Sid.24 押し入るストーカー男

 開店前に来て「別れてくれ」と言い出す、ストーカー気質の男子大学生。

 顔は普通。身長も普通。取り立てて良い面は窺えないが、悪いと思う部分も見た目の上では無い。少しチャラさはあるが、年齢相応ってことで。

 ただな、性格に難ありってことなんだろう。瑞樹の友人たちからの嫌われ具合から見て。しつこいのかも。


「それは瑞樹の気持ちを考えた上での結論ですか?」


 なんかイラっとしてそうだな。けどな、どこの世界に「別れてくれ」と言われ「はい、分かりました」なんて言う奴が居る。


「当然だ」


 当然ってのは、誰の気持ちを優先したことなのか、なんだがなあ。この場合は瑞樹の気持ちじゃなく、自分の気持ちだけだろ。それでも本人にしてみれば、瑞樹のことを考えた上で、って結論なんだろうけどな。

 ストーカー気質の奴に共通する思考だ。


「別れた方が瑞樹のために良い、と考える理由は何ですか?」

「おっさんとなんて、後悔するだけだ」

「なぜ後悔すると?」

「おっさんだからだ。こんなちっぽけな店のオーナーなんて、生活苦になるのが目に見えてる」


 そのちっぽけな店を盛り上げるべく、奮闘する予定なんだが。そんなことは言っても詮無い話だけどな。


「君なら瑞樹を幸せにできる、生活も安定すると思うのですか?」

「当然だ。おっさんとは違う」


 若いなあ。自分の可能性を信じるのはいい。仮にどこぞの一流企業に内定が決まった、とすれば自信の裏付けともなるが。


「その根拠は?」

「俺の方が将来性がある。おっさんは落ちるだけだ」


 具体性の無さ。どこから来る自信なんだか。大卒なら就職も楽勝、とか思って無いだろうな。今は大卒でも就職は厳しいぞ。企業の人事だってバカじゃないし、あり得ないほどに吟味して内定出すんだからね。


「具体的には?」

「質問の多いおっさんだな。いいんだよ、若い方が将来性があるだろ」

「若さは武器でもありますが、逆に若さは経験の無さとも言いますよ」

「さっきから煩い奴だな。素直に別れりゃいいんだよ」


 口の利き方もなって無い。別れさせたいのであれば、相応の理屈くらい用意してから、言えばいいのに。

 あの大学の学生もピンキリだろうけど、下はどうしようもないのが居るようだ。


「君の方が相応しいとする実績を示せば、気持ちが移ろうとは考えないのですか?」

「意味分かんねえんだよ。ぐちゃぐちゃ言わず別れろっての」


 イライラしてるなあ。拳に力が入ってそうだし、そろそろ殴り掛かるか? 勢いだけで後先考えないんだろうねえ。それも若さと言えるか。とは言え、昨今、おっさんでも後先考えないバカも多数。

 他人のことを考える余裕が無いのか、貧すれば鈍するってことかもね。景気悪いし経済成長も無いまま税金だけが上がり続けて。その鬱憤は他人に当たり散らすことで、解消するってことか。


「瑞樹を幸せにできるとする根拠を、レポートにして提出してください。納得すれば別れましょう」

「ふざけてんのかよ!」

「ふざけてませんよ。幸せにできる根拠の提示を求めてるのですから」

「てめえ、おっさんの分際で」


 おっさんの分際って。ガキの分際でなら分かるけど。

 そうこうしている内に開店時間になり、店開けるので話があるならば、閉店後にしてくださいよ、と言うと。


「今すぐ別れろ」

「レポート提出してください」

「バカなのか!」

「根拠の提示を求めると、なぜバカなのですか?」


 店のドアに掛かるプレートを裏返し、カウンターに入ると睨み付けてるし。

 開店してるんだから、いい加減引き下がってくれないかな。


「カウンター内に入らないでください」


 カウンター内に入ろうとするし。常識すら無いのか。ため息しか出ないな。これはあれだ、面倒なことになる前に通報した方が良さそうだ。

 カウンター上にある店の電話機に手を掛けると、慌てて制止しようとするし。


「帰らないのであれば警察に通報します」

「ふざけんな!」

「あなたのやってることは威力業務妨害ですよ」


 勝手に店に入ってくるし、カウンター内に侵入しようとするし。衛生面で考えても、気軽に入られると迷惑なんだよね。

 ましてや暴行しそうな雰囲気だし。身を守るための通報だからね。

 電話機のボタンを押すと、やっぱり制止しようとするし、受話器を取り上げようとするし。

 ここで揉めてあとのことを考えないのかね?


