巫女のバイトをした話②

 悪い予感というのは、往々にして当たるものである。

 神社で巫女のバイトを始めた初日、私は思った。

 この職場、大丈夫か?


 落ち葉掃きを急遽終了して慌ただしく巫女服に着替え直した私たちは、今度は社務所の一階に連れて行かれた。本殿とも繋がる建物で、二階から入って一階に降りるという、ちょっと変わった造りをしていたように思う。


 襖を開けると隣と繋がって広くなる畳の部屋に、大きな長方形の座卓が置かれ、そこに巫女服を着たアルバイトたちがずらりと並んで、大量に山積みされたお守りを透明なフィルムに封入する作業を延々と行っていた。


 お守りだけじゃない、お札もだ。うろ覚えだが、神様の名前が書かれた数枚を決められた順に重ねて紙で包んで、という作業があったように思う。神棚などに奉るアレだと思うが、うちには神棚がなかったのでよくわからない。


 正直、うろたえた。

 見てはいけないと言われたお守りの中身を見てしまった気分だ。

 お守りとかお札って、アルバイトの手で包装されてたのか……。


 いきなり神秘の裏側を見せるなんて、アルバイト信用しすぎではないだろうか。


 私はお札の方を手伝うことになった。

 確か三枚、神様だか神社名だかの位の順に重ね方があって、和紙に包んだはずだ。

 途中でお札が足りなくなり、ちょうど上級巫女さんがいたので、その旨をお知らせした。ついでに好奇心で訊いてみた。


「なくなったらどうするんですか?」


 まさかこの場で書くわけではなかろうな……という、恐る恐るの質問である。

 すると巫女さんはさらりと答えてくれた。


「伊勢神宮で書いて、ご祈祷したやつを送ってもらうんだよ」


 あ、そうだったのか! 私はものすごくホッとした。

 良かった。神秘の裏側は丸見えじゃなかったんだ。


 お札が足りないのでお守りの方を手伝うことになった。お守りといえば、布袋に硬い長方形の板みたいなものが入った昔ながらのあれを思い浮かべてしまう私だが、この時の作業対象であるお守りは、そのイメージと随分異なっていた。


 恋愛成就リンゴキティ守り。

 見た目は、ストラップ付きのキティちゃんである。

 赤いリンゴを抱えている。


「どう!? 終わりそう!?」


 遠くからでも唾が飛んできそうな大声を上げて、テンパさんがやって来た。水色の袴で大股移動をするので、男性用はズボンのように分かれていることがよくわかる。テンパさんはアルバイトたちの後ろで立ち止まり、お守りを指差した。


「これ新作なんだよ。かわいいでしょ? うち、恋愛初めてやるの。今年たくさん出ると思うから、ここにあるの全部終わらせて!」


 神秘、またもや大ピンチ。


 このお守りにまつわる、忘れようにも忘れられないエピソードがある。

 それは年明けのお正月、いよいよ境内のテント下で、アルバイト巫女たちによるお守りの授与が始まった時のこと――


 お守りは売るではなく、授与する。

 金額ではなく、初穂料。

 お買い上げではなく、お納め。

 そういう言葉遣いをすること。


 アルバイト巫女たちは授与所のルールをそんな風に教えられていた。

 なるほど、お守りは神様から与えられるものだ。神秘はこういうところでも守られている。その一端を担うわけだから、気を引き締めなければ。

 俄か巫女でも、参拝客から見たら本物と見分けがつかない。

 神社の神秘性を損なうことがないよう、言葉遣いや態度には気を付けなければ。


 人々が大挙して押し寄せる授与所で、私たちは目まぐるしく働いていた。

 人波が少し途切れた頃だ。

 テンパさんがやって来た。

 ズンズンズン、と足音が聞こえそうな大股歩きで、揺らぐことなく真っ直ぐと。

 

 何、何? その頃にはアルバイトの誰もが彼のテンパり具合を知っており、彼が登場すると大抵ややこしいことになると理解していた。

 みんな不安そうに囁き合った。ヤバ、こっち来る。何があった?


 お守りが並ぶ木箱の前に立ち止まるなり、彼は緊急事態だとでも言うように、お守りの売上表(正しくは授与表か)を所望した。

 ざっと目を通し、恋愛成就リンゴキティ守りを指差し、アルバイト巫女たちの顔を血管が浮き出た必死の形相で見回す。


「これ、どう? 売れてる?」


 あっ。

 売れてるって言っちゃった。


「女の子とか欲しがると思うんだけど、どう? 思ったより出てないんだよねえ。恋愛ってのが逆に悪いのかなあ」


 みんな顔を見合わせ、恐る恐る一人が申し出た。


「さっき、お父さんと一緒に来た小さい女の子が欲しがったんですけど、恋愛だからやめときなって言われてたので、あるかもしれません」


 テンパさんの目が光った。


「やっぱりそうか! ちょっとこれ一旦下げて、中のこれ抜いて!」


 テンパさんが示しているのは、透明フィルムにお守りと一緒に封入されている、「恋愛成就」と書かれたリンゴ型の赤い台紙である。年末にアルバイト達が社務所一階でせっせと封入作業したやつだ。


 えっ??


「恋愛ってのが悪目立ちするみたいだからさ、ちょっと一旦抜いて!」


 台紙を抜いてみたところ、それは単なるリンゴを抱えたキティのストラップに変化した。恋愛成就。目立たないところに小さく書いてある。

 台紙抜いたところでご利益は変わらないみたいなんだけど、ええんか。


「それ並べて、小さい子来たら積極的に勧めて!」


 早口で言い立てるなり、疾風怒濤のごとくテンパさんは去っていった。

 後に残されたアルバイトたちは、ただ茫然とするばかりである。


 私は思った。

 神秘どこ行った。



(続きます)

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