歌舞伎のススメ2 ―異世界ファンタジーを書く時に―
あと二つはなんだっけ。
そうそう、「見得」「大事なことは何度も言う」でしたね。
2.見得(みえ)
「見得を切る」という言葉がよく使われているので、ご存知の方も多いだろう。
感情の高まりを表現するため、役者が目を見開いたり手を大きく広げたり首を回したりして、舞台上で少しの間静止し、ポーズを取る時間のことである。
「ツケ」と呼ばれる木板が一緒に打ち鳴らされ、場面を盛り上げる。
これは現代風に言うとシャッターチャンス。
ライトノベルで言うと、挿絵が入っている場面である。
要するに、「皆さんここが見せ場ですよ! お見逃しなく~!」と、音を鳴らして注意喚起し、ファンがたっぷり心のカメラで撮影時間を取れるように、わざわざ劇中の時間を逸脱してまでもサービスしてくれているのだ。
小説でそこまでやっていると大変ウザいのだけれど(文中に「★カカカン! 見せ場です! お見逃しなく!★」とか入っていたら嫌すぎますよね)、この「見せ場を静止画として観客に訴える時間を作る」という考え方は非常にいいなあと思って、自分でも意識している。
小説なら「どこで挿絵が入ってほしいか」を意識して書くのがわかりやすい。読者が「ここに挿絵があればいいのに」と思ってくれそうな場面を意識的に書けるのなら、なおいい。需要と供給が合致した瞬間が一番盛り上がるシーンになるに決まっている。ということで、なるべく絵になる場面を作ることにしている。
カクヨムではエピソードごとに一つはこういうシーンが入るよう、なるべく努力している(できているとは言っていない)。
大見得ばかりでは疲れるし飽きるので、小見得、中見得を使い分ける。そうすることで物語の流れや本質が自分にも見えやすくなり、大変便利な手法ではないかと感じている。
3,大事なことは何度も言う
歌舞伎ほど親切な舞台芸術はないんじゃないかと、たまに思う。
昔からそうだったのかはわからないけれど、現代の歌舞伎は、伝統芸能を絶やしてはいけないという責任感もあるからだろう。現代人にもわかりやすく、飽きさせないように、大変な努力で工夫されていると感じる。
前述の「見得」がファンサービスであるなら、ここで取り上げる「大事なことは何度も言う」姿勢はカスタマーサービスである。
歌舞伎が扱う物語は顧客にとって、時代も価値観も違うもの。登場人物の心の動きをわかってもらうのは難しい。これは異世界ファンタジーにもぴったり通じるところで、そもそも前提となる制度や死生観なんかが全然違うわけだ。
たとえば「殿に忠義を示すために腹を切ろう」と決意する侍の心を、現代人の何割が理解できるだろうか。「死ななくてもいいじゃん……」ってならないだろうか。ましてやセリフなしで表情だけの抑えた演技なんてされた日には、何が起こったのかわからないまま全員ポカンとして席を立つことになる。
でも、歌舞伎なら心配ご無用。大げさなほどの表情と声とセリフで、御臨席の皆々様が聞き逃してはならないキャラクターの心情を、短い言葉で最低二回は絶対に繰り返してくれるのだ!
例)「残念だ……残念だ!」
「悲しい……悲しいぃい~い!」
一回目で聞き取れなくて「なんて?」となった人も、二回目なら絶対に聞き取れる。なんなら他の誰かと会話した後でもう一回繰り返してくれる。それが歌舞伎ホスピタリティ。どなたさまも決して取り残したりいたしません。
これ、異世界ファンタジーを書く時にもすっごく大事な姿勢だと思う。
そもそも、自分の頭の中だけで生み出した世界とキャラクターを他の人に理解してもらい、かつ楽しんでもらうって、物凄くハードルが高い。
既に共通認識が出来上がっている現代ものと違って、世界の成り立ちや仕組みから説明が必要だったりするけれど、最初からそのような一個人の妄想に心からの興味を抱いている人というのは、大変稀だと言わざるを得ない。
ゲーム設定っぽい異世界転生物やナーロッパと呼ばれる中世ヨーロッパ風異世界(実は近世と言うべきではと歴史好き界隈では話題にされるけれど)が隆盛を極めているのは、現代ものと同じくらい共通認識が広まっていて、書き手と読者が互いに説明と理解の手間を省けるからなのだと思う。
大人から子供までコスパ・タイパを呪文のように唱えるようになった昨今の時短偏重主義の世の中、「恋愛」や「ざまあ」など脳が欲する成分だけを効率的に摂取できる、無駄のない合理的な物語の大量生産が望まれるのは自然の流れだと思う。
疲れている時に込み入った世界設定なんか読まされたくないですよね。わかります。それでも誰かに読んでいただきたいと願う以上、異世界ファンタジーの書き手は疲れ果てた現代人の脳と心を慮って、作品の質を落とさない程度の読みやすさを提供することが大前提だと、肝に銘じなければいけないと思っている。
オリジナル要素だらけの異世界ファンタジーにおいて、一度書けば読者の皆様が特殊設定を覚えていてくださると過信してはいけない。十割忘れていると思っておいた方がいい。
特殊設定は、その件が出てくるたびに軽くおさらいすべきだと思う。ただ、あんまり丁寧過ぎても話の流れを切ってしまうから、塩梅が難しい。
そこで、そろそろ記憶の端っこにうちの商品一つくらいは置かせてもらえたかしら、と希望が持ててきた辺りで説明を減らし、頃合いを見て「うちの商品、前にお試しいただいたと思うんですが、覚えていらっしゃいますかね……あ、それです。あー、色は『古畑』で犯人役のキムタクが答えた方。あ、観てない? いえいえ、いいんです、大した違いではないので、形と使い方さえ思い出してもらえたら完璧です!」と、さりげなくリマインドを入れるよう、心掛けている。
観客が「なんて?」と訊き返す手間を生まない、「大事なことは何度も言う」歌舞伎ホスピタリティは、小説で言えば読み返しの手間を生まない工夫にあたる。
どのジャンルにも必要な工夫ではあるが、特殊設定の多い異世界ファンタジーを書く時には、特に大切にすべき点ではないだろうか。
(いま、読み返す手間を生まないにはコンスタントに更新するのが一番いいという正論が聞こえてきました。本当にあった怖い話。)
以上、観劇したことないよーという方に、ちょっと観劇もいいかもと思っていただける契機になればと思って書いてみた、観劇及び歌舞伎のススメでした。
そうやってお客さんが増えて、裾野が広がって、観劇がカルチャーとして国民に定着して、チケット代が安くなってくれたら、すごく嬉しい。
余談。
カクヨムの応援コメント機能は、「大向こう」に似ているなあと思っている。
「大向こう」とは舞台から一番遠い客席に陣取った通な常連客が、芝居を盛り上げるために掛ける声のこと。
実際の「大向こう」には細かい作法やマナーがあって、今では認められた人しか掛けることができないが、カクヨムのコメント機能は誰でも書き込める。そんな違いはあれど、誰かの作品を応援したいと言う気持ちで時に書き込み、時には書き込まないで作品の流れを見たり……という、「一緒に盛り上げよう」という粋な計らいがすごく似ていると思う。
このコメント機能が使いやすくて活発なところが、他の投稿サイトにはないカクヨムのいいところだと感じている。
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