茅野ひばりは察せない


「ねえ、飛鷹」

 ある日、双子の弟の飛鷹に私は尋ねた。


「四人グループ内で恋愛が絡むとこじれるよね?」


 しかし、弟は冷静に「そんなことは現実で起こらない」と返した。

 確かにそうだと思うけれど、夢を見るくらいはいいでしょと私は少し頬を膨らませた。



 ●〇●



「少女漫画的展開」というものは、フィクションの中で起きるからこそワクワクするものであって、現実でよく起こるものであったなら、ここまで人を惹きつけはしないだろう。


 つまり「少女漫画的展開」なんてものは、現実で起きないからこそ想像して楽しめるのだ、と私は思う。


 前に飛鷹に尋ねた「四人グループ内で恋愛が絡むとこじれる」という話も、少女漫画だったら成立するというだけだ。


 現実でいくら私や飛鷹が四人グループに属していようと、恋愛絡みでこじれることはないだろう。


 別のグループの同じ人を好きになる――はあるかもしれないけれど、四人内で矢印が飛び交ってこじれることはきっとない。


 


 この前提は、メンバーが変わらない限り覆ることはない。


 少女漫画によくある男女混合グループがいかにレアな存在か、実体験からも分かる。

 ただ、グループ同士での付き合いというのもあるだろうから、私や飛鷹が現実の恋愛に関われる機会はゼロというわけではない。


 例えば、「グループデート」が数少ない恋愛に関われる機会の一つだ。


 グループデートというのは少女漫画でも定番だ。

 誰とペアになるかでまず盛り上がるし、ペアが決まった後もデートの内容で盛り上がれる。ペアの数だけドラマが生まれるから、連載系の少女漫画であれば一回はして欲しいシチュエーションだった。


 私たち四人組がデートをする場合、少女漫画的な展開で考えるなら、ダブルデートやトリプルデートを越えた四組クアドラプルのデートは「クアドラプルデート」と呼ばれるのだろうか。あまりにも言いづら過ぎる。


 それに、飛鷹のグループ内の男子たちのそれぞれのお似合いの相手――私や飛鷹が勝手に言っているだけである――は、私のグループの子たちではない。だから互いのグループが関わり合う機会は薄いだろう。


