巫女のバイトをした話④


 ここまでテンパ氏ならではのエピソードを語ってばかりで、あまり神社ならではの話をしてこなかったので、最後にいくつか神社らしい体験を語らせていただき、纏めに入ろうと思う。



①かわらけ洗浄地獄之事


 かわらけとは何か、ご存知ない方もいらっしゃると思うので、まず説明しておこう。神事の際、お神酒を頂くために使用する皿のことである。

 無地の白くて平たい掌サイズの皿を想像してもらえればOKだ。よく玄関先で盛り塩とかしてある、あの平皿である。

 巫女バイトの最中、あれを冷水で無限に洗い続けるという荒行を体験した。


 神社には「ご祈祷」という業務がある。お賽銭を上げて普通に参拝するだけでは物足りない場合、社務所で「ご祈祷」を申し込めば、社殿に上がってもっと本格的な神事を受けることができるのだ。

 どの神社でもそうなのかは不明だが、私がバイトしていたところでは、初穂料の多寡によってご祈祷内容が変化するようだった。


 一番安価なプランだと、集団で社殿に上がって祝詞の中で名前を読み上げてもらえる。次に高いものだと、個別に社殿に上がってご祈祷してもらえる。もう少し高い初穂料を納めると、神職さんの祝詞にプラスして巫女さんが神楽を舞ってくれる。そういう歴然とした差があったのだ。


 ある時、いつものように出勤したら、バイト達の群れから数人が引き抜かれた。今日は社殿でご祈祷の手伝いをしてほしいという。

 えー! バイト巫女なのにいいの!?

 いいらしいのである。当時はご祈祷とは何かも知らなかったが、かわらけの並んだお盆とお神酒の入った酒器を持って、本物の巫女さんの後にしずしず続いた。


 集団のご祈祷が始まった。終わった後、皆さんにお神酒を振る舞うのが仕事だ。ご祈祷の時間は意外と短くて、わらわらと人が押し寄せてくる。かわらけにつぎつぎとお神酒を注いで渡す。返される。そんなにご祈祷希望者がいるとは知らなかった。意外とサイクルが早くて、たくさん用意されていたかわらけがみるみるうちに減っていく。

 

 使用済みのかわらけは纏めて洗い場へ持って行き、洗浄するのだが、この洗い場が過酷だった。お湯が出ないのだ。渡り廊下の片隅にあるような狭い小さな洗い場で、一月の冷たい水でかわらけを洗い続ける。手が真っ赤になった。


 ようやく終わって社殿へ持って行こうとすると、新たな洗浄待ちのかわらけが運ばれてきた。洗ったものは持って行かれた。あれ? と思いながら、その場で延々と冷水によるかわらけ洗浄地獄を体験する羽目になった。気分はおしんである。



②数え年の知識が役立つ之事


 神社にはよく、厄年早見表の看板が立っている。生まれ年で表記されているもの、数え年で表記されているもの、数え年と満年齢の両方が書かれているものなど、表記の方法は神社によって様々だ。私がバイトしている神社の場合は、年齢の上に(数え年)と書いてあるだけだった。これは、数え年が何かを知らない人にとっては、かなりハードルの高い書き方である。


 元日が過ぎ、日が経つにつれて、参拝客が一気に押し寄せるということがなくなる。お守り授与所のテントも一つ減り二つ減り、バイト巫女の数もそんなに必要なくなる。すると授与所テントに皆が入っていても仕方ないから、何人かは境内に出て案内をして、ということになる。


 案内とは何か。具体的な指示がないから何もわからないが、とにかく、立っていれば誰かが何か聞いてくるから、都度対応しろということらしい。

 バイト巫女にそんな殺生な。と思うのだが、聞かれるのは大体がご祈祷の申し込み場所とか、参道の脇に置かれた箱の中にたくさん入れられている熊手や破魔矢の初穂料とかなので、バイトでもなんとかなる。


 人によってはなんとかならないのが、数え年の数え方だった。


 数え年とは、生まれてすぐに一歳と数え、その後は元日が来るたびに一歳を足していく数え方である。誕生日前なら満年齢に二歳、誕生日後なら満年齢に一歳足して考えればよい。

 時代小説を読んでいると「あの子は数えで〇歳だから~」などという文章がよく出てくるから、カクヨムに常駐している紳士淑女の皆様方にとっては、そんなの一般常識以下の本能レベルで刷り込み済みの基礎知識であるかもしれない。


 だが、今をときめく女子大生の中には、時代小説なぞ見たことも触ったこともないという層が一定数存在するのだ。この質問をされてまごついているバイト巫女を見つけては、すすすっと近付いていって、「誕生日前なら二歳、誕生日後なら一歳、足せばよいのですよ」と囁いて回るのが、境内における私の主要な役割になった。数え年は参拝客がバイト巫女に尋ねる質問ランキングの第一位だ。


 お陰でなぜか「あの人は神社に詳しい」みたいな雰囲気が醸成され、とてもバイトの知識では追いつかない質問をされることもあったが、年末にお札を包む作業をしていた時にあれこれと質問しておいたことが功を奏し、神棚へのお札の祀り方くらいだったら答えられたし、かわらけ洗浄地獄の体験を経ていたために、初穂料によってご祈祷の内容がどう変わるかも答えられた。

 経験と知識は、どこでどう繋がり、何に役立つかわからないから面白い。



③肖像権侵害之事


 大学一、二年時の大晦日から正月にかけて巫女バイトを堪能し、アルバイトの立場で垣間見えることはほとんど全て見尽くし、私は十分に満足していた。三年時の冬休みはさすがに応募を見送り、自宅でぬくぬく過ごす予定でいた。


 しかし友人の中には、私から話を聞いて興味を持ち、今年初めて巫女バイトに応募してみるという猛者がいた。私は彼女に対テンパ対応策を授け、巫女服の下に着用する衣服についてアドバイスをし、かわらけ地獄の回避の仕方を伝授した。数え年に関しては、彼女も史学科所属の立派な歴オタだから心配なかった。


 冬休みが明けた。

 キャンパスで出会った私を見るや、彼女は開口一番、こう言った。


「あんた、巫女服で写真に出てたよ!」


 え??


 何が何やらワケが分からない。説明によればこうだ。

 採用されたバイト巫女たちが事前に集められた講習会でのこと。

 巫女服の着用の仕方を説明する際、パワーポイントが用いられた。

 その際、巫女服着用の模範例として、私の写真がバーンと大きく映し出されたというのだ。


 マジか。

 いつ撮られたんだ、そんなもん。


 全く記憶になくて戸惑ったが、そういえば、と朧げに思い出した。

 ある日、更衣室から出る時に正規巫女さんがやってきて、「記録したいから一枚撮らせてね~」とパシャッとやられた気がする……。


 知り合いは大ウケしていたらしい。笑いが提供できて何よりである。

 じゃ、なくて、使用許可を出した覚えは一切ない。記録って、神社内での広報とか、何か内々の記録として残す必要があるのかと思ってた。まさかそんな、不特定多数のアルバイト達がいる前でデカデカと提示されるとは。


 肖像権どうなってるんだと思ったが、テンパさんの顔が脳裏にチラついた。

 うん、彼なら仕方ない。



 以上が、私が巫女バイトで体験してきた、ちょっと忙しない顛末の全てである。

 お付き合いいただき、ありがとうございました!

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