Sid.23 同棲生活が始まったが
「気持ちは変わらないのか?」
「うん」
深いため息と落胆。
会計の際にも聞いていたけど、本当に背中丸めて落ち込んでたなあ。ショックだっただろう。相手が俺ってことで余計に。これが高身長イケメンで、頭もいいとかならば、諦めもついたかもしれんけど。俺だよ? おっさん。諦めつくとは思えない。
まじでストーカーになったりして。
瑞樹がカウンター越しに「悪いことした気分です」とか言ってるし。良い悪いじゃないけどね。
「競争に勝ち残れなかった。それだけのことだし」
俺は運が良かっただけだ。競争率の高い女性を射止めたんだから。もし、これを逃していたら、もう二度と無かっただろうなあ。
「ああそうだ。本当にストーカー」
「怖いです。でも、大丈夫ですよ」
今夜からは俺の家で寝泊まりし、大学に通い店に通うのだからと。やっぱりそうだよね。
暫くは寝不足の日々が続きそうだ。早くベッドを買った方がいいな。
「瑞樹ってモテるでしょ」
「そんなこと無いです」
「いやいや、他にも言い寄る男多いと思うけど」
「あたしには隆之さんだけです」
嬉しいこと言ってくれるけど、モテることに対する返答じゃないな。まあ、本当にモテる女性にしても男性にしても、本人は意外と気付かないものだし。そもそも意識してないだろ。対して、自慢してる奴なんてのは実質大したことは無い。
己惚れってのは簡単に見透かされるわけだし。男性なら簡単にやらせてくれそう、女性なら都合のいい駒とか、いい男連れてるって見栄。そんなもんだ。
夕食時に少し混雑し、この日の営業を終えると帰宅するが。
「あの、一度アパートに」
「荷物?」
「はい。身の回り品を持っていきたいので」
と言うことで、一緒にアパートまで行き、瑞樹の部屋に上がり込んだが。
「物少ないね」
「ロフトにあるんです」
「ああ、そう言えばそうだっけ」
居室内にはベッドと机と本棚だけ。ロフトを見ると、なんだか雑然としてそうな。
「服とか上から投げるので、受け取ってもらえますか?」
「投げるの?」
「いちいち持って下りたりしたら、時間掛かりますよ」
そりゃそうか。でも、まあ、いいか。
ロフトに掛かる梯子を上り、暫し上でごそごそしてたけど「投げますよ」と言って、次々服が飛んできた。
受け取ってはみたものの、中には下着もあって困る。気にもせずパンツもブラも投げてくるし。俺の顔にブラが乗っかった。堪らん。
ひと通り必要と思われるものを投げ終えると、下りてきて「このバッグに詰めます」とか言ってる。
「ボストンひとつで足りるの?」
「もうひとつは、こっちのバックパックに」
適当でいいから詰めていいと。マンションに着いたら、改めて整理するそうだ。
投げ出した物を詰め込み、ボストンは俺が持ってアパートをあとにする。
マンションに向かう途中、瑞樹を見ると嬉しそうだし。わくわくしてそうな。
「嬉しそうだな」
「はい。これから楽しい日々になるんです」
「そうか。俺の体持つかな」
「まだそんな歳じゃないですよ」
そうか。死ぬ気で頑張れと。エロい子だなあ。
マンションに着き部屋に入ると、バッグをひっくり返し、床に中身をぶちまけて整理してるようだ。
「隆之さん」
「何?」
「どれがお好みですか?」
だからね、いちいち下着を目の前に出さなくても。でも、その面積の少ない奴がいい。萌える。
「これですね。でしたら、この系統で今後揃えます」
そうか。俺を刺激して止まないのね。その分、お勤めを頑張れってことと受け取った。
若い子にどこまで付いて行けるやら。旺盛だもんなあ。
片付けが済むとハンガーラックには、瑞樹の上着類が複数。俺のコートとかが、かなり押しやられる形になった。元々多くは無いから、問題無いんだけど。
洗面所には瑞樹の歯ブラシと歯磨き粉。タオルは俺のを使うそうだ。他にはメイク道具一式にドライヤーも。
「ドライヤーだけど、俺のは使いづらい?」
「風量が少ないんです」
それもそうか。短髪だから風量無くても、放置でも勝手に乾くし。コンパクトなドライヤーだと役に立たないんだ。
