好きな人と付き合うために俺はその親友を攻略する

@renzowait

第1話 犬猿の仲

「ねぇ、気安く姫奈ひなに近づくなって中学時代から言ってるでしょ。何でわかんないわけ?」

「あぁ? どうして近づく近づかないをお前が決めてんだよ。そもそも、七瀬ななせが一度でも『私に近づかないで!』って言ったのかよ」


 高校生になってからおよそ一か月が経過したとある教室にて。

 高校入学から1か月というのは、中学生とはまた違う雰囲気にもようやく慣れてきた……そんな時期。

 そんな時期にもかかわらず、聞こえてきた男女の言い争う声。仲良く話をする声が聞こえてくるのならまだしも、まさかのどちらも喧嘩腰。

 しかし、この二人はただ言い争っているわけではない。この二人は普通の口喧嘩とは少し事情が異なっていて……。


「姫奈は言わなくても雰囲気で分かるのよ。そんなことも分からないからいつまで経っても、知能が猿から人間に進化しないのよ」

「猿以下の五十嵐いがらしに言われたくねーな! あっ、ゴリラ以下っていったほうが良かったかな?」

「……ご、ゴリラ。あなた、言ってはならないことを言ったわね。廊下に出なさい」

「上等だ。今日こそ、白黒はっきりつけてやる」


 パキパキと手を鳴らしながら立ち上がった俺、柊隼人ひいらぎはやとは目の前の女子生徒を改めて睨みつける。

 一方、睨みつけられた女子生徒、五十嵐渚いがらしなぎさも負けじと俺を睨み返してきた。


 相変わらず可愛げのない女で嫌になる。今日までは何とか許してきたが、完全に堪忍袋の緒が切れた。この女に今日こそ、俺の恐ろしさを分からせてやらないとな。

 それは五十嵐も同じようで、挑戦的な瞳がギラリと光る。


「これまでは弱いモノいじめになっちゃうから耐えてきたけど……そっちが悪いんだからね?」

「そりゃこっちのセリフだ。俺は女でも容赦しねぇ。真の男女平等主義者だからな」

「弱い犬程よく吠えるのよね。泣いて謝ってきても知らないから」

「そのセリフ、そっくりそのままお前に返してやるよ」

「二人は今日も仲良しだね~」

『仲良くない!!』


 ピリピリした雰囲気をぶち壊すほんわかした声に、俺と五十嵐は同時にツッコミを入れる。

 しかし、声の主は全く響かなかったみたいで嬉しそうに声を上げる。 


「ほら、息ぴったり♪」


 その声の主は、冒頭の言い争いの原因? を作った張本人、七瀬姫奈ななせひなだった。

 ぽんっと手を合わせて微笑む七瀬に、すっかり毒気の抜かれてしまう俺達。ある意味、独特の雰囲気を持つ姫奈に喧嘩の腰を折られるのもいつもの事だ。

 七瀬は俺たちが喧嘩をしていてもお構いなしに自分の話したいことを話したいように話す。そのマイペースさが彼女の特徴でもあった。


 そして、結構な声量で言い合いをしていたのにも関わらず、クラスメイト達は全く気にした様子はない。というか、「あー、またやってるよあの二人。毎日毎日よく飽きないな~」くらいの雰囲気を感じる。


 入学してから1週間くらいは「お前ら、その辺にしとけって」と止めに入られていたが、最近はあまりに言い争いが多いことから完全にスルーされていた。本当に誰も気にした様子もなく、各々の日常を過ごしている。


 それくらい、俺と五十嵐の言い合いは普段の日常に溶け込んでいた。というか、恒例行事と化していた。姫奈が気にした様子もなく、ニコニコしているのもいつも通りの光景。

 というか、ニコニコしてないでこの脳筋を止めてくれ。まともに止められるの七瀬しかいないんだから。


「ちょ、ちょっと姫奈! 息ぴったりだなんて、気色の悪いこと言わないで! 虫唾が走るから」

「そうだそうだ。俺とこいつ《五十嵐》は仲良くないんだって!」

「ふふっ、そうだね。喧嘩するほど仲がいいって言うもんね」

『話聞いて(よ)!!』


 この人、何にも話を聞いてくれない。というか、聞く気がないんじゃ? 今のやり取りのどこをどう切り取ったら仲良く見えるんだよ!?


