Sid.8 女子大生と話し合いを
この日のランチタイムに来店した客は、百瀬さんの仲間を除けば十三人だけだった。ほとんど売り上げが無い。これで百瀬さんのオーダーが無かったら、壊滅的な一日になっていただろう。その点では感謝するしかないが、なんか腑に落ちない。
客が来なかった理由は、寒すぎるのと朝に雪が降っていたせいだろう。今は止んではいるが、どんよりと曇った空模様だし。日中は気温が多少でも上がるからか、雪は降らないが夕方以降、また降ってきそうな気もする。
「昼、賄い出すけど、何か食べたいものある?」
「お金払います」
「いや、賄いって金払って食うもんじゃないんだけど」
「売り上げ、あんまりないですよね。払います」
午後二時過ぎてから昼飯を一緒に食うのだが、しっかり金を払ってた。
「百円でいいよ」
そう言ったら五百円出すし。
客が来ないと食材も無駄になる。無駄にするくらいなら、食ってしまった方がいい。普段より豪勢な昼飯になったが、五百円も払われると原価を上回る。少しだけどね。でもさあ、従業員の賄いで利益なんて、考えもしないんだけど。
ファストフードとかチェーン店は、多少の割引で食えるけど、ただでは飯は食えないってことを考えれば、これも普通と言えば普通なんだろう。
外の様子を窺いつつ食事をする百瀬さん。
視線がこっちを向くと「もう少し商売っ気を出さないと、店、潰れちゃいますよ」だそうだ。
辛うじて赤字は逃れているが、君を雇っている時点で赤字確定。あとで慰謝料として返す腹積もりだろうけど。そんな金は受け取れない。
暫しの休憩時間中、スマホを操作してる百瀬さんだった。
たぶん、集めた意見を見てるんだろう。酷評の嵐で頭痛いんじゃないの?
「感想見てる?」
「あ、はい」
「どんなこと書かれてた?」
「概ね味の評価は悪くないです」
そう? みんなあれか、ジャンクフードで舌が麻痺してるからか。化学調味料に慣れると素材の味なんて、分らなくなるからねえ。微妙な味わいなんてのは、ジャンクフードの濃い味の前に全部飛んでっちゃうし。
ファミレスとかラーメンとか、どれもこれも味が濃い。その味の正体はほぼ化学調味料。楽に旨味を出せるから気軽に使うのが、外食産業って奴だ。
「じゃあ、見た目に問題大あり?」
「そうですね」
「あ、やっぱり。今どきは映えを意識したものが売れるし」
「工夫次第だと思います」
同じエビピラフを出すにしても、ただ器に盛るのではなく、少しの手間とコストを掛けて、飾り付けをして見せれば良くなるのではと。
エビも目立つように飾り付けると、良いのではってのが百瀬さんの意見。
「ワンプレートにしてサラダとスープセット、もいいと思います」
ピラフとサラダにスープをひとつの皿にすれば、簡素な見た目から賑やかな見た目になる。彩りも良くなり目でも楽しめるとか。
サラダはね、普段あらかじめ盛り付けて、冷蔵庫に保管してるんだよね。オーダーの都度、皿に盛ると手間が掛かるってのも。ついでにセットにすると、コストもそれ相応に増えるし。
「ひとりでやってるから、手間とコストの問題がある」
「手間の問題は、あたしが居ます。少しだけ価格に反映させれば」
「簡単に言うけど値上げするとね、今までの常連さん、来なくなるの」
うちの客層は静かな環境で寛げて、低価格であることが条件だからねえ。
まあ常連なんて言っても、少数しか居ないから切り捨てる、なんて選択肢もあるにはあるが。代わりに新たな客層を取り込む。とは言え、見た目重視の客ってのは、飽きるのも早いからねえ。他で目新しいものが出てくれば、すぐにそっちに流れる。
固定化しないんだよ。そんな客だと経営が安定しない。
「それは考えた?」
「客層と固定化、ですか」
「そう」
映え、なんて言ってる連中は固定客にならない。味なんて分からないし、写真映えするかしないか、それが全てだから次々、派手な演出をし続ける必要がある。挙句、食べきらずに残す。目的が写真であって、承認欲求を満たすことだから、食事自体はどうでもいい。勿体無いんだよ、残飯ばかりが増えるから。