さらにヘアアイロンとかも持参してるし。メイクにヘアセットに、いろいろ女性は時間が掛かるようだ。道具も多数必要だし大変だなあ。
「それは? シェーバー?」
「ムダ毛処理に」
「やっぱ必要なんだ」
「腕とか時々。あと顔の産毛も気になりますし」
脱毛器と顔用シェーバー。まあいろいろ手が掛かるようで。俺の場合は男性用シェーバーで一気に剃り上げるだけ。ただ、朝剃っても夕方には青くなってる。
「バスローブ?」
「お風呂上がりに」
バスローブを纏って化粧水や乳液でメンテするのか。綺麗な肌を維持するために、なんでもやるんだなあ。
「ベッドでは裸がいいですか? パジャマを着てた方がいいですか?」
裸。
とは言い難い。
「ぱ、パジャマ」
「裸ですね」
「あ、いや」
「遠慮は要らないです」
要望には応えるとか。ただ、ブラはしておかないと、胸の形が崩れるから、事が済んだら身に着けるそうだ。
「下は?」
「無くても」
「風邪ひかない?」
「でしたら」
穿くそうだ。
なんて会話をしてるんだろうか。俺色に染まりたい願望でもあるのか。それはそれで嬉しくもあるが、おっさん萌え過ぎて憤死するよ。
こんな調子で全部片付けが済み、風呂に入って、やっぱりあるんだよね。お勤め。
体まじで持たないかも。
「あの、休みの日ですけど」
「何?」
「実家に電話で」
「ああ、いいよ。挨拶しておかないとね」
忙しいのは理解したから、電話でもいいから挨拶くらいしろ、と言われたらしい。勝手に話を進めてと少々説教食らったとかで。
それでも気持ちは揺るがないこともあり、両親ともに諦めてるとかで。
俺が電話したら文句言われそうな。中年オヤジの分際で、若い娘を手籠めにしてとか。ちょっと嫌かも。田舎ってのはなあ、慣習に従わない奴は認めない、なんて。
互いに寝るのだが、やっぱり狭い。足がぶつかるし、手もぶつかるし、顔近すぎるし。ぽよんぽよん、と柔い感触が都度伝わってくる。これじゃあ眠れんの。
買いに行く暇は無いからネットでオーダーしておこう。
ベッドの振動で目が覚める。
まだ六時半なのに起きて身支度を始める瑞樹が居る。
「早いね」
「支度に時間が掛かるので」
化粧とヘアメイク、だよな。顔洗ってひげ剃って、髪を軽く整えて済む俺とは大違いだ。ヘアスタイリング剤は使わない。匂いをさせてたら飲食店失格だし。
「隆之さんはメイクしないんですか?」
「馴染みが無いなあ」
「今は男性用の物もたくさんありますよ」
「だね。まあ老けて見られるよりはあれか」
せめて肌の手入れはした方がいいと。時々目の下に隈があって、老けて見える時があるそうだ。お肌の手入れで疲れを見せない、明るいナチュラルメイクをすれば、お客さんの印象も良いだろうって。
客商売だから確かに、もう少し気遣いはあってもいいのか。
瑞樹が「今日もありますね。クマ」とか言って「ファンデーションで誤魔化しましょう」だって。俺の前に座り「涙袋の部分に」と言って、ファンデーションを塗ってるし。
「じゃあ、化粧品も休みに調達するってことで」
「はい」
瑞樹が支度している間に朝飯を用意し、メイクが終わると一緒に朝食。
座布団かクッションもあった方がいい。床に直だとケツが痛い。
ふたり同時に家をあとにし瑞樹は大学へ、俺は店に行く。
店の前で別れるが「学校終わり次第来ます」と。まあそうだよね。今日は六時過ぎくらいになるらしい。
春休みもすぐだから、そうなれば店の改装や新メニューも考えると。
忙しくなりそうだ。
瑞樹を見送り店に入り開店準備を済ませる。
でだ、ドアベルが鳴るんだけど、まだ開店前だっての。誰だよ。と思って見ると思わず項垂れるしかない。
「まだ開店前ですよ」
「話がある」
「瑞樹のことでしょうか?」
「瑞樹って呼んでるのか」
ストーカー。って言うか俺に?
「話とは? 忙しいのですが」
「おっさん。瑞樹と別れてくれ」
頭の痛い事態になったな。
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