茅野飛鷹の少女漫画知識に基づく質問コーナー①

・②があるかもしれないので①にしています。茅野くんと七海くんのある休み時間の話です。順番的にはひばりの前くらいなのでその内順を変えるかもしれないです。



 ●〇●



「飛鷹くんって少女漫画が好きだけど、現実でそういうシチュエーションに憧れたりはするの?」


 俺の趣味を唯一知るクラスメイトの友人、七海がそう言って首をかしげる。


 まだ声変わりが起こっていない若干ハスキーな七海の声は、周りには聞こえないよう配慮された音量だったため、向かいに座る俺にしか届かなかったようだ。


「いや、俺は現実とフィクションは分けているからな」

 後々話がややこしくならないよう、キッパリと七海に伝えて俺は首を横に振る。


 世の中には、少女漫画を読んで、自分が登場人物たちを見守る人物のような気持ちで読むタイプ、登場人物とは別の次元にいる神の視点で読むタイプ、あるいは自分に当てはめて楽しむタイプ、そして現実で起きたらいいのにと想像するタイプ、現実と少女漫画は分けて楽しむタイプなど、読んでいる人の数だけ様々なタイプがいる。


 俺は前者の、少女漫画は登場人物たちを見守る人たちの一人として楽しむタイプなのだが、現実で起こって欲しいと願うタイプではなかった。


 姉のひばりも同じ感性を持っているので、そこはありがたいと思う。

 これで姉と感性が違っていたら戦争になりかねない、と時々他人事のように考えるのだ。


「でも、山際くんたちのことは、付き合っていないけど応援してるよね?」

「それはそれ、これはこれだ。そこに幼馴染がいるなら俺は推すしかないんだ」

「山を見た登山家みたいなことを言い出すね……」


 いつの間にか遠い目をし始めた七海を現実に引き戻そうと、俺はずいと少しだけ顔を近づける。

 その動作で我に返ったらしい七海の「わっ」という声を聞いてから、俺は体勢を元に戻し、再び口を開いた。


「――別に、俺だって世の中の幼馴染全員に見境なく『付き合ってくれ』と思っているわけじゃない。山際と榎島さんだから応援しているんだよ。見るたびに口喧嘩しかしてないけど、あの二人ってなんだかんだお似合いだと思うんだよな。七海もそう思わないか?」


 そう同意を求めてみると「…………まあ、そう、だね……」と七海は目を逸らしながら言いにくそうに口にする。

 真面目な七海は、印象の話とはいえ、まだ付き合っていない二人に対して「お似合い」と口にすることも遠慮してしまうようだった。


 しばらく困った様子を見せていた七海だったが、ふいに「あ、でも」と俺の顔を見ながら顔を綻ばせた。


「でも、確かに幼馴染は特別感はするよね。僕にはそういう感じの人がいないから羨ましいかも」


 否定から入らず、考えて肯定してくれるあたり、やはり七海は優しいなと思う。

「サンキュー」と感謝を伝えると、七海はわずかに顔を赤らめて照れていた。


「……ちなみに、飛鷹くんは学校でならどんな関係が好きなの?」


 急に七海に質問され、俺は急いで脳内で今まで読んだ少女漫画のラインナップしていく。

 その中で、学校が舞台で身近にありそうなシチュエーションをリストアップしていった。


「学校が舞台なら、そうだな……。学校が同じといえども、それでもかなり人数が多いからな。範囲を狭めてもいいなら、学校が同じの上で、同じバイト先だとか、同じ塾に通っているとかが好きだな。それだと、ただ同じ学校ってよりも特別感がするだろ?」


「どこかで聞いたことのある具体例だね……」


 おそらく同じグループの浮島のことを思い浮かべているのだろう、七海が苦笑いのような表情をした。


「まあ他にも色々あると思うけど、俺が考えるのはそんな感じだな。やっぱり幼馴染とか同じ塾とか、他の人とは違う特別な関係は、現実でもフィクションでも恋愛に結びつきやすいと思う」


 俺の言葉を聞き、七海の目がふいに真剣さを帯びたような、気がした。


 俺と目を合わせたまま、七海は真面目な顔で口を開く。


「………………じゃあ、それ以外だと何があるかな」

「……それ以外、か?」


 七海に問われ、俺はうーんと首を捻る。

 そして、パッと思いついた例を一つ挙げた。


「そうだな……例えばだけど、秘密の共有とかだな。自分しか知らない相手の秘密、もしくは相手しか知らない自分の秘密。そういうのがあると、相手のことを意識せずにはいられないと思う」


 脳内に浮かんだ、ひょんなことから学校の人気者の男子がしているアルバイトを知ってしまい、交流を図ることになる少女漫画のヒロインを思い浮かべながら、俺は一人頷いた。


 それに、秘密の共有というのは、現在七海と交流のある、同じマンションに住む後輩女子との関係にも当てはまる。

 七海の料理の虜になり、何日かに一度七海の部屋を訪れて夕食を共にする後輩女子との関係は、秘密の関係といって差し支えないだろう。


 きっと、七海本人は身近に少女漫画のような相手がいることには気付いていないのだろうけれど。



「…………飛鷹くんの嘘つき」



 一人頷く様子を見て、茅野飛鷹の「少女漫画趣味」の秘密を唯一知っているクラスメイトの七海優李は、目の前に座る彼に聞こえないくらいの音量で小さく呟いた。

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