「姫奈も姫奈よ! こんなを近づけないでって、いつも口を酸っぱくして言ってるのに」

「オイコラ。七瀬になんてこと吹き込んでるんだよ!? 俺は獣じゃなくて紳士だって、何度も説明してんじゃねぇか!」

「うるさい! 男は総じて全員、獣なのよ! 特に柊は!!」

「いくらなんでも理不尽すぎでは!?」


 ガーンとショックを受ける俺。確かに、男性の性犯罪のニュースとかを聞いてると否定はできないけど、という枕詞は到底納得できない。これじゃあまるで俺が性獣みたいじゃないか!


「こらっ、渚ちゃん。はーくんに酷いこと言っちゃ駄目でしょ?」

「うっ……」


 大好きな姫奈に咎められ、呻き声を上げる五十嵐。流石の五十嵐も、親友である七瀬の言うことには従わざるを得ない。

 いいぞ七瀬。俺の言葉じゃいっそ響かないから、その脳筋ゴリラにもっと言ってやれ。


「ふふふ、どうやら勝負あったみたいだな五十嵐」

「そのドヤ顔を今すぐおさめないと、鳩尾に拳を叩き込むわよ?」

「何とでも言うがいいさ。負け犬の遠吠えにしか聞こえないからな!」

「う、うぐぐ……」

「はーくんも、あんまり渚ちゃんをからかわないの」

「……はい」

「…………」

「おめぇも勝ち誇った顔すんじゃねぇよ!!」


 ニタァと、ドヤ顔に笑みを浮かべた五十嵐にツッコミを入れる。本当にこいつは性格が悪い。人の不幸に悪魔みたいな笑みを浮かべやがって。

 畜生、すぐに反撃を――。


「おーい、席つけー。授業始めるぞ」


 そして、タイミングよく先生が教室に入ってくるのまでがテンプレートだ。くそ、今回の休み時間も邪魔されただけで終わってしまった。


「……いったん、休戦と言ったところか」

「こればっかりは仕方ないわね。でも、勘違いしないで。次こそ、あなたの息の根を止めてやるから」

「できるもんならやってみな!」

「言ったわね?」

「あぁ、言ってやったが?」

「そこの二人、早く席に着け~」


 五十嵐を睨みつつ、俺は自分の席に戻って教科書を広げる。流石に、授業中にまで喧嘩をするわけにはいかない。

 他の生徒を邪魔するだけではなく、姫奈にまで迷惑が掛かってしまうからな。それは五十嵐も同じの様で、先ほどとはうって変わって真面目な表情で教科書とノートを広げている。


(……あんな風に普段から大人しければいいんだけどな)


 先生の説明を適当に聞き流しながらそんな事を思う。真面目に授業を受けている五十嵐の凛としたその姿は、一部の男子生徒から人気があるのも(悔しいが)納得ができる。

 そもそも五十嵐は普段はがつくほど真面目な生徒であり、口喧嘩を繰り広げている姿を見せる方が珍しいのだ。


(最初はそこそこ話題になったよな……)


 美人(クラスメイト比)な五十嵐と、大きな特徴もない俺が言い争う姿。そして、その様子をニコニコ眺める七瀬聖母

 俺達三人からしてみれば中学時代からの恒例行事? だったので特段気にしていなかったが、他のクラスメイトからしてみればそうではなかったのだろう。まぁ、俺もクラスメイトの立場だったら驚いてただろうけど。ただ、クラスメイトも慣れてしまったので問題なし!


