鷲尾小鳩は言い出せない(前編)
茅野ひばりは、高校に入って初めてできた友達だった。
選択授業でたまたま隣の席になったひばりは、明るく気さくな性格で、すぐに二人で色んな話をするようになった。
それから同じクラスだったつぐみや要も加わり、私たちは四人グループで行動することが増えていったのだ。
高校に入学して一年が経ったある日。
最近はよく、ひばりが私に話したことを思い出している。
「少女漫画みたいなシチュエーションを現実に持ち込む趣味はないけど、実際に起きたらやっぱり面白いと思うのかな」
彼女の言葉に、あの時の私は一体何と返したのだろう。
●〇●
もし、私の所属するグループで一方通行の片想いが乱立して、誰かの恋が成就すれば誰かの恋が挫折してしまう事態に陥った時。
――その時、私は白鷺要の恋を一番に応援するだろう。
なぜなら、私が一番付き合いの長い相手が要であり、要の願望を叶えられるよう影で支えるのが私の使命だからだ。
「白鷺家」の親戚にあたる「鷲尾家」の私は、要の傍につき、要の学校生活のサポートをしなければならない。
つまり要が男子であることも、私は全力で隠さなければいけないのだ。
「成長期に伴う身体の発達はある程度仕方がない。だから、その違和感をいかに周りに認識させないことが大事だと僕は思う」
高校入学前、真新しい制服を着てサイズの確認をしていた要はそう言っていた。
私と同じ女子ブレザーを着ている要は、確かに女子にしては線が角ばっているような気がしなくもなかったけれど、強い違和感を覚えるほどではなかった。
「流石だ」と私は口にすると、一度自分の姿を鏡で見た要は「ここまで来たら、最後まで隠し切ってみせるよ」と髪をかき上げた。
秘密を隠し通していくことを決意したかのような堂々とした立ち振る舞いは、周りの期待に応えてきた要の集大成のように思えた。
●〇●
要の家の事情というのも、分かっているつもりだ。
直接は関係のない親戚の私でも「白鷺」の家がいかに有名で、そして特殊な家系だということは親戚の集まりで何度か耳にしたことがあった。
有名な演劇の家系に生まれた一人息子。
今も尚、演劇界の第一線で活躍する役者を父と母に持つ彼は、当然のように役者になる運命を決定づけられていた。
有名な白鷺家の一人息子として、そしてこれからの演劇界を担う期待の人材として、要は幼い頃から厳しい指導や稽古を受けてきた。
普通なら途中で折れてしまいそうなほどのプレッシャーだったことは想像に難くない。
けれど、要には周りの期待に応えられるだけの才能を持ち合わせていた。
だから、無理難題だと思っていた白鷺家の習わしを今まで守り続けているのだ。
――白鷺家の男子は、十八歳の誕生日を迎えるまで女子の姿をして過ごすこと。
白鷺本家か、白鷺家と近しい家系にしか教えられていない習わしの元、要は女子生徒として学校生活を送っていた。
ただ、誰の助けもなく女子の格好をして学校生活を送るにも、色々と限界がある。
だから同い年の私が、要の傍について陰でサポートを行っているのだ。
着替えの時にそれとなく注目を逸らして要の不在を意識させないようにしたり、要が女子から相談を受けたらこっそり助言をおこなったりなどが私の仕事だ。
とはいえ、要本人の演技力の高さから、男子だと疑われたことすら一度もなかったわけだけれども。
「男らしさを全て消した、誰から見ても完璧な女子じゃなくて、多少男らしさを残しつつも、こういう女子もいるくらいのラインを目指した方が、演じる分にも楽だからね」といつかの要は言っていた。
どんなに意識していても、ふとした瞬間に自分のことを「僕」と言ってしまう可能性はゼロにはならない。それなら最初から「僕」と言っておけばいい――と、要は普段から自分のことを「僕」と呼んでいた。
そして女子の平均より身長が高いことも、可愛いよりカッコいい寄りの自分の顔立ちも、要は上手く活かしていた。
長所を活かし、違和感を隠してなじませていくのが要は得意だった。
実際、二年生に上がった要は、絶妙なバランスで成り立たせたであろう、女子であることを前提とした男らしい振る舞いで、宝塚風のボーイッシュ女子として後輩女子から人気になっていた。
要が十八歳の誕生日を迎えるまで、一年と少し。
今までの調子なら難なく男子であることを隠し切れると思っていたけれど、最近はそれが危ういと思うようになってきた。
その危うさは、当時の私たちが想像もしていない要素からじわじわと出始めたのだった。
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