無理だし。
その辺も今後しっかり考えないとなあ。やっぱり人を雇わないと無理が来る。
「今日は無いのか? 試食」
「無いですよ」
「ランチリニューアルすんだろ?」
「やり直しです」
昨日言ったことを気にしてるのか、と言われるけど。
「まだ客に出せる代物じゃないってことで」
「なんだよ。昨日は厳しく言っただけで、あれなら出しても問題無いぞ」
「いえ。もっと練り上げてからに」
味を追求するのもいいが、拘り過ぎても客が付いてこれない、とか言い出すし。
どっちにしろ、新メニューお披露目は先の話だ。評判のいい店を参考に、練り直すことにしたからな。
「その時はまた試食をお願いしますよ」
「当てが外れた」
「嬢ちゃんの舌を信じろっての」
「信じてますよ。でも、やっぱりまだまだでした」
昼近くなると「じゃあまた来る」とか言って、コーヒーだけで帰るし。
どこで昼飯を食ってるのか知らんけど、うちでもっと食ってくれるとなあ。つまり、それが答えだよな。美味くないってことだから。
ドアベルが鳴り見ると瑞樹だ。カウンター前に立つと「届きましたよ」と。
「組み立ては?」
「全部お願いしました」
「え、全部?」
組み立て費用は瑞樹が出したとか言ってる。いや、ベッドだけで良かったのに。
エプロンを纏いテーブルに残る食器を片付け、忙しい時間帯に忙しなく動く。瑞樹が来て一気に楽になったなあ。やっぱり良く働いてくれる。
ランチタイムが終了して店内に客が居なくなる。
飯の時間ってことで、瑞樹と一緒に食うのだが。
「引き取ってもらえないんですね」
「何が?」
「ベッドです」
「あ」
オンラインだと引き取らないんだった。粗大ごみで出すしか無いか。
「バラして粗大ごみだな」
「結局手間が掛かるんですね」
「オンラインだと買う時はいいけど、引き取りとかまで含めるとなあ」
「お店に行けば良かったんです。ショッピングデートですよ」
まあ、そういうのもあるけど。合羽橋はデートの雰囲気が無くも無かったな。まだ付き合う前だから、デートとは言い難かったが。
とりあえず邪魔になるから、部屋の隅に立て掛けてあるそうだ。帰ったら分解して外に出しておこう。部屋の中は邪魔だし。今日中に公民館で粗大ごみシールを手に入れておこう。
食後にちょっと出てくる、と言うと。
「あたしが行きますよ」
俺が居ないと店がどうにもならない。その手のお使いは任せてくださいだって。
そのまま勢い店を出て行ったし。まあなんでもよくやる子だ。助かるけど、居ない時にしんどくなるのが目に見えてる。
十分ほどで戻ってきて、今夜出すのかと。
「邪魔でしょ」
「そうですね」
夕方になると、またぼちぼち客が増えてきて、夕飯の時間帯はそれなりに混雑する。
ランチほどじゃ無いけどな。
いつも通り午後八時を過ぎると、客が一気に減って閑散としてくる。
「あの。花とか」
「ああ、そうだ」
「注文しちゃいました」
「え?」
自分用のクレカがあって、ネットで買ってしまったと。
「お金大丈夫なの?」
「仕送りありますから」
「ああ、そうか」
アパートの家賃と生活費がある。家賃はいずれ不要になる。生活費に至っては、俺と同棲してることで、ほぼ使わずに済んでるとかで。
だから丸々手付かずであるんだとか。
「生活費とか家賃って」
「アパートを引き払ったら、親に言っておきます」
振り込まなくていいと。ついでに生活費も不要になり、学費だけの負担で済むから、親としても助かるはずだそうだ。
だからか両親は俺との同棲に反対せず、好きにしろとなったようだ。学生同士の同棲より社会人相手なら、経済的に楽ができるってのもあるんだろう。
結局金か。
瑞樹の生活を俺が支えるなら、親としても負担が減るし。この上、学費もとなれば、爺さんも同棲を認めるのか? 大学の学費もバカにならんし。
まあ今は無理だな。
「学生同士より責任感が違うって、そう思ってますよ」
「つまり」
「隆之さんが責任持って、あたしを支えてくれるって」
「だろうなあ」
やっぱり大人としての責務はあるよなあ。
いずれ結婚するなら、どっちみち支える必要はあるけど。
「あ、そうだ。瑞樹の給料」
「要らないです」
「いや、そう言うわけには」
「生計を共にしてるんですよ。奥さんに給料支払うんですか?」
無いな。旦那だけの稼ぎなら妻に金を渡すだけ。
瑞樹は働いてるから、やっぱり渡さないと駄目じゃん。
「払うから」
「隆之さん。財布は一緒ですよ」
必要な額を都度渡してくれればいいと。
いや、それはあれだ。入籍して戸籍上一緒なら、給料の支払いは無くても夫婦ってことで、問題は無くなっても。
現状は同棲であって婚姻状態じゃないし。
「とりあえず支払うから」
「なんか面倒臭いんですね」
「まあ、それが社会だから」
ああ、いろいろ考えないと。
瑞樹と入籍だけでも済ませれば、面倒事はある程度無くなるけど。夫婦ならではの利点もあるんだよな。
単身者だと税制上、何ら特典は無いし。夫婦であれば扶養控除もあるんだよ。
まあ、その辺もしっかり考えよう。
またやること、考えることが増えた。
そのうち、脳みそがパンクするぞ。
閉店時間になり、店の片付けを済ませ夕飯も済ませる。
「花って、いつ届くんだ?」
「四日後くらいです」
「届いたらすぐ作業するの?」
「花苗は長期間放置できないので」
春休み中だから問題ないと。
瑞樹の頭の中には、すでに店頭が花で飾られるイメージがあるようで、楽しそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます