Sid.19 女子大生の彼氏登場か
おっさん連中の相手をしていると、すぐにランチタイムになり忙しくなる。バタバタとした時間を過ごすと、暇ができてひと息吐く。百瀬さんが居るのと居ないのでは、かなり違うんだよなあ。
テーブル席に残る食器。洗い場のシンクに溜まる食器。ランチが終わるまで、洗い場は手付かずのまま。ひと息吐ける頃に洗い物を全部片付けて、やっと俺の昼飯の時間になるわけで。
朝飯を食ってから昼飯を食えるまで、およそ八時間くらい間が空く。
やっぱりひとり、雇った方がいいとは思う。雇えるくらいの売り上げがあれば、問題無いわけだし。
百瀬さん。ずっとってわけには行かないだろうし。就職かあ。どこだ?
午後四時になる頃にドアが開き、ドアベルが鳴り響く。
ひとりの若い子が店内に入ってきて。
「マスター。今から入ります」
笑顔でカウンター内に入り、エプロンを纏い店内を見回し「テーブル汚れてますよ」と言って、ダスターを持って拭き取りに行く。すぐに作業に入ってくれるし、そこは実にありがたい。
こうして来てくれるとね、なんだかんだ言っても嬉しくなる。
三十分ほどで店内が綺麗になり、一服するかと聞くとね「お金払います」って言われるし。要らないと言っても聞き入れない。
じゃあ、給料から差し引くと言うと「それでお願いします」だって。一杯十円で計上してやろう。放っておくと客に出す価格を払ってくるし。従業員から利益を得ようなんて思って無いんだけどなあ。
コーヒーを飲んでまったりしていると、カランカランとドアベルが鳴り、客が数人会話をしながら入ってきた。
珍しいと一瞬思うも、百瀬さんの知り合いのようで「あ、いらっしゃいませ」と。続いて知り合いらしき男が「百瀬、ここで働いてたんだ」とか言ってる。知ってんのか、この鄙びた店を。
「空いてる席にどうぞ」
ぞろぞろ四人。テーブル席を占拠し「ブレンド」とか言ってる。
それにしても本当に客を連れて来るんだよなあ。少しずつでも客が増えれば、売り上げもしっかり立つってものだ。百瀬さんには感謝しか無いな。まあいずれ居なくなるだろうけど。
居なくなっても維持できるよう、店の魅力を増す必要はあるか。
「マスター。ブレンド四つです」
「あいよ」
コーヒーを用意してる間、百瀬さんは仲間に呼ばれたようで、テーブル席を前に何やら話をしてるようだ。時々笑いが零れ楽しそうに笑みを浮かべてる。特にだ、気になったのは、特定の男を相手にしてる時にな。妙に優し気な目で見てる、気がする。
互いに気があるのだろうか。実に楽しそうな。
ああいかん、若い奴らに嫉妬してどうする。おっさんと若い奴なら、どう考えても若い奴に分があるのは当然。おっさんは、らしく見守るのが本来の姿だ。
いかん。力が入り過ぎてグラスを割りそうになった。
百瀬さんがテーブル席を離れると「追加オーダーです」と。
「ケーキですけど、出せるものって」
ケーキなんて滅多に出ない。仕入れもごく少数で無いことの方が多い。
今日はあるけど。
「ムースショコラとレモンムースがある」
「聞いてきますね」
またテーブル席に行き聞いてるようで「ムースショコラふたつです」と。
冷凍庫から出してレンジで少しだけ解凍し、皿に載せて提供するだけ。卸業者から買い付けてるだけだし。しかも冷凍だから消費期限は少しだけ長い。時々仕入れて置いてある。
これもあれだ、自家製ケーキを提供できれば、もう少しアピールできるかもな。
俺には無理かもしれんが、誰かそっち系の人を雇えば。百瀬さんがなあ、ずっとやってくれれば助かるんだが。
皿に盛られたケーキを持ってテーブル席へ行くと、またも話に加わる百瀬さんが居て、男と親密さを演出してそうな。
おっさんは見守るのみ。
楽しそうだなあ。
午後五時くらいになると帰るようで「また来てね」とか言って送り出してる。
テーブル席の食器を片付け、カウンターに持って来ると「同じ学科の人なんです」だって。
接点の多い男子か。だったら仲良くなるのも分かる。互いに意識してるのか、それともまだなのか、もしかしたらすでに恋人なんて。