 私たちの妄想的にも、クアドラプルデートの実現は無理そうだった。


 私も飛鷹も少女漫画が好きだし、現実で起こったら楽しいだろうなとは思うけれど、フィクションと現実の区別はつけているつもりだ。



 ――だから、無理にフィクションの設定を現実まで持ち込むことはないのだ。



 そんなことを考えながら授業終わりに廊下を歩いていると、ふいに誰かから声をかけられる。


「あの、ひばりさん。今お話しいいですか?」


 そう声をかけてきたのは、飛鷹の所属するグループの友達の一人、七海くんだった。


 一件すると女子にも見える小柄な彼は、飛鷹の話によると周りには秘密にしているお似合いの子がいるらしい。

 可愛い寄りの子の相手というと、どんな子なのだろうか。

 彼と同じように可愛い子なのか、それとも対照的なカッコいい子だろうか。

 分かってからの想像も楽しいが、分かっていない段階で想像するのも楽しい。

 飛鷹からの追加報告が楽しみだった。


 七海くんは、一度周りを見渡してから、廊下の端に身体を寄せ、おずおずと口を開いた。


「……飛鷹くんって、どんなものが好きですか」

「……飛鷹の?」


 私が聞き返すと、七海くんは一度照れたように笑った後、小さくうなずいた。


「はい……あの、この間飛鷹くんに相談に乗ってもらったので、そのお礼に何か渡したいなと思って……」

「へえ、飛鷹そういうのするのね」


 私が感心していると、七海くんが「……飛鷹くんたちには、いつも助けられているんです」と穏やかな目をした。


 どうやら飛鷹のいるグループ仲は良好らしかった。姉としても安心する。

 そんな飛鷹たちの関係を取り持ちたいところだが、私には全くと言っていいほど飛鷹の欲しいものが思いつかなかった。


「飛鷹、最近何か欲しいって話してたかな……」


 自力で思い出すのを諦めて最近の飛鷹とのやり取りを確認してみようと、私はスマートフォンの画面を付ける。


 その瞬間、授業前まで見ていたweb漫画「恋する女の子はすばらしい!」、通称「恋すば」の表紙ページが表示された。

 慌てて閉じようとする私の画面を見て、七海くんが少し驚いたように目を開く。


「あ、それわ……僕も読んでます。面白いですよね」

「え、七海くんも読んでいるんだ! いいよね『恋すば』!」


 同士を見つけて思わず一歩前に進むと、七海くんは少し驚きはしたものの、すぐにいつもの穏やかな瞳に戻った。


「……はい。前に飛鷹くんに相談をした時に『参考にするといい』って言われて薦めてもらったんです」

「少女漫画薦めたの? さすが私に負けず劣らずの少女漫画好きね……」


 うんうんと頷いてから、私は少しでも方針を決めてあげようと七海くんに尋ねてみる。


「そうだ、七海くんはどんなものあげたいとかはあるの?」

「あ、まだあんまり決めてないんですけど……文房具とかハンカチとか、あとお菓子とかかなとは……」

「お菓子って手作りの?」


 私が尋ねると、少し縮こまりながらも七海くんは口にした。


「あ、はい……一応……」

「ああやばい……七海くんに女子力負けるかもしれない……」


 キッチンに立っていただけで「包丁なんて持とうと思うな!」と割と本気で弟に止められたことを思い出し、私は肩を落とす。


 そんな私の様子を見て、七海くんがあわてたように手を横に揺らしていた。


「いえ、あの……簡単なものなのでそんなに凄いものじゃないですけど……」

 そこで一度言葉を区切り、七海くんはもごもごと口を開く。


「……でも急にお菓子とかって、重くないですかね?」


 上目使いの七海くんに言われて、私は飛鷹が七海くんからお菓子を貰う姿を想像してみる。


 ……普通に喜んでいそうだった。


 平均よりは体格が小さいとはいえ飛鷹も男子高校生なので、食べ物はどんなものでも喜ぶだろう。


「友達だからいいと思うわよ。飛鷹は軽いとか重いとかそういうの気にしないし、男子高校生なら食べ物もいいんじゃないかしら」


 私がそういうと、七海くんは少し頬を緩めた。その表情を見ると、やっぱり女子力が負けた気がしてくる。


 それが七海くんの長所なのだろうと私は一人納得した。


「成功するといいわね」

「はい。ありがとうございました」


 七海くんはそう言って会釈して背を向けて歩いていく。

 その背中を見送っていると、ふいに後ろから七海くんより少し低めの声が聞こえた。


「……ひばり、今の人って誰?」


 振り返ると、そこには友達の一人、白鷺かなめがいた。


 要は二年生になってから知り合った友達だ。

 高校入学当初から仲が良かった小鳩こばとの紹介で話すようになり、今では私の所属する女子四人グループの大事な一員だった。


 切れ長の目と少し低めの声、全体的に落ち着いた雰囲気を醸し出していて一人称が「僕」の要は、特に同姓の後輩からの人気が高い。


 しかし今目の前に立っている要は、普段の落ち着いた様子とは打って変わって、私と七海くんの背中を心配そうに交互に見ている。


 どこか不安そうにも見える要と目を合わせ、私は安心させるように笑ってから口を開く。


「今の? 弟の友達。なんかこの間相談してたお礼がしたいって、飛鷹の好きなものを聞かれてたのよ」


 要は何度か飛鷹とも話をしたことがあるから、もしかしたら七海くんの姿も見かけたことがあるのかもしれない。


 私の言葉を聞き、要は視線をもう一度飛鷹の友達の後ろ姿に移して「ああ」と納得したような声を出した。


「……飛鷹の友達、ね。なら、いいけど」

「相変わらず要は過保護ねえ」


 ポンポンと背中を叩くと、要はようやく安心したのか、こちらに笑みを浮かべてくれた。


 要に「今の人は誰?」と尋ねられるのは初めてのことではない。

 要は友達に対して過保護な部分があり、私が男子と話していると「今の人はやめた方がいい」と時々注意してくれるのだ。


「僕はひばりが心配だからさ」と要が口にする。

「分かってる。いつもありがとうね」


 私が笑いかけると、要が少し憂いを帯びた目をしたような気がしたが、それがどういう理由かは分からなかった。


「――こんなところにいたんだ」

「二人とも、そろそろ移動教室いこ」


「どうしたの」と私が口を開こうとしたところで、同じグループの二人、鷲尾わしお小鳩と舞鶴まいづるつぐみが教室の方角からやってきて私と要の前で立ち止まる。


「もうそんな時間?」と私が尋ねると、小鳩が「もう五分前よ」と一度腕時計を見ながら答えてくれた。


「うん……全然戻ってこないから心配しちゃったよ」

 グループの中でとびぬけて美人のつぐみが、私と要の方を見て微笑む。

 いつものことながらつぐみの笑顔はまぶしすぎる。私が男だったら恋に落ちているなと思った。


「もうそんな時間? じゃあ行こうか、ひばり」

 要がそう言い、一歩先を歩いていく。私も「そうね」と言い、要の後を追うように足を進めていった。



 ――「少女漫画的展開」なんてなくても、今の生活は充実している。


 時々「ん?」と思うことはあっても、それはグループであるが故に起こるものの範疇なのだろう。



 だから私は、「少女漫画的展開」はフィクションの中で楽しんで、現実のこの日々で恋愛をしなくともいいと思うのだ。

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