季節系小ネタ
茅野姉弟とバレンタイン(飛鷹と山際)
二月十四日。
この日は世間がバレンタインで浮かれる日だ。
かくいう俺も、この日はバレンタインで浮かれている世間に対して浮かれる日だった。
「飛鷹、そっちのクラスで誰が誰にチョコを渡したか、帰ったら教えてよ!」
「姉ちゃんもな。ちゃんとメモとっておけよ」
そう、俺たち茅野姉弟にとってバレンタインは少女漫画妄想にはかかせないイベントなのだ。
元々、少女漫画においてバレンタインは重要なイベントの一つだ。
それを蚊帳の外だとしても味わえる上、普段は気付けない曖昧な関係性がバレンタインというイベントで浮き彫りになることもある。
推しカップルのバレンタインを観察できるし、新たな推しカップルを探すきっかけにもなる。
このチャンスをみすみす逃すわけにはいかなかった。
そんな意気込みで普段よりも浮き足立っていたからか、俺は休み時間に同じグループの山際慎一郎に「楽しそうだな」と指摘されてしまった。
「なんか楽しそうだな飛鷹。女子からチョコでも貰ったか?」
その言葉に、俺は首を横に振って否定する。
「いや全然。でも楽しいには楽しいよ」
「どういうことだよ。ていうか、飛鷹は確実に一個は貰えるし全然じゃないだろ。この勝ち組め」
そう山際に苦笑された。
女子から確実に貰える俺は、周りの友達曰く勝ち組らしかった。
双子の姉から貰っただけで勝ち組判定されているのだから基準が低いと思う。
母親から貰った、とニュアンス的には同じだと思うのだが違うのだろうか。
それに、他の友達ならともかく山際に勝ち組とは言われたくはなかった。
「山際は榎島さんから貰うだろ」
俺の指摘に、山際が「あ」と呟いてから、気まずそうに目を逸らした。
「あー、まあ確かに雫はそうか。親ぐるみで仲良いから意識してなかったわ。まあ、小学生の時から交換してるのがなんとなく続いてるだけだから、ほとんど儀礼みたいなもんだけどな」
どうやら山際は山際で、榎島さんから貰うことはカウントしていなかったようだ。
本人がカウントしていなかったとはいえ、少なくとも双子の姉から貰うよりは勝ち組のように思う。
山際の言い方的に、榎島さんはクラスメイトというよりは家族の一員のような存在なのだろう。
距離が近すぎて、もはや家族として認識している幼馴染が自分の身近にいるのは正直言ってアガる。
これで両片想いなら尚アガるのにな、と思いつつ俺は口を開いた。
「俺が貰う身内チョコと違って、榎島さんからのチョコならもしかしたら本命かもしれないしな」
「いやどう考えても義理だぞ。写真ないから見せれんが、ご丁寧にデカデカと『義理』って書いてあるチョコを毎回買ってきて渡してくるんだからよ。しかも今までチョコの種類が被ったことないしな。毎回どこでそんなん見つけてるんだか……」
しかしそこで何かを思い出したのか、山際の言葉が途切れた。
「……ああ、でも去年は『義理』って書かれてないチョコだったんだよな。買ってない義理チョコのバリエーションが尽きたんだろうな。おかげで去年は家族に『雫以外の誰に貰ったんだ』って詰めよられたよ」
その時のチョコを思い出したのか、山際は頬杖をつきながら懐かしそうに目を細めている。
去年からチョコに『義理』と書かれなくなったという、山際と榎島さんのバレンタインに関するちょっとした変化。
これが例えば、榎島さんが去年から山際を恋愛的に意識していたからだったとしたら、あまりに分かりやすすぎる変化だ。
だが付き合いの長い山際が言うのだから、本当にバリエーションが尽きただけなのだろう。
とりあえず、妄想するにいい情報を手に入れることはできた。
帰ったらひばりに教えておこう。
蚊帳の外の飛鷹くん【連載版】 そばあきな @sobaakina
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