Sid.20 互いの心が寄り添う時

 風呂に入ろうとしたらドアホンが鳴ってるし。非常識な時間の来訪者ってのは、どんなツラしてるのかと思って見たら。

 え。なんで?

 何してんの?

 通話ボタンを押して何してんの? 忘れ物でもあった? と問うと「あの開けてください」って。要件は何?

 さっぱり分からんが、外で待たせておくのも悪いし、解錠ボタンを押してドアを開けると、そそくさと入ってくるようだ。


 少し待っていると部屋のドアホンが鳴った。

 玄関まで出向きドアを開けると「今、いいですか?」って、何しに来たのか言ってくれないのか。

 なんかバックパック背負ってるし。学校行くわけでも無いでしょ、明日は学校無いだろうから。

 とりあえず部屋に上がってもらうが、居室に入ってコートを脱ぐと、自分でコートハンガーに掛けてるし。たった一回来ただけで慣れたものだ。バックパックもコートハンガーの傍に置いてる。

 ベッドに座っていいですか、と聞かれるから、いいよと。


「で、こんな時間にどうしたの」

「あの」


 こっちはベッドサイドに立ち、見下ろす感じで百瀬さんは見上げる感じ。なんか頬を赤らめてもじもじしてるし。

 俯いたかと思ったら「と、泊めてください」って、いやいや、昨日も泊まってるし。連日は不味いでしょ。俺の良心の箍が外れちゃうよ。辛うじて嵌め込んでるだけの、脆い箍なんだからさあ。


「ストーカー居た?」

「居ません」

「なんで?」

「鈍いです」


 少しむくれ気味に俺を見て「今日、勘違いさせたんで、違うって証明しに来たんです」とか言ってるし。別に勘違いでも何でもいいし、おっさんと若い子に縁は無いわけだし。若者同士仲が良いのはいい。恋人同士と言われても、やっぱりそうなんだ、で終わる話でしょ。


「マスター」

「何?」

「泊めてください」


 だから、まじで襲うよ。うら若き娘っ子が独身のおっさんの部屋に居る。それがどれだけハイリスクか考えたことあるのか。

 まともなおっさんでも、こんな時間に来られたら、手を出さない保証は無いわけで。昨日は何とか理性で抑えたけど、今日もとなると理性は飛ぶし。


「駄目、って言ったら」

「帰りません。好きにしていいです」


 脳みそが揺さぶられる感覚になった。

 まさか覚悟の上ってこと?


「あのさ」

「いいです」

「なんで?」

「鈍過ぎます」


 もどかしそうな表情してるなあ。足が若干の貧乏揺すり状態。


「誤解されたくないんです」

「誤解って?」

「あの彼とはなんでもないんです」

「それは別に気にしないけど」


 嘘です、と言われても。まあ気にはしたけど、俺が気にしてどうにかなるものじゃない。互いに気持ちが通じ合ってるなら、割入って百瀬さんは俺のものだ、とか言えるわけ無いし。


「マスター。いえ、逢坂さん」


 苗字呼び。


「あ、あたしは逢坂さんのことを」


 考えないようにしてた。絶対あり得ないから、微かな希望も持たないようにと。でも、ここにいる百瀬さんは明らかに、俺に。

 本当に俺でいいの? 冴えないおっさん相手に、幸せになれるとか夢見てない?

 稼ぎも悪いし将来どうなるかも分からないし。


「あのさ」

「はい」

「考えないようにしてたんだけど」

「考えてください」


 そういう返しなのね。

 互いに見つめ合うこと数秒くらいか。


「あの、あたしは」


 これ、彼女に言わせるってのは、さすがに違うよなあ。

 なんか、すっかり百瀬さんに絆されて、いつの間にか自分の心に占める大きさがね。尽くしてくれる姿が、やっぱりおっさんには嬉しいわけで。どうしたって気持ちを持っていかれるんだよ。

 だったら、ここは俺から言うのが正しい。

 でも関係持った途端に冷めて、やっぱり気の迷いでした、とか言われたらショックでかいし、立ち直れなくなるよ。

 それでも今は。


「逢坂さんのことを」

「言わなくていい」

「え、あの」


 凄く悲しげな表情になった気がする。

 違う。


「いいよ。俺で良ければ」


 目頭から水滴流れてるよ。破顔して嬉し泣きって奴だろうか、立ち上がって抱き着いて来るし。


「マスター鈍いんです。やっと意思が通じました」


 マスターに戻ってるし。いいけど。

 あ、そうだ。もっと親密になるんだったら。


「名前、瑞樹だっけ」

「はい。そう呼んでくれると嬉しいです」

「じゃあ、瑞樹ちゃん」

「ちゃん、なんて歳じゃないですよ」


 そうか?

