Sid.2 謝罪と称して店に来た
店を開けたはいいが、いろいろ痛みがあるけど、まあ我慢できるレベルだ。
この店はカウンター席が六席、四人掛けテーブル席が二セット。二人掛けテーブルが二セット。まあ小さな店だ。
キャッシュレス決済なんて、導入できるわけもない。赤字になるぞ、手数料だけふんだくられて。ゆえに現金オンリー。今どき。ああ、それもあって、客が来ないのか。でも、導入するなら相応の客数は必須だし。来ないし、流行って無いし。
常連客がふたり来店中。カウンター席を陣取り、俺を見て「怪我してんじゃん」とか。
「コケたか?」
「まあ」
「店と一緒で足元覚束無いんだな」
「私はいいんですよ」
チャリに撥ねられたとは言わない。充分反省し謝罪の意思も汲み取れたから。若気の至りってのもあるし。もっとも轢き逃げするような奴だったら、対応はまた別だけどな。
「怪我してるとこ悪いんだけど、ナポリタン」
「あ、俺はエビピラフ」
怪我はどうでもいい。オーダーしてくれないと、店が潰れるからな。そっちの方が深刻な問題になる。
パスタを茹でる間にナポリタンの具材を炒め、同時にピラフの具材を炒め、事前にスープで炊いておいた米を混ぜる。
腕が痛いって言うか、肩も痛むな。そこは我慢だ。
茹だったパスタをフライパンに投入、混ぜて皿に盛りつける。ピラフも皿に盛りつけて常連客に出して完了。
「この味だよなあ」
「美味いのに何で流行らないんだ?」
「他に美味い店ありますから」
うん、とか同意してるし。まあ、趣味で始めたような店だ。そんな店が大流行りとかだと、まじめに取り組んでる店が哀れだ。うちくらいは、ごく少数の常連客で持っていればいい。
午後も二時を過ぎると常連客も居なくなる。
暇を持て余す時間帯に突入した。人を雇っていたら頭、痛かっただろうな。自分の食い扶持と店の維持だけできればいいわけで。
午後三時。
ドアに吊るしてあるドアベルが、カランカランと音を立てて鳴る。
珍しい。この時間帯に客が来るとは。と思ってドアを見ると、どこかで見た覚えのある顔だ。
「あの、朝はすみませんでした」
軽く会釈をしてドア越しに顔を出してるのは、ああ、あの子だ。
「いらっしゃいませ」
「えっと、謝罪も兼ねて友達と一緒に」
別にいいのに。無理しなくて。
「カウンターでもテーブル席でも、お好きな方をどうぞ」
後ろに付いてきたであろう友達だけど「奢りだよね」とか言ってるし。まあ自己負担じゃないと、謝罪にもならんだろうし。友達には何の責任も無いのだから。
それにしても女子大生なんて、この店に滅多に訪れない。来るのは暇を持て余すおっさん。あとはサラリーマンが時間潰し。
女子大生三人がテーブル席を陣取り「あ、パフェあるんだ」とか「ケーキもあるんだ」とか言ってるし。この時とばかりに食う気満々なんだろうな。
「あの、注文したいんですが」
オーダーを受けるべくカウンターから出ると。
「頭の怪我、手当てしてないんですか?」
放置。常連客しか来ないから。
「忙しい、ってわけでは無いですが、誰も来ませんので」
友達連中が「ほんと、暇そう」とか言ってるし。なんか腹立つ。昔ながらの喫茶店スタイルなんて、今の若い子には受けが悪いんだろう。年配の人には落ち着けると言ってもらえるけどな。流行りのカフェなんて、騒々しいだけで居心地悪いんだよ。とは言わない。相手は客だし。
オーダーを受けてカウンターに戻り、パフェを作るのだが、久しぶり過ぎてなあ。だからと言って手間取ると、ホイップクリームがだれてしまう。アイスクリームも溶けるし。手際よく作らないとならない。
「お待たせいたしました」
学生時代ずっと飲食店でバイトして、いろいろ学んだから、それなりの形になってるし味もそこそこ。
ただし、コーヒーだけは拘って淹れてる。本格コーヒーの店、が売り文句なんだけどなあ。
「救急箱、無いんですか?」
「ああ、無いですね」
そう言うと「絆創膏とか買ってきます」と言って、友達には少し待っててと言って、店を出て行ったよ。濡らしたティッシュで拭き取ってはいたけど、結局また出血してたんだろう。手で触れると乾いてるけどな。
