Sid.9 連日店に来る女子大生
俺の手を取り「繁盛店を目指しましょう」とか言ってるし。
握った手に気付いて、慌てて引っ込めて少し照れてる感じだ。今どきの大学生にしては、うぶな反応を示すなあ。可愛らしく見えるけど。
途中、休憩時間を与えるとカウンター席の端っこに座り、スマホで調べ物をしてるようだ。高速フリック入力でワードを指定し、検索してを繰り返して。
客が来ると指が止まり「いらっしゃいませ」と言いながら立ち上がる。お冷やを持って行きオーダー受けてるし。休憩中は仕事しなくていいんだってば。
「あのさ、休憩中は客を無視していいよ」
「駄目です。従業員が怠けてると思われるので」
「休憩中だよ?」
「お客さんには休憩も何もありません」
まあ、そうなんだが。
でも休憩時間を与えるのも、使用者の義務だからねえ。本来であれば休憩室を用意し、仕事から解放されるのがいいんだが。スペースの問題もあって、休憩室なんて用意できないし。そもそも人を雇うなんて、想定してなかったからなあ。
なんかいろいろ変わりそうだ。
この日の営業が終わると、天候の割にはそこそこの売り上げ。
「百瀬さんが支払ったから、今日の給料飛んだでしょ」
「問題無いです。必要経費ですから」
慰謝料には、まだほど遠いとか言ってるし。要らないんだけど、慰謝料。
どうあっても払うつもりなんだな。受け取る気は無いけどね。
店の片付けや掃除を済ませ、外に出るとまあ寒い。もうすぐ春だってのに、今日はよく冷え込む日だ。
百瀬さんも肩を窄めてるし。外はすっかり暗くなっているが、車のライトや街灯の明かりで、旧東海道はそれほど暗くは無い。一歩路地裏に入ると途端に暗くなるけどね。
「マスターって、結婚しないんですか?」
並んで歩きながら、そんなことを聞いてくる。
前に聞かれなかったっけ?
「稼ぎの無い男の元に嫁ぐ物好きは居ないよ」
「居るかもしれませんよ」
居ないって。わざわざ貧乏暮らしなんて、望むわけ無いでしょ。俺の年齢に釣り合う女性ってのは、大概にして男の稼ぎを気にするし。性格とか相性なんて言っても、その前に稼ぎを気にするわけで。当然だけど見た目も大事だしねえ。
妥協できない条件が多くなる一方だから、俺如きが結婚なんて望むべくもない。
そしてそんな女性も結婚なんて、できるわけがない。高望みし過ぎてると気付けないからね。
手が冷たいのだろうか、手を擦り合わせて息を吹き掛けてるし。手袋すればいいのに。
手元を見てたら「今日は凄く冷えますね」だってさ。視線がね、俺の手に向いてる感じだけど。こっちは特に冷たいとは感じないし。女性は末端冷え性が多いのかもね。昔付き合った子も指先冷たかったし。それなのに女子高生はミニスカ、生足であれじゃあ腹まで冷えそうだよなあ。根性で耐えてるのかとか思ったり。
自宅マンション前に来ると、また話し掛けてくるし。
「あの、合羽橋までは電車で行くんですか?」
「車で行くつもりだけど」
「持ってるんですか?」
「中古で買った奴だけどね」
電車で行っても荷物を持って帰るのはしんどい。車はあった方が便利だから、無理して維持してる状態。無くても今の生活なら問題無いんだけどなあ。
なんか手放せない。
それにしても寒いのに、こんな場所で話しなくても。
家に寄って行くか、なんて若い子を気軽に誘える年齢じゃないし。おっさんだからなあ、身の危険を感じるだろう。そんな気は無くてもね。
「一緒に行ってもいいですか?」
「時間の無駄でしょ」
「食器を見て回るのも楽しいですよ」
それにふたりで選んだ方が、より良いものを選べるんじゃないかと。
「女性好みの食器は女性に聞くのが一番です」
「まあ、そうなんだろうけど」
「行くとしたら木曜日ですよね」
そうなる。定休日しか遠出できないし。
「朝十時でいいですか? 一緒に行きますから」
「来るの?」
「嫌なんですか?」
「嫌、って言うか俺と一緒だとつまらないでしょ」
おっさんとショッピングなんて、なんの罰ゲームだっての。若い子には見合う相手が居るだろうに。と言ったら寂しそうな顔するし。なんでか分からんな。
それに大学はいいのかって話も。それを聞くと問題無いとか言ってるし。
ああそうだ、彼氏とか居ないのか?
