Sid.11 合羽橋で初デート気分
藤沢バイパスに入ると横新を通り首都高へ。それなりに順調に進んでいて、渋滞も無さそうだ。
ナビシートに座る百瀬さんは、車内が暑いのか上着を脱いで「後席に置いていいですか」と。いちいち断らなくても、とは思うが遠慮なくと言っておいた。
店では気にならなかったが、隣に居るとなあ。しかも密室状態の車内のせいだろうか、なんかセーター姿の百瀬さんが気になる。特にふんわりと盛り上がる胸元がな。
いつも見てるはずなのに。
いかん。ちゃんと前を見ないと事故る。
あ、そうだ。ラジオでも流しておこう。気を紛らわせることもできるし。
「ラジオ付けるけどいい?」
「あ、どうぞ」
J-WAVEに合わせると、DJの軽快な語りに続いて、音楽が流れたりする。この時間帯だと洋楽がメインだ。ヒットチャートから選曲された、店で聴いてるような曲が流れる。
店でもBGMは流しているが、有線のお任せだからなあ。午前中はライトなジャズ、午後は洋楽ポップス、閉店時には勝手に「別れのワルツ」が流れる。電源もタイマー機能で勝手に落ちるし。一度も機械に触れることが無い。
「洋楽好きなんですか?」
まあ、店でも車内でも洋楽とくれば、そう受け取るんだろう。
「日本のね、ほとんど聴かないから」
「話題にできるように、いろいろ聴いておくのもいいと思います」
「話し相手がね、おじさんばっかりだから」
「話題にならないんですか?」
音楽なんて話題になったことも無い。若い子がたくさん来るなら、話題作りでいろいろ見聞した方がいいんだろうけど。今までがなあ。おっさんしか来ない店。勝手にどうでもいい話を振ってくるから、こっちから提供する必要性も無かったんだよね。
来店客の年齢が高い。むしろ話題に振るなら演歌の方が良さそうな。
「無いなあ」
「でも、今後若い人が来るようになったら」
「まあ、その時は勉強するよ」
横浜駅が近くなると高層ビルが目立つように。駅を通過し横羽線に入ると、混雑具合が少し増してくる。下手に煽られないように、多少は注意して運転した方がいいんだろう。マスコミ報道があれだけあっても、煽ってくる奴には事欠かないし。
結局、逮捕されるってのに何を考えてるんだか。ああそうか。考えるだけの知能は持ち合わせてないんだろう。だからすぐ激高して煽ってくるわけで。
単細胞なんて言葉じゃ済まないけどな。危険極まりないんだから。
「あの、スイーツですけど」
「決まったの? 何にするか」
「大学で話したら流行に乗らないものがいいって」
「だろうね」
流行り物なんて廃れたら目も当てられない。安易に乗るもんじゃないし、乗り遅れたら意味を成さない。だったら昔からあるもので、定番スイーツの方が安定するわけだ。
「チーズケーキとかは?」
「喫茶店向きだとは思います」
「ピンと来ない?」
「どこにでもあるので」
確かに、どこにでもある、な。
工夫を凝らして他にはないものを目指さないと、店の売りにはならないとか言ってるし。あらかた出尽くしてるだろうしなあ。改良するって言っても、特にどうすればなんて思い付かない。
「もう少しみんなと話し合って決めたいです」
「いいよ。時間掛けて結論を得た方がいいだろうし」
「あんまり時間掛けても」
「焦ることは無い。すぐに結果を出そうなんて思わない方がいいよ」
都心環状線に入り上野方面へと向かう。
外の景色も藤沢辺りとは雲泥の差があるな。建物が密集して災害があったら、大騒ぎになりそうだし。阿鼻叫喚の地獄絵図だろう。都内になんて住むもんじゃないな。
とは言っても藤沢もなあ、津波が来たら全部流されそうだ。
どうせだから厚木辺りまで引っ越すか? 日本だと、どこに住んでも同じだけどな。
「マスターは都内にはよく来るんですか?」
行かない。ゴミゴミしてるところは嫌いになったから。
「無いなあ」
「最新のトレンドとか」
「興味無いし」
「なんか、おじ……」
おじさんだよ。それは言っても問題無いから。
「若い人を取り込むなら」
「まあそうだろうね」
「たまに来て刺激を受けた方が」
