6 ギョウザとレバニラで家族の機嫌取り


 夏休みは実家に帰るというと、売り場主任の夏目さんは残念そうな顔をした。

「夏休みが終わったらまた来るんだろう?」

「はい。また雇ってもらえれば嬉しいです」

「残念だねえ。この可愛い顔をしばらく見られないとは」

 暑苦しい腕が伸びて来そうになったので慌てて避ける。

「ちっ」

 悔しがっている。俺はアンタの玩具じゃないっての。


 バイトの最後の日に山田に会った。レジの手が空いた時に側に行って鈴木の伝言を伝えた。

「余計なこと考えてないで、さっさと帰って来いって言ってましたよ」

 山田はにやけた顔のままで返答を寄越す。

「あいつは営業の加藤と上手くやっているさ」

 その言い草にちょっとカチンと来た。そんな奴、関係ないじゃんか。だって鈴木は山田に帰ってきて欲しいと言っているのに。

「それでいいんですか?」

「俺は――」

「歳なんか関係ないでしょう。もっと大きな障害があるのに結ばれたくせに」

 そうだ。ホモなんて、そこらに転がっている訳ないじゃないか。世間だって非難するのに。


 俺の学校生活を見てみろよ。可愛い女の子は近付いて来ないわ、友人たちは面白がってからかうわ、大変なんだぞ。これで本当に榎木と恋人同士だったら……。

 うわ、俺、何考えてんの。

「とにかく伝えましたからね」

 途中で余計な事を考えてしまって、最初の勢いが萎んだ。

「でも、俺が押し倒されるんだぜ」

 山田が悪足掻きのように言う。

「嫌だったら、あんたが押し倒せばいいじゃん」

 うだうだ言う山田に、よく考えもしないで言い返して逃げ出した。



 俺より榎木の方が、バイトを二日ほど遅くまで入れていて、結局俺が先に家に帰ることになった。

 朝、学校に行くのと変わらない感じで、じゃあなと軽く別れる。

 榎木は、俺のいない間にあの美女と会うんだろうか。あの部屋で美女と会って、それから……。余計な妄想が湧いてくる。

 いくら美女だろうが何だろうが、連れ込んで欲しくないなあ。あの部屋は俺と榎木の部屋なんだから。こうして合鍵だってちゃんと持っているんだし。

 鍵を見ながらふと立ち止まった。

 どこか健全な普通の青少年の考え方と違うような気がする。何が、どこで、どう間違ったんだ?



 家に帰ると、しばらく居なかった俺が珍しいのか、両親と姉が三人がかりで上げ膳据え膳でちやほやしてくれた。

「少し痩せたんじゃない」

「相手の方と上手く行っているの? もし嫌だったら言うのよ」

 母に訊かれて少し不安になる。

 三つ上の姉は五月に就職の内定を貰った。だが、その代わりに親父はリストラで子会社に出向になり、ウチの家計は相変わらず火の車だ。

 だから、榎木との同居を続けることに意味はあるんだと、不安を追い払う。


 三日も家でゴロゴロしていると、苦情がそろそろ出てくる。

「相手の方に、迷惑ばっかりかけてるんじゃないでしょうね」と母が言う。

 そりゃあ、最初の内は迷惑もかけたさ。

「全然進歩してないんでしょ」と姉が言う。

 うるせえなあ。

「何か作れるようになったか?」と父が聞く。

 なった、なった。

「よっしゃ、こうなったら俺様の腕前を披露してやろうじゃん」

 何だか乗せられた気もしないでもないが、とうとう腕まくりをして立ち上がった。


 俺はまだ教えてもらっている最中だから、レパートリーはそんなに多くない。この前習ったばかりの、餃子とレバニラを作って披露した。

 テーブルに並べられたホカホカと湯気の立っている皿を見て、母と姉は目を丸くした。恐る恐る箸を伸ばす。

「あら、美味しいわね」

 母が意外という顔で言った。

「美味しい。その子、私に紹介して」

 俺の丹精込めた餃子をパクパクと口に放り込んでいた姉が言う。

「何で?」

「だって共稼ぎするんなら、お料理できる子がいいでしょう」

 大人しく黙々と食べていた父が、チラリと姉を見る。

「姉ちゃん、三つも年上じゃんか」

「三つくらいどうってことないでしょ」

 そうか? 山田はたった一つなのに気にしていたぞ。

「とにかく、やだ」

「まっ、ケチね。いいわよ、お前んところに遊びに行くから」

「来るな」

 だって、嫌なものは嫌なんだ。何故かなんて考えたって仕方がない。だって、ここには榎木がいないんだから。


 榎木はどうしているんだろう。気になってメールを送ってみる。

『元気か?』

 しばらくして返事が来た。

『元気だ』

 こんだけ?

『何してる?』

『バイト』

 こっちでもバイトしてんのか。忙しい奴だよな。あの美女はどうしたろう。あっちの人間だったら会えない訳か。

 あ、今ちょっと、いい気味って思わなかったか? 俺って結構、やな奴でやんの。


 家でうだうだしているからいけないんだ。榎木がバイトをしているのなら、俺もバイトをしようかな。

 という訳で、夏休みはバイトに精を出している内に過ぎていった。



 夏が終わる頃、榎木から連絡が入った。

『一緒に帰らないか?』

 もちろん異議はない。俺たちは駅で待ち合わせをして、一緒にアパートに帰ることにした。

 お土産をたくさん押し付けられて、駅まで強引に姉に送られた。構内まで付いて来た姉と二人で待っていると、やがて懐かしい声がかかる。


「篠原」

 振り向くと日焼けして逞しくなった榎木が、少し眩しそうに目を眇めて立っている。隣に居る似たような雰囲気の男は、榎木の兄さんだろうか。榎木より少しおっとりした感じの男だ。

 榎木に近付いて違和感に首を傾げる。目線がちょっと上になるんだ。

「榎木、背が伸びた?」

 聞くと、そうかなと笑った。

 ううむ。悔しいような気もするし、嬉しいような気もするし。変だ俺。

 姉が横で俺の肘を突付いてうるさい。

「俺の姉さん」

 と、簡単に紹介すると、榎木も簡単に兄だと紹介する。二人が同時に頭を下げた。俺たちは二人を残して電車に乗った。

 アパートに帰るにつれて、思い出すのは隣の住人だが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る