友達は呆れ気味だが「瑞希が轢いたんですよね」とか言ってる。
「ちょっとした事故です」
「瑞樹、すごい気にしてたんですよ」
「講義の間、上の空だったしね」
「大したこと無いんですけどね」
少しすると息を切らして戻ってきたようだ。
「あの、手当てします」
「気を遣わなくてもいいんですよ」
「でも」
「マスター。手当てしてもらえばいいんですよ」
厚意って言うか、償いってことで手当てをしてもらう。
真剣な眼差しで手当てしてくれてるけど、顔が近いし。ちゃんと顔を見ると、まあ若いから愛らしさもある。俺が歳食ってるからか。
百瀬って苗字だっけか、大学三年生だったな。ひと回り近く歳が離れてるんだよ。
「いてっ」
「あ、すみません」
「大丈夫ですよ」
友達が冷やかしてる。
「いい雰囲気」
「瑞樹、彼氏居ないんだから、マスターと付き合っちゃえば?」
「あ、マスターって独身ですか?」
「稼ぎが悪すぎて独身を謳歌してますね」
自虐は女子を前に言わない方がいいようだ。「暇そうだもんねえ」とか「お客さん居ないし」とか言って笑ってるんだよ。自虐で言っていると理解して欲しいものだ。
まあ、あの大学だからなあ。偏差値はそれほど高くは無い。
「終わりました」
「ああ、ありがとうございます」
「本当ならお医者さんに行った方が」
「大袈裟ですよ。掠り傷ですから」
傷口の消毒をして、少し高額な絆創膏を貼ってくれたようだ。傷が早く治るって奴だな。
手当を済ませてもらうと、カウンターに入って。やること無いけどな。
グラスでも磨いておくか。
女子大生連中、楽しそうに話をしてるし、時々こっち見て「常連になっちゃえば」とか言ってる。
「事故の慰謝料って数百万とか」
「それ、骨折とかじゃないの?」
「じゃあ十万くらい?」
「分かんないぃ」
オツムはあまり鍛えられていないようだ。君ら、スマホ持ってるでしょうに。調べれば相場はすぐ分かるよ。軽傷の場合はせいぜい十五万円程度。この店の常連になって通い詰めても一年は掛からない。
まあ、通ってくれれば多少でも利益出るけどね。
ただ、そんな話をしていたことで「一括で払えないので、学校が終わったら来ます」とか言い出すし。
無理しなくても。学生なんだし、親に言えば十五万くらい出すんじゃないの? 要らないけどね。
「無理しなくていいですよ。来たい時に来てくだされば」
「でも、怪我させてしまったんで」
「あんまり自分を追い詰めなくて良いですよ」
それでもまめに通うとかで。意外と譲らないんだね。今どきの学生なんて、不問とか言ったら諸手を挙げて喜びそうだけど。あとは知らん顔できるとかで。責任を負うなんて考え、存在しないでしょ。
義理堅いんだね。
まあ、ある意味、いい子なんだろう。親の躾も良かったのかも。今どき珍しいな。
午後五時になると帰るようで「また来ます」とか言ってるし。
友達も「どうせだから働いちゃえば」とか。いやいや、人件費払えないから。自分ひとり分しか利益出ないんだよね。暇すぎて。
女子大生三人を見送ると片付けをする。
そろそろ夕方以降の常連客が来るからなあ。
六時以降の客単価は少し高くなる。軽食とビールとか一緒に頼んでくれるし。
準備だけして客を待つ。
暇な時間帯に売り上げが立って、今日はいつもよりましかもしれない。怪我の功名って奴かも。
ただ怪我をして終わってたら、目も当てられないからなあ。
ラッキーな面もあったんだろう。女子大生と知り合えたし。
午後九時まで営業して店を閉めるが、外に出していた看板を引っ込めようとしたら、あれ?
「あの、お手伝いします」
なんで?
いやいや、お手伝いされると給与の支払いが発生するんだよ。
「給料支払えないんですが?」
「慰謝料代わりに」
ダメ。そこはきちんと線引きしないと。
世の中、都合よくいかないのよ。
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