ああいかん。こんなことを考えても仕方ないんだよ。若者は若者同士、上手くやればいいわけで。あのストーカー気質の男よりは、遥かに爽やか系男子だったし。いいんじゃないの。
「マスター、どうしたんですか?」
「え?」
「なんか落ち込んでません?」
「なんで?」
元気が無く見えるとか言ってる。
「少し疲れが溜まってませんか?」
「いや、いつも通り」
俺の疲れが溜まらないように、もっと来た方がいいのかとか言ってるよ。そこまでしたら百瀬さんが疲れるでしょ。幾ら若いとはいえ、連日だと疲れも抜けきらなくなる。学業に支障が出ても困るしねえ。
「心配は要らないよ」
「そう、ですか」
急に「あ!」とか言い出すし、驚くからそれやめて。
「あの、さっきの人、関係ないですからね」
「何それ」
「別に意識してないですから」
「いや、あのさ」
俺を放置して楽しそうに話をしてて、勘違いしたかもしれない、とか言ってるし。そんな気は一切無いんだと言ってるよ。
なんで俺にそんな言い訳をしてるのか。もしかして、俺が気にしてたと思った? まあ確かに気にはなったけど、百瀬さんの彼でも何でも無いし。百瀬さんが誰と付き合おうと、俺は所詮はただの喫茶店のマスターで、雇用者で三十過ぎのおっさん。相手にされるなんて思って無いんだけどね。たぶん。
「気にしてないから」
「でしたらいいんですけど、元気無かったんで」
ドアが開きドアベルが鳴り、客の入店と同時に「いらっしゃいませ」と言いながら、振り向きざまに「本当に何でもないですからね」と念を押してる。
まあでも、百瀬さんならモテるでしょ。男なんて選り取り見取りかもね。じっくり吟味される男も大変だけど、お眼鏡に適えばよく尽くしてくれるから、きっと楽しい人生になるよ。
夕食の時間帯には忙しさもあり、あまり会話も無く料理を出して、洗い物をしつつ接客をこなす百瀬さんだ。
忙しなく動き回り俺より働いていそうな。よく働く子だ。その点でも得難い存在だよなあ。やっぱりずっと、なんて贅沢なことを思う俺も大概だ。
卒業すれば安らぎがあって、楽しい職場とやらへ就職だしね。
いずれバイトも募集しないとなあ。いつまでも百瀬さんに任せるわけにいかないし。居なくなるし。
閉店時刻になり、やっとひと息吐くと夕飯にする。
「何か食べたいものある?」
「あり合わせの物でいいです」
そう言われてもなあ。
炊飯器の中にはコンソメで炊いた米がある。ホワイトソースも残ってるな。
鶏肉、玉ねぎ、マッシュルーム、アスパラも入れよう。具材を炒め米と絡め器に盛り、ホワイトソースを掛けチーズを散らす。オーブンに入れて七分程度。
「チキンドリアと残ったサラダ」
「充分です」
「お金は要らないよ」
「払います」
譲らないよ。貸しになるとか思ってる?
賄いだから金払わなくていいんだけどね。これも給料から差し引くと言っておいた。一食当たり百円。それで充分。
食事を済ませると洗い物を済ませる百瀬さんが居て「明日は朝からですよ」だって。どんだけ働こうとしてるんだか。
「じゃあ帰るよ」
「はい」
ドアの施錠をして確認したら、シャッターを下ろし店をあとにする。自宅マンションの前まで来ると、今日はさっさと帰るようだ。
笑顔で手を振る百瀬さんが居て、俺も手を振って自室へと向かう。
自室に入ると風呂掃除、は百瀬さんが済ませてくれてる。湯だけ張ればすぐ入れるな。
湯張りだけして居室のベッドに横になり、天井を見つめてみるが。
百瀬さんの顔が浮かぶんだよなあ。愛らしい笑顔で微笑む姿。そして少し見えちゃった豊かな部分。じゃない。何を思い返してるんだっての。
風呂のアラームがピピピと鳴り、湯張りが済んだことを知らせてくる。
さて、さっさと風呂に入ってと思ったら、ドアホンが鳴ってるし。こんな時間に非常識な、と思ってモニターを見て、え?
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