「てめ、別れろ」

「まずは店を出て行ってください」

「てめえが別れるって言わねえなら」

「なんですか? 殴る蹴る?」


 ボタン三つ、押すと警察に繋がったようだ。受話器の口から「事件ですか? 事故ですか?」と。

 それを聞き取ったストーカー大学生が、一瞬怯んだようで、すかさず事件です、大学生が店内で暴れています、と言うと一目散に逃げだした。

 やれやれだ。

 頭に血が上ると何をしでかすか分からん。これをあとで瑞樹に話したら、例え別れたとしても、好意を抱くことなんて永久に無いんだけどなあ。そんなことも分からないのか、分かろうとしないのか。

 ストーカーってのは、相手の気持ちを自分に都合よくしか考えられない、言わば脳が正常に働かない存在なんだろうな。

 病気なんだよ。隔離した方がいい。


 警察には店の女の子に対して、ストーキング行為を働く男子大学生と言っておいた。逃げたことで行方は分からないとも。

 少しすると常連のおっさんが来て「どうした?」と。

 経緯を話すと。


「知り合いに刑事が居るから話しておく」

「嬢ちゃんとマスターのためだからな」


 顔広いなあ。さすが伊達に年食ってない。


 夕方の六時前になると瑞樹がね、息を切らして店に来るし。俺を見るなり「怪我してませんか?」と。

 どうやら瑞樹に会って俺と別れるよう言ったらしい。追及したら店で揉めたと認めたようで。

 二度と近寄るなと友人を交え言ったそうだ。もちろん女子だけじゃ、舐められて終わるから男子も含めて取り囲んだとか。瑞樹と俺に何かあったら、相模湾に沈めるぞとか言っておいたとかで。相模湾ってのが藤沢らしいな。

 最悪のケースに至る前に警察が動いてくれれば、何ら問題無いんだが。

 俺より瑞樹が心配なんだよ。ああいう奴には何を言っても通じないし、後先考えずに行動するからなあ。厄介な存在だ。


「警察には言ったんですか?」

「通報したけど、常連客から知り合いの刑事に、話を通しておくそうだ」

「知り合いに刑事が居るんですね」

「年食ってる分、いろいろ繋がりもできるんだろうね」


 何はともあれ、俺より瑞樹は注意した方がいい、と言っておいた。大学構内でもひとりになると、近寄ってきて何をしでかすか、分からないからと。

 通学時もひとりになると危ないし。


「それにしても本当に危ない奴だったとは」

「怖いです。でも、今は隆之さんが居るので」

「一緒の時ならなあ。単独行動が怖いな」


 守ってください、とは言わないんだな。


「守って、って言わないの?」

「迷惑になりますよ。一緒の時は逃げ出さないって信じてます」

「迷惑とは思わないけど、守れる範囲で、だな」


 四六時中一緒ってわけにもいかないし、無理なことは承知してるんだろう。


 営業終了になり店を出ると、しっかり腕を絡めてくる瑞樹が居る。

 一応周囲を警戒しておくけど、刃物持って襲ってきたら万事休すだな。瑞樹だけでも守り切れればいいんだが。狙うなら俺で。瑞樹には指一本触れずに済めば、まあそれでいいか。

 そんな行為に及べば奴は刑務所暮らしだし。


 何事もなくマンションに着き、部屋に入ると安堵する瑞樹が居て、俺もまたひと息吐く感じだ。


「神経使いますね」

「店あるから動けないしなあ」

「大学も行く必要ありますし」


 ふたりでため息を吐くしかないわけで。

 あ、そうだ。


「明日からは、俺が駅まで送るよ」

「嬉しいんですけど」

「いいんだよ。そのくらいしかできないし」


 帰りは友人やサークルの連中を頼るそうだ。と言うか、率先してボディーガードを買って出てくれるらしい。良い友人がたくさん居るなあ。ひとりだけ例外。


「見返りは?」

「コーヒー一杯です」

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