「週に一回しか休みが無いからねえ」
二十代前半くらいなら、いろいろ出歩くのもいい。でも三十過ぎると億劫になるんだよね。疲れも抜けきらなくなるし。百瀬さんはまだ若い。若さ溢れる感じだから、積極的に都内に出たいんだろう。刺激多いし。藤沢なんて田舎町だからなあ。
上野料金所を出て一般道へ。浅草通りに入れば合羽橋は目の前も同然。
外の景色を見るお上りさんが居る。田舎とは違うし、藤沢とも違うし。地方出身者の多くが一度は憧れる東京だ。俺もだけどな。早々に挫折して都落ちしたけど。
合羽橋に着くと、適当に空いてるコインパーキングに車を押し込む。あとは徒歩で店を巡るだけ。
背伸びをする百瀬さんが居て、俺も釣られて伸びをしてみる。
「藤沢とは空気が違いますね」
「そりゃそうでしょ。観光名所でもあるし」
「人、すごく多いです」
「外国人もこぞって来るからねえ」
合羽橋道具街を歩くが、いちいち店内を覗く百瀬さんが居て、ちっとも先へ進まん。
「あの、これ、可愛いです」
「そう?」
「あ、こんなのも店に置いたら」
「そう?」
今日の目的はランチプレート。それ以外の物は買わないんだけど。
「包丁も使い易いものがいいですよね」
「今ある奴で充分だけど」
「ペティナイフと三徳包丁しか無いじゃないですか」
「充分だから」
いろいろあっても使いこなせないし。所詮は素人に毛が生えた程度だよ。
寄り道が激しい。どの店に求めるランチプレートがあるかは知らない。だから都度店内を物色してってなるんだけど、これだと効率が悪いんだよなあ。
それなのに百瀬さんは楽しそうだ。いろいろ手に取っては「食器、全部リニューアルしたいです」とか「カトラリーもお洒落なものが」とかね。そのコストを回収できる売り上げが無ければ、俺は霞を食って行くしかない。下手したら店畳む必要出て来るし。倒産。
何軒目かにお目当てのプレートを置く店を発見。
「三分割くらいがいいですよね」
「そうだね」
「これに合うカップも必要です」
「そう?」
皿とカップ? 出費が痛すぎる。まあでも全体的に安価ではあるけど。
あ、一枚七百円でサイズも丁度良さそうな皿。手に持ってみると、少々重いが価格からみて手頃だし、あんまり高価なものは必要ない。
見てたら百瀬さんが声を掛けてきた。
「シンプル過ぎませんか?」
「いいんだよ。料理を際立たせるなら」
「そうなんですか?」
「器で魅せる料理、ってほどの物じゃないからね」
星が付くような店じゃない。器に懲り過ぎても中身が無いなんて、逆にそっちの方が恥ずかしいからな。
料理のレベルに見合う皿で充分。
「でしたら、その皿を候補にしてカップを探しましょう」
なんかノリノリ。バイトなのに。
少ししてカップも決めると、店員を呼んで必要数を用意してもらう。
ランチプレートは予備も含め三十枚。カップも三十個。全部の席が埋まっても十八しか必要無いけどね。実質その半分程度。ランチ時は洗い物まで手が回らないから、この数があれば充分回せるだろう。
会計を済ませ手に提げると。
「重い」
カップは百瀬さんが持ってる。俺はより重い皿を。
「お昼ご飯はどうします?」
「どこか適当なところで」
「荷物はどうします?」
「車に積んでおいた方がいい」
持ってたら邪魔だし重いし。
一旦パーキングまで戻り、車に積み込み合羽橋を歩くか、それとも場所を移動するか。
「なんか希望ある?」
「お店って」
「ここにも、たくさんあると思うよ」
「でしたら、ここで」
合羽橋本通りなら飲食店も多数あったと思う。
ふたりで並んで歩くんだが、かなり寄り添う感じで密着気味。歩道が狭いから仕方ないんだろうけど。でも、気になるんだよねえ。
百瀬さんは気にしないのかねえ。密着する相手がおっさんで。
「あ、スカイツリーが見えます」
「浅草だし」
「今度行ってみたいです」
「暇と余力と懐に余裕があれば」
一緒に行きましょう、だってさ。
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