巫女のバイトをした話①


 2024年1月1日。新年あけましておめでとうございます。

 お正月らしい話が何かないかと思って記憶の蓋を開けてみたところ、ありました、ありました。お正月の神社で巫女のアルバイトをした経験がありました。

 特段オチがあるわけではないのですが、まあ珍しい経験かと思いますので、思い出すことをぽつぽつと語ってみます。


     *


 私の通っていた大学には「アルバイト募集」の掲示板があった。

 他のところでは一切募集されていない、ここの学生さんに限る、といった感じの、ちょっと特殊なアルバイトが多かったように記憶している。

 少なくとも大学の事務局を通しているので、怪しいものは混じっていないと判断し、私はこの掲示板経由で短期のアルバイトを探すことが多かった。

 

 ちなみにメインの長期アルバイトは、学習塾の受付と、地方新聞社の校閲をしていた。

 校閲のバイトもこの掲示板で見つけた仕事で、記念すべき採用第一号が私だったばっかりに、その後私の紹介で友人たちが芋づる式に次々と採用され、校閲部のデスクがサークルみたいなノリになってしまったのはまた別のお話。(その縁でこの新聞社に就職する友人まで出た。)


 巫女のバイトは年末年始にかけて、二ヶ月ほどの短期募集だった。

 面接はあってないようなもの。毎年大学に募集をかけて大量の女子を採用しているらしく、一応履歴書などは持参したけれど、早い者勝ちだったように記憶している。

 大学一、二年時の二回応募したけれど、エピソードの内容がどちらの時期だったかは覚えていないものが大半なので、二回分が混ざっていると考えていただきたい。


 そもそも私はちょっと変わった仕事に心惹かれるところがあって、単純にお金を稼ぎたいというよりは、「ここで働けば、この業界の裏側を覗けるな」という野次馬根性でアルバイトを選ぶ傾向があった。

 寒いのが苦手なくせに冬空の下で長時間働くハメになる巫女のアルバイトに応募したのも、「何それ面白そう」と思ってしまったからである。

 あと、巫女さん装束をちょっと着てみたかった。


 採用先の神社はその近辺で一番大きなところで、年末年始の人出がそれはそれは多いらしい。実際にシフトに入る前に、まず事前講習があった。

 大量のアルバイトたちが一か所に集められた部屋に、神職さんと本物の美しい巫女さんたちが現れて、一人一人に巫女服を配り、パワーポイントで着用の仕方などを教えてくれる。


 寒いので下に温かい衣服を着ることは推奨だけれど、襟元や袖から見えてはいけない。派手過ぎる髪色、アクセサリーも禁止。髪はまとめること。

 ピアスも外した方がいいか、この長さならまとめなくて大丈夫かと質問が飛んでいるが、私は生まれてから一度も髪を染めたことがないし、アクセサリーの類いも作るのは好きだがつけるのは苦手で、大抵髪は一本結びなので特に聞くことはない。


 緋袴は内部で分かれているのかと思いきや、普通にスカート状だった。下はもちろん防寒のためにズボンを履いたまま、前で可愛くリボン結びをした。みんな突然のコスプレ感に、どことなく嬉しそう。


 最初の出勤日は十二月後半。同シフトということで顔見知りになった子たちと駅で自然に合流し、神社へ向かった。

 教えられた通り、まず最初に更衣室へ向かい、巫女服に着替える。さあこれからどんな仕事が始まるのだろう。ワクワクしながら、数人連れ立って本殿の方へ。


 ものすごくテンパった感じの神職さんが駆けつけてきた。

 この方は現場の神職さんの中でも偉い人らしいのだが、いつも忙しそうに神社内を駆けずり回り、常に瞳孔開き気味でテンパっていた。

 故に、仮名をテンパとする。


 テンパさんは言った。

「すぐにジャージに着替えて、落ち葉掃いて!」


 は? 目が点になる私たち。

 ジャージと言われても、そんなものは持っていないのだが、質問する間もなく慌ただしく消えるテンパさん。


 よくわからないので本物の巫女さんを捕まえて聞いてみると、彼女も戸惑っていた。どうやら突然よくわからない指示を振り撒いて消えるのはテンパさんのお家芸らしい。しかもジャージを着て外掃除をするのは本来はアルバイトではなく、見習い巫女さんたちの仕事らしい。


 最初に捕まえた巫女さんは、自分より役職が上らしい巫女さんを捕まえて相談をした。この方は見るからに巫女! という感じで大変美しく、巫女舞をされる、言わば上級巫女のような方だったのだが、私服がパンクファッション系で煙草を吸っていたのでギャップに萌えた覚えがある。


 テンパさんがそう言っていたというので、私たちは上級巫女さんに「ごめんね~」と謝られながら巫女見習いのジャージを貸し出され、着たばかりの巫女服を脱いで、竹箒を手に落ち葉掃きなどをすることになった。


 私は思った。

 テンパさんはもしかしたら、見習い巫女の顔をよく覚えておらず、私たちがそうだと勘違いして、外掃除の指示を出したのではなかろうか。

 ジャージを着て外掃除をするのはいいが、その間、アルバイトが本来するはずだった仕事はできないことになる。その辺りのスケジュール管理は、一体どうなっているのだろうか。

 本物の巫女さんたちは、私たちの話を聞くだけでなく、誰か一人くらいテンパさんの元へ行って、確実な指示を仰ぐべきではないだろうか。


 しかし、アルバイト初日である。右も左もわからない素人が口出しすべきことなど一つもないし、とにかく与えられた仕事を一所懸命にやればいいだけ。


 結構長い事、落ち葉を掃いていた記憶がある。

 神社の敷地は広い。小さな山一つ分。境内の周囲には林が広がり、そこから落ち葉が寒風に舞い上がって次々と石畳の道に舞い降りる。

 一体私たち、いつまでこの仕事を続けたらいいの。

 心細い顔を見合わせ、このまま就業時間が終わることを案じ始めた、その時だ。


「あれ、まだ掃除してたの?」

 通りかかった本物の巫女さんがキョトン顔をしていた。すっげー嫌な予感。


「他のアルバイトさんたち、社務所の下でお守りの袋詰めしてるよ」

「掃除はもうやめていいんですか?」

「このままだと就業時間終わっちゃうし、いいんじゃない? 着替えてきたら?」


 いや、なんだそのテキトーな感じは。

 こっちは初日のアルバイトなんですけど。


 私は思った。

 この職場、大丈夫か??

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