茅野飛鷹は気付けない(後編)
俺の言葉で――かどうかは分からないが――ひとまず七海なりの結論も出たようなので、課題のページを開いて目を通す。
一行目から選択式ではなく記述式の問題で、これは七海に聞かなければ分からないな、と天を仰ぎそうだった。
グループの中では浮島がダントツで頭がいいが、七海も上から数えた方がいいくらいには成績が優秀だ。対して俺は中間くらいで、山際は下から数えた方が早い。
他のジャンルはともかく「勉強」でのペア分けでは、俺と山際は組ませない方がいいというのは暗黙のルールみたいなものだった。
だから、余計に浮島が「勉強」というジャンルにおいて、七海とペアを組みたがる理由が分からないのだ。かといって山際の得意な「運動」というジャンルでも、山際と浮島は七海に声をかける。単純な理由ではなさそうだが、いくら考えても俺には分かりそうもなかった。
俺がよほどしかめ面をしていたのか、目の前の七海が「茅野くん、難しい顔してるね?」と困ったような表情を向けていた。
「確かに、ちゃんと読まないとひっかかりそうだよね」と七海が頼りなさげに笑う。
どうやら、課題が難しくて悩んでいると思っていたらしい。
それは違う、と首を振りペア決めのことを言おうとしたが、七海のことを待つと決めた以上、俺から山際と浮島の話をするのも止めておこうと思い留まり、俺は先ほどの七海の相談事について思ったことを話すことにした。
「……いや、七海の友達の話を考えてた」
俺の言葉に、七海がわずかに表情を硬くさせた。
「別に悪口じゃないよ。二人の男に告白されて別に好きな人がいるなんて、かなりこじれているなと思ってさ。漫画なら『アリ』だと思えるが、現実でそんなことあるんだな……」
過去に読んだ少女漫画を思い出しながら俺がしみじみと呟くと「そうだね……」と、七海もしみじみと呟いた。
「……まあ、その子も好きな相手に意識されなきゃいけないんだから、片思いって括りでは立場とは同じなのか……」
「……うん。じゃあさ、例えば茅野くんなら何をされたら意識する?」
唐突に七海が尋ねる。俺のなんか聞いてどうするのだろうか。色んな人に聞いて統計でも取るのだろうか。
「名前呼びとか意識されるんじゃね?」
「……そうなの?」と、おずおずと七海が聞いてくる。真面目に聞かれるとは思っていなくて少し驚きながらも、俺は言葉を返した。
「少女漫画的には?」
「…………びっくりした。実体験かと思ったよ」
実体験ではない。少女漫画の受け売りである。
俺の趣味を知っている七海なら、すぐに理解してくれるだろう。
「そっか。うん……」と納得したらしい七海と、随分スタートが遅くはなったがペアで課題を進め、その授業は終わった。
それからは、特に目立ったこともなく時間が進んでいった。
時々山際と浮島が七海をチラチラ見て何か言いたそうにしていたのは気になったが、蚊帳の外の俺が聞いて余計こじれることになってしまってはいけないので黙っておいた。
そして、放課後になり俺が帰る準備をしていると、慌てたように呼び止める声があった。
「飛鷹くん、また明日」
そう言って、七海はへらりと笑った。
一瞬何かが引っ掛かったが、それがどういった理由からかは結局分からなかった。
「じゃあな七海。浮島と山際も早く仲直りしろよ」
俺の言葉に、浮島と山際がどこか戸惑ったように互いに顔を見合わせる。
まさか喧嘩していることに気付かれているとは思っていなかったのだろう。
戸惑った様子の二人を置いて、俺は教室を出ていった。
姉は言っていた。「四人グループ内で恋愛が絡むとこじれる」と。
姉の持っていた少女漫画をいくつか読んだ俺も、その意見には否定できないところがある。
しかし俺のグループでそんなことは起こらない。
それは断言できた。
なぜなら、俺のグループは――――――。
家に帰ると、双子の姉のひばりがリビングで少女漫画を読んでいた。
「おかえり飛鷹」と、ひばりが読んでいた漫画から顔を上げ俺を見た。
「ただいま。それ何の本?」
「これ? 休んでいる兄の代わりに男子のフリして入学しているヒロインが、秘密を知らない同じクラスの男子に恋する話。一巻で終わるから、飛鷹も後で読む?」
「……読む」
前もそんな感じの本を読んでいた気がする。俺も嫌いな方ではないが、相変わらず姉はそういうのが好きだなと思った。
鞄を置いてひばりの隣に腰を下ろし、スマートフォンで今日更新されたWEB漫画を見ていると、「飛鷹聞いてよ」とひばりが話しかけてきた。
「何?」と首だけひばりに向けて俺は尋ねると、ひばりは首を傾げながら口を開いた。
「聞いてよ、あのさ……最近、私のいるグループの様子がおかしいのよ。なんか私以外のメンバーで距離を取っているっていうか、そわそわしているっていうか……」
どこかで聞いたような話だった。確認のつもりで「それ、何人グループ?」と尋ねると「え? 私入れて四人だけど?」と返ってきた。やはりどこかで聞いたような話だ。
つまり、と俺は結論を導き出す。複数人グループでのちょっとした居づらさや悶着というのは、よくある出来事だということなのだろう。
姉弟揃ってどちらも蚊帳の外、というのはいささか思うところはあるが、それが俺たちなのだろうからしょうがない。
きっと俺たちは、当事者にはなれない星回りの下に生まれてきたのだ。
「飛鷹は何か面白い話ないの?」
「話の振りが雑すぎるだろ……まあ、ひばりと同じようなことならあったけど」
「へえ、どんなの?」
そうして俺は、ここ数日感じた引っ掛かりと今日起きたことについて姉に話し始めた。
俺の話を聞きながら、姉はまるで新しいおもちゃを与えられた子供のように表情を明るくさせていく。
大方理由は想像がついた。俺と同じく、姉も二次元だけでなく三次元でも大丈夫な人間だからだ。
俺の話を聞き終えた姉が、わくわくしながら口を開く。
「――それって、もしかして三角関係なんじゃない? 飛鷹以外の三人で、きっと恋の駆け引きが起きているんだよ」
「俺のグループは全員男だが?」
「それを言うなら私のところだって全員女子だけど?」
「……そうだよなあ」「……そうよねえ」
ほとんど同時に、俺と姉は言葉を漏らす。
「七海くんだっけ? あの子可愛いからワンチャン女の子の可能性あっていいのに…………」とぼやきながら、姉は再び少女漫画を読みだした。
それを言うなら、姉のグループにいる
姉の所属するグループには、中性的な容姿をしている白鷺
さすがに姉や白鷺さん本人に言うのは失礼すぎるので言っていないが、もしも白鷺さんが男だったら、男女混合のグループで少女漫画みたいだと考えたことがあったのだ。
しかし七海であれ白鷺さんであれ、それが妄想の延長なのは二人して分かっている。
姉との話も終わったので、俺も再びWEB漫画に目を通し始めた。
●〇●
俺たちは互いに、自分の知らないところで少女漫画のような展開が起きているわけがないと高を括っている。
例えば、少女漫画にありがちな「男子のフリをする女子が、よりにもよって自分の秘密を知らない男子を好きになる」ことも「その女子の秘密を知っている男子が、その子を好きになってしまい、当て馬のポジションについてしまう」ことも「当て馬の男子がその子の恋を応援するようになる」ことも――――――。
そんなことが現実で起きるはずなどないと考えているのだから、俺たちは実際に起きたとしても、気付かないのではなく、気付けないのだろうと思えた。
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