さらに、その分のメニュー開発に、膨大な手間を掛けることに。
意味無いんだよね。流行り物にしか興味を示さない客なんて。一瞬だけの話題性。
「個人経営の喫茶店のメニューに、大きな変化が無い理由。映えなんてやってられないから」
従業員を多数抱えていれば、できることも増えるし、開発だって意見を募ってできる。
ひとりで切り盛りしてる店だと、すぐに限界が来るんだよね。
まあ、その辺は学生だし、分からないのも仕方ないけど。
言われて考え込んでる。
「一番は味を追求することだね。そうすれば固定客はできる」
味に惚れ込んだ客は店のファンになって、足繁く通ってくれるから経営が安定する。
もちろん、見た目も大切だけど、映えなんて意識する必要は無い。
「他にはヘルシー志向、なんてのもあるけど、これも所詮は流行り廃りだからね」
飽きれば一気に客離れが起こる。有機野菜や自然を売りにすれば、それ目当ての客が集まるけど、そんなもので何十年も続くわけがない。
「飲食店って廃業率が全産業の中でも高いんだよ」
次々出店するけど同時に廃業する店も多く、トータルでは増えず減らずを繰り返す。
飽和状態とも言える。
結局、常連客を大切にするしかないわけで。流行に乗れば一時的に繁盛しても、今度はそれの維持に全力を尽くす必要があるからね。
「できない理由ばっかり挙げ連ねたけど、実際に経営すると、頭で考えた通りになんて行かないから」
考え込んでるけど、何かひらめいたか?
「でしたら味で勝負しましょうよ」
「俺、バカ舌だけど」
「そんなこと無いと思います」
提供されるものの味は、充分及第点にあると思うそうだ。コーヒーは拘りを感じられて、確かに流行りのカフェより上品だと思うと。
今より少しでも上質を目指しては、ってのが百瀬さんの意見だった。
ついでに、なんか言ってるし。
「あの、紅茶は出さないんですか?」
「紅茶?」
「本格的な」
「無理だね。コーヒーと紅茶は相性悪い」
香りが強いコーヒーと繊細な香りの紅茶。コーヒーを出すと紅茶の香りは感じ取れない。どっちも香りを楽しむ面もある。店内でコーヒーを焙煎したら、もはや紅茶の香りなんて消え去る程度だから。
「ってこと」
「そうなんですか」
まあ、味の改善は考えてもいいけど、俺の舌じゃ判別不能だからなあ。
今どきの学生もジャンクフード主流じゃ、繊細な味なんて感じ取れないでしょ。育ってきた環境で、上質なものを味わってきてるならねえ。
どこかで修行するのが一番だけど、その間、店を閉める必要あるし。店借りっ放しだと維持できないから、一度閉店してってなるからなあ。
百瀬さんを見てると、もどかしそうだなあ。
「ワンプレートで提供する案は、採用してもいいよ」
いくつかのメニューに採用して、サラダセットとサラダ、スープセットの二種類。
まずはランチで試して好評なら、夜も同じように出す。
「ってことで」
少し笑顔になって「じゃあ、早速考えましょう」だって。
ただひとつ、問題がある。ワンプレートってことは、新しく食器を仕入れる必要があるわけで。コスト増だよなあ。まじで来月から俺は霞を食うしかない。
メニュー内容を少し吟味して、ワンプレートで見栄えの良いものを、ふたりで相談しつつ考える。
「サラダは葉物野菜を中心にした方が」
「見栄え?」
「はい。女性受けすると思います」
プチトマトにルッコラやデトロイト、エンダイブにクレソン、トレビスやスイスチャードを使うと見た目鮮やかだそうだ。
メインはシーフードピラフ、グリルチキンのピラフなんかがいいとか。他にはジャンバラヤにガパオやロコモコも含めたいらしい。
スープは二種類。コンソメ系とポタージュ系で、って手間が増すなあ。
暇な時間帯に集中して考え、あらかた方針が決まり、後日プレートを調達することにする。
面倒だけど合羽橋まで出向く。
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