Sid.21 今後のことを計画する
ベッド、狭いんだよなあ。
隣に寝ている瑞樹は細身とは言え、大人ふたりでシングルベッドは無理がある。
興奮冷めやらぬ状況、とでも言えばいいのか、いつもより早く目が覚めた。俺が起きてベッドを出ると瑞樹も起きてしまうだろう。七時までこのままでいいか。
十一歳の歳の差がある彼女。いずれは結婚もなんて、気の早いことを言っていたけど。
あ、そうだ。新居を考えないとな。転がり込む気満々だし。下手したら今夜も一緒とかになりそうな。それはそれで嬉しくもあるが、一度冷静になってもらう必要もある。若いから勢いだけで同棲状態に雪崩れ込んでも、すぐに破綻するケースは枚挙に暇がない。
しかもだ、お互い知り合ってから日も浅いし。
まあ、こんなのに長いも短いも無いけど。人の縁ってのは不思議なもので、付き合いの長さってのは関係無いんだよね。
長く付き合ったから上手く行く、なんてのは無いわけで。短くとも問題なく円満な家庭を築けることもある。
俺はどっちなんだろう。瑞樹と一緒なら上手く行きそうな、そんな予感はするけど。
そろそろ七時か。
昨晩、ふたりで燃え上がったのは言うまでもない。
旺盛だったし。かなりのスキモノと理解した。お陰で若さ溢れる体をしっかり堪能できたけどね。
表情、エロかったなあ。
隣に寝ている瑞樹が、もぞもぞ動いたと思ったら「あ、おはようございます」だって。
起こす前に起きたようで、眠そうではあるが晴れ晴れした表情してるし。
「隆之さん。朝ご飯ですけど」
「作るよ」
「あたしが」
朝ご飯です、とか冗談を言いつつ、作るのでゆっくりしてくださいと。
いや、瑞樹が朝ご飯でもいいんだけど、腹は膨れないんだよな。愛情だけは満たされ捲るけど。あと性欲も。
ベッドから出て身支度を整え、キッチンで冷蔵庫と冷凍庫を漁る瑞樹が居る。
「賞味期限、消費期限、みんな切れてるんですね」
「店の残り物を持ち帰ってるからね」
「消費期限切れは捨てた方が」
「それね、切れる前に冷凍した奴だから」
残り物を捨てないのはいいとしても、それで万が一、体を壊したら意味が無いから、今後は期限前に食べ切ろうって。
ふたり居れば倍の消費ができるから、上手くやり繰りすれば切れる寸前で、食べきれるとは思う。
古いものの中でも、安全そうなものを確認し調理をする瑞樹だ。
「あのさ」
「はい」
「今後だけど」
「新居ですか?」
次の休みはメニュー開発だけど、その前に新居を探すのはどうか、と提案すると。
「そうですね。生活拠点は大切です」
好きな相手とは、ずっと傍に居たいタイプなんだな。でも、四六時中一緒だと、時に自分だけの時間も欲しくなると思う。瑞樹だって友達との交流は必要だろうし、俺は別にどうでもいいんだが。
それを可能とするためにも、互いに話し合って干渉しない時間を設けよう。
「居室はふたつ、リビングとダイニングキッチンは、あった方がいいな」
「家賃高くないですか?」
「多少の出費は覚悟すべきだな。その分、店を頑張ればいい」
「やる気出たんですね」
出た。伴侶ができれば仕事にも精が出る。夜だって精が出るぞ。
なんたって、若くて愛らしい伴侶だ。絶対手放さないからな。
瑞樹の用意した朝飯だが。
「パングラタン?」
「冷凍してた食パンを使いました」
そのままだと、せいぜいがパン粉にしかならない。でも、グラタンにすればソースを吸って柔らかくなり、食べやすくなるからだそうだ。
「カットレタス、ずいぶん小さくなってるなあ」
「変色した部分は取り除きました」
葉物野菜は早く使い切らないと、どんどん傷んで捨てるしかなくなる。それでも使い切れなくてな。結果、瑞樹によって大幅に小さくなったようだ。気になるだろうし、腹下すのも嫌だろうし。
持ち帰るのは良しとしても、こうして無駄にするなら、無駄にしないように使った方がいいと。
「これからは、ふたり分です。無駄が無くなりますよ」
「まあ、そうだよな」
そうか、すでに同棲生活が始まったのか。
「アパート、どうするんだ?」