 まあ、成人してるのもあるし、ちゃん付けよりは呼び捨ての方がいいか。


「瑞樹」

「ま、えっと」

「隆之」

「隆之さん」


 まあ、こうなると次は自然に唇と唇がね。互いに触れ合うと幸福感が増してきて、自分の腕の中に居る存在が愛しくなってくる。

 就職先って、俺の店ってことだよな。あ、違うのか?

 唇が離れると照れ気味の瑞樹が居て、とりあえず就職先の件が気になる俺が居て。


「あのさ」

「はい」

「就職先って」

「ここです」


 もう年甲斐も無くキュンってしちゃうでしょ。なんでこんなに愛らしいんだろうね。

 あ、そうだ。風呂入って寝るつもりだったんだ。

 いつまでも抱き合ってても仕方ない。

 そっと手を離すと「もっと、こうしていたいです」って、蕩けそうだよ、おっさんは。

 仕方ない。いや、気持ちいいからいいんだけど、また抱き締めると体を預けて来るし。このまま押し倒しちゃうよ。おっさんは煩悩全開状態だからね。


 暫し、抱擁していたが、いつまでもこのままじゃね。


「風呂入りたいんだけど」

「あ、ごめんなさい」

「いいけど」


 ここで一緒に入る、とは言わない。そもそも風呂はそこまで広くない。

 そうだなあ。今後も一緒になるなら、引っ越しも考えた方がいいか。


「引っ越し考えよう」

「広いところですか?」

「そうだね」

「ここでもいいんですよ」


 狭いんだってば。


「俺と一緒に生活する気だよね?」

「そうです」

「じゃあ引っ越ししよう」

「お風呂が狭いからですか?」


 見透かされてるし。若い子に。

 もちろん、それだけじゃない。ワンルームじゃ不便極まりないし、ベッドルームとリビングはあった方がいい。部屋がぐちゃぐちゃになるぞ。


「あ、でも。両親は?」

「大丈夫です」

「なんで?」

「言ってあります」


 すでに報告済みで、転がり込むことも言ってあり「好きにしろ」と言われたそうだ。頑固なのは親も分かってるんだろう。譲らない部分は梃子でも譲らないし。

 そうなると、むしろ俺の方が無言で同棲って、逆に常識を疑われかねないな。せめて挨拶くらいはしておかないと。


「挨拶しないとなあ」

「電話で充分だと思います」

「それだと田舎の人に通じない」

「大丈夫です」


 瑞樹が言えば問題無いとか。今は店も忙しく経営を軌道に乗せる上で、大切な時期でもあるから、集中したいと言ってあるとか。手回しがいいなあ。

 俺の部屋に来る時点ですべて手を回していたと。


「愛してるんですよ」

「いや、それは分かった」


 覚悟もしてるし、今後は一緒に店を盛り上げるんだと。そして、いずれは結婚してと先々のことも考えてるそうだ。

 気が早い。

 とは言え、おっさんである俺も、のんびりはしていられない。きちんと今後の計画を立てておかないとなあ。


「婚約?」

「はい」

「指輪無理だけど」

「余裕が出たらでいいです」


 なんて男にとって都合のいい子なんだよ。よくこれまで男どもは放置してきたな。あ、ストーカー気質の奴が居たか。でもあれじゃあ、瑞樹のお気に入りにはなれんか。

 ほかの男どももなんで放置してたんだろう。


 まあいい。

 今は俺の手の中にある。大切にしたい存在だし。


「風呂入ってくる」

「部屋掃除しておきますね」

「汚れてる?」

「少しです」


 風呂から出てくると空気が入れ替わったような。


「淀んだ感じが無いな」

「換気してから暖房入れたので」


 まあ気が利く。澄んだ感じだし。煩悩が洗い流されそうな。


「風呂は?」

「あ、いただきます」


 風呂場に向かうかと思ったら、その場でセーターと、だから何してんの?


「あのさ」

「正式にお付き合いするんです。遠慮は無しですよ」


 そういう問題なのか。

 服脱いで下着姿で風呂場に向かってったよ。もう、今夜は燃え捲りそうだ。

 結構大胆な性格してるんだね。涎出た。

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