(正直、高校生になって五十嵐も落ち着くかと思ったけど、むしろエスカレートしているような)


 そんでもって、五十嵐本人もクラスメイトに見られることに対して、全く気にした様子もない。今言った通り、エスカレートしている感じもする。

 七瀬が止めてくれればいいのだが、彼女には自分のペースがあるので期待するだけ無駄だ。


(今日はこれくらいで済めばいいけど……)


 しかし、俺と五十嵐の言い争いはその後も途切れることなく、あっという間に一日が過ぎ去っていくのだった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「あー、疲れた……」


 バイトを終えた俺は、疲れからか自室のベッドに倒れ込む。

 部活に入っていない俺は放課後、基本的にバイトに入ってお小遣いを稼いでいる。働いているのは近所のスーパー。商品の品出しとレジ打ちが主な仕事だ。

 正直、バイト先はどこでもよかったのだが意外とバイト代がいいのと、家から近いのが決め手となった。

 あと、テスト週間とか結構融通を聞かせてくれるのも学生としてはありがたいポイントである。

 ちなみに、バイトの時間は17時から22時まで。休日はもう少し長く入っている。


 そして今日は特に人が多く、レジ打ちが地獄だった。変なお客はいなかったが、人が多い分疲労も倍近い。後半からはほぼ無心で、機械の如く腕を動かしていた。

 そのままの状態でベッドに倒れ込んでいると、コンコンと部屋の扉をノックする音が耳に届く。


「……はい」

「兄さん、いる?」


 扉の影からひょこっと顔を出したのは、我が愛しの妹である柊美月ひいらぎみつき

 現在、中学3年生。年齢よりも大人びて見える美月は、兄であることを抜きにしても美人な部類に入ると思っている。

 そして風呂上りなのか肩に触れるくらいに揃えられた黒髪がしっとりとしているのも、年齢以上の魅力を引き出している。

 とても同じ腹の中から生まれたとは思えない(涙)。兄にも多少は受け継がせてほしかった。

 そんな妹の声に俺は疲れた体を何とか持ち上げる。


「どうした、妹よ?」

「お母さんが『返ってきたんなら早く風呂入れ』だって」

「お、おう……相変わらず厳しい母親だぜ」


 疲れて帰ってきた事を知っているであろう母親からの厳しいお言葉。いや、どこの家庭もこんなもんか。早く入らないと電気代とかガス代が勿体ないからね。


「あと、晩ご飯はテーブルに置いてあるから、温めてだって。食べ終わったら、ちゃんとお皿も洗っておくようにって一言も」

「ほいほい、わかったよ」

「それだけ。じゃ、おやすみ」


 それだけ言い残すと、あっという間に自室へと戻っていく美月。大人びて見える一端には、今のようなクールな一面を持ち合わせていることも一役買っているだろう。

 ……単純に、俺が嫌われているだけかもしれないが。考えただけで涙が出てきそうだ。


 五十嵐にはいくら嫌われてもいいが、七瀬と美月にだけは嫌われたくない。七瀬はともかく、美月にはこれからも優しくしなきゃ。俺が俺でいられなくなってしまう。

 今度、美月が好きなスイーツでもコンビニで買ってくるか。


 妹が出ていったあと、俺は改めてベッドに横たわる。早く風呂に入らないと母親に怒られそうだが、疲れからか中々身体が動いてくれない。


 そのままぼんやりと自室の天井を見つめる。そんな時、頭に巡ってきたのは学校での出来事。


 七瀬を巡って五十嵐と喧嘩して、授業を受けて、五十嵐と喧嘩して、昼休みになって、五十嵐と喧嘩して……バイトをこなして家に帰ってきた。

 何ら変わらない、いつも通りの日常。いつも通りなのだが……。


「あー、今日もダメだった!!」


 天井を見つめながら叫ぶ。最近はバイトから帰ってくるたびに叫んでいる気がする。


 駄目だったのは七瀬と仲良くできなかったことではない。


 と仲良くなれなかったことにだ。


「どうしても言い合いになっちゃうんだよな……」


 五十嵐は常に喧嘩腰なので、俺もつられて喧嘩腰になってしまうのはいつもの事。そしていつも通りの言い争いに発展して……全くと言っていいほど五十嵐との関係が改善する兆しが見えない。

 まぁ、俺が我慢すればいいだけの話なのだが、我慢できずにこうなっているわけで……。


「本当にそろそろ覚悟を決めないと。……俺の目標を達成するためにも」


 高校入学と同時に俺が決めた目標。


「俺が……七瀬と付き合うために」


 どうして七瀬と付き合うために、犬猿の仲とまで言える五十嵐と仲良くしようとしているのか。その理由を話すには少しだけ時を巻き戻す必要がある。


 そして、俺と五十嵐、そして七瀬との関係も。

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