「新居が決まるまでは身の回り品だけ、こっちに持ち込みます」
「家賃が勿体無いなあ」
「ですから、早く決めましょう」
そっちなのね。つまりさっさと新居に引っ越せと。
探して契約して引っ越しとなると、仕事もあるし、ひと月程度は見ておかないとな。
朝飯を食べ終わると出勤だ。
またしても同伴出勤となり、昨日と違うのは腕を組んでの出勤。
恋愛ってのは、付き合い始めたこの瞬間が楽しい。付き合うまでが楽しいって意見もある。まあ思いを寄せて悩んだり、妄想したりの時間が楽しいってのはある。
でもな、こうして付き合い始めると楽しいのも事実。手に入れた充足感ってのがあるからな。
すぐ飽きる奴は飽きるけど。俺は違うぞ。
店に着くと開店準備に入る。ここからは仕事モードだ。いつまでもイチャイチャなんて。
「隆之さん、って呼ぶのは駄目ですよね」
「当面、マスターって」
「結婚したら?」
「まあその時は好きに呼んで」
仕込みをしながら瑞樹の動作を見る。いつ見ても無駄の無い動きをする。地頭がいいんだろう。効率よく作業を熟すために、事前に組み立てができている。だから無駄が生じないってことで。
うん。エプロン姿も可愛いぞ。
その下にある、いやいや、今は煩悩を捨てろ。仕事だ。
こっちを見て「マスター。手がお留守ですよ」だって。ついでに「夜まで我慢してくださいね」だそうだ。どうやら視線に気付いていたようで、プライベートの時間は遠慮要らないとか。
旺盛だ。
そして俺も若さを享受してる。
開店準備が整い一服して時間を潰す。
「あのさ」
「はい」
「賄い代だけど」
「財布が一緒になるんですよね」
結婚したら、だけど。それでも支払う必要性は無い。
恋人同士で飲食代云々ってのは、デートの時だけでいいわけで。
「今は俺が養う側だから」
「でしたら、そこは甘えさせてもらいます」
ああ、やっと「お金払います」から解放される。他人から身内になった証だ。
コーヒーを飲んで暫し過ごすと、開店時間となりドアに掛かるプレートを「CLOSED」から「OPEN」に裏返す。
少しするとドアベルが鳴り、常連のおっさん連中が来るし。
「コーヒーふたつ」
この言葉が挨拶代わりのようなものだ。
カウンター席を陣取り「今日は嬢ちゃん居るな」とか言って、目尻が下がり鼻の下が伸びてるぞ。俺の彼女だからな、おっさん、あんまり見るな。
笑顔で「いつもご利用ありがとうございます」なんて言って、適当にあしらう瑞樹だ。
「なあ、ふたりとも付き合い始めたか?」
「ああ、そう言えば、雰囲気変わったな」
なんか鋭いおっさんだなあ。
「別にそう言うわけでは」
「嘘こけ。見りゃ分かんだよ」
「伊達に年食って無いぞ」
「はい。近く婚約する予定です」
あ、言っちゃうんだ。まあいいんだけど。相手は常連で付き合いも長いし。
「ほう、そうかそうか。ついに嬢ちゃんと一発決めたか」
「下品ですって」
「いいんだよ。やることやるのが普通だろ」
「なんにしても目出度いな。良し、前祝で今日はランチを頼んでやろう」
いつもと変わらないっての。
「それにしても、この朴念仁はいつ気付いたんだ?」
「気付いたんではなくて」
「告白されたか? 気付いてやれよ」
「まあ、その辺は」
瑞樹を見た瞬間に思いを寄せてると見えたらしい。その辺はあれか、年の功って奴かもしれない。仕草や目を見れば分かるんだとか。
「こう見えても俺だってな、若い頃は恋愛も山ほどしたもんだ」
「俺なんざ、女が放っておかなくてな、いつも追い回されてたぞ」
「それって、浮気して、じゃないんですか?」
「アホか。まあそれもあるがな」
がっはっは、と品なく笑うおっさんだが、まあ充分経験はあるんだろう。今はただのおっさんだけど。
瑞樹も微笑んでるし。あれか、こんな雰囲気が楽しいと思えるのかも。
チェーン店なんてのは、こうした客とのコミュニケーションなんて無い。システマチックに業務を熟すだけ。
楽しい職場、か。
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