「彼氏居ないの?」
「居ません」
「要らない?」
「要らない、じゃないんです」
分からん。
おじさんに分かるように説明して欲しい。
「寒くない?」
「寒いです」
「また次回店で話せば」
少しむくれ気味。意味分からないけど、おっさん相手なんて、良くやってられるなと思う。もしかして趣味がそっち? だとしたら風変わりな子だと思う。少しファザコンが入ってたりとか。普通に考えれば、おっさんなんて忌避される存在でしょ。
まあ、変わった子であることに違いは無さそうだけど。
やっぱり三十分ほど話し込んで、家に帰るようだけど、少し挙動がおかしいんだよね。マンション見たり俺を見たり、落ち着きが無い感じも見て取れる。
まさかとは思うけど、うちに寄って行きたい、なんて。
あるわけないな。都合よく考えすぎだ。
「じゃあ次は火曜日だよね」
「はい」
「じゃあ気を付けて」
なんか知らんけど、ご機嫌斜め気味?
軽い会釈をしながら「お疲れさまでした」と言って、家に帰るようだ。背中丸まってんなあ。寒いのもあるんだろうけど。
月曜日。
天気は回復したけど寒さは残ってる。店も通常通り営業し、いつもの常連を相手に時間を潰す。
相変わらず暇そうな常連客だけど、百瀬さんが来ないのも分かってそうだが。
「華が無いなあ」
「週に三回ですからね」
「結婚しちゃえば毎日だろ」
「あり得ないですよ」
それもそうだ、とか言ってるし。
「でもなあ、見てるとマスターに惚れてそうなんだよな」
「天地がひっくり返っても無いですよ」
「そんなことはないだろ。あのくらいの子なら軽く騙せる」
「騙してどうするんです?」
冗談だとか言ってるけど、少しは気にならないのかと。
気にしたところで、相手にされるわけ無いし。年齢差もそうだし、稼ぎもそうだし。こんな冴えないおっさんと、なんて普通に考えたら無い。女性はもっと現実的だ。まあ、女子大生くらいだと、世間知らずな面もあるだろうけどね。
それでも相手は選ぶだろ。
常連客が帰るとランチで少しだけ忙しくなる。本当に少しだけだ。
午後三時を前に店内は閑散とし客が居なくなる。
暇な時間をどう過ごすかと言えば、好きな曲を大きな音量にして流す。ついでに本を読んでみたり。
こうしていると、時々客が来て一瞬、眉を顰めるんだけどね。いらっしゃいませ、と同時に音量を下げて客を迎える。
午後五時を過ぎる頃になると、また客足が戻り七時くらいには、店内も満席になって忙しい時間を過ごすことに。
今日はさすがに百瀬さんは来ないようだ。連日だと疲れるだろうし、自分の時間も必要だろうし。
店を閉める頃になってドアベルが、カランカランと鳴り響く。
そろそろ閉店ですよ、と言いそうになったが、なんか見慣れた子が来たし。
「今日も来たの?」
「お手伝いしに」
時給発生するんだってば。
「毎日来てない?」
「邪魔ですか?」
「邪魔とは言わないけど」
「お手伝いです。給料は要りません」
そうはいかないんだって。
こっちの思いとは裏腹に、エプロンしてシンクとかの掃除を始めるし。なんか変な子だよなあ。律儀って言葉だけじゃ説明が付かない。
閉店時間になると同時に、外の看板を仕舞い込んで「今日も寒いですね」だって。
「晩飯、食べた?」
「まだです。講義があってタイミング合わないんです」
まあ、そういうこともあるだろう。
「なんか食べる?」
「お金」
「要らないんだけどなあ」
「払いますから」
何か食べたいものはあるかと聞くと。
「ジャンバラヤを試しに作ってみてください」
話が出た際にレシピは調べた。作るのは初。それほど難しいものじゃないから、試しに作って出すと。
愛らしい笑顔になって「美味しいですね」だそうだ。
「ちゃんとお客さんに出せますよ」
「そう?」
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