第73話 機械仕掛けの神
大戦が終結し、帝国はノゾミ女王国に
けれど北部の大森林を領地とするエルフ連合国が残っているが、その他の国々の改革は殆ど終わっている。
これ以上は仕事が増えることもないだろうし、処理能力も上がって現実世界に戻ってこれた。
久しぶりに本体に意識を戻して町中を散歩していたのだが、北部で
非常事態が起きた以上は、のんびりしている時間はない。
急いで帝国城に戻り、緊急対策本部を立てるのだった。
私は謁見の間の玉座に、いつものようにクッションを敷いて深々と腰を下ろす。
その状態でリアルタイム通信を行いながら、招集した各関係者の前で女王として会議を進める。
「現在の状況をまとめると、ノゾミ女王国の北部で
付近の植物や農作物だけでなく、場合によっては人間も食べられる被害が出ています」
謁見の間の豪華なカーペットの上にウインドウを開き、地図を表示する。
そして
すると皇帝を退位して
「女王陛下、対策案はあるのでしょうか?」
そのことを話し合う対策会議であるが、私もここに来るまでに色々考えてきたので意見を口に出す。
「現時点では、食料や支援物資の配布、そして住民の避難を可及的速やかに進めています」
全国民に持たせているポケベルで避難指示を行っているので、こういう時には便利である。
多少の混乱が起きたり火事場泥棒も発生したが、ちゃんとデータベースに記録しつつ補足しているため、騒動が終息するか国外に高跳びしようとした時点で逮捕確定だ。
そんな事情はともかくとして、私は対策に関して説明していく。
「広域結界を展開し、各町村や農地への被害を可能な限り防ぎます。
幸い数だけが多い虫なので、魔素濃度が低くても何とかなるでしょう」
現在の魔素濃度は三十パーセントほどで、高出力での連続稼働は難しい。
だが凶暴な魔物を防ぐわけではなく、相手は昆虫の
侵入を阻む場所を限定して薄く広く展開すれば、魔力消費はそこまで大きくはない。
「ですが放置はできませんので、早急な駆除を行うつもりです」
低出力でも休みなく結界を張り続ければ、いつかはエネルギーが切れる。
魔法の心得がある者に適時補充させるにしても、今回の規模が規模なので焼け石に水だろう。
それに非常事態や緊急用のために配布したとはいえ、そこまで数があるわけではない。
重要な区画に絞って守るのは、逆に言えば他の場所が無防備になるということだ。
しかし他に手の打ちようがないため誰も反対はしないが、駆除が困難なのがわかっているようで各々が相談を始める。
「しかし、駆除と言われましてもな」
「情報を見る限り、過去最悪の規模だぞ」
「ここは安全な場所に避難し、イナゴの群れが過ぎ去るのを待つの良いのでは?」
パトリックだけでなく、周りの家臣も揃って頭を抱えている。
農作物や食料だけでなく、人間すら食い荒らされて多くの被害者が出ているのだ。
なので彼らは、過去の歴史に学んで対策を知っていた。
結論を言えば自然の驚異には人は勝てずに、己の身を守るのが精一杯だ。
けれど、それも仕方がないと言える。
何しろ、空が黒く染まるほどの
これだけの数を前に人間ができることなどたかが知れており、ただ嵐がすぎるのを待つのが関の山であった。
しかし私は諦める気はなく、空気が重く沈んでいる謁見の間で堂々と発言する。
「わかりました! 私が駆除します!」
「女王陛下が!?」
周りの者たちが大いにどよめくが、今は蝗害の対策案をまとめるのが重要だ。
気にせずに小さな胸を張って、女王らしい威厳に満ちた立ち振舞で続きを話していく。
「マジックアイテムの動力は、私が近くに居れば尽きることはありません!
ゆえにミスリルジャイアント改め! デウス・エクス・マキナで出撃し、イナゴの群れを駆除します!」
私の発言を受けて、謁見の間に集まった各関係者の表情が様々に変わる。
ちなみにミスリルジャイアントを、デウス・エクス・マキナに改名したのは理由がある。
かつてはリミッター解除の反動で大きなダメージを負い、長期メンテナンスを行っていた。
だがこのまま修理をしても、もしまたオリハルコンゴーレムのような強敵が現れたら、次は勝てるのかという不安に襲われる。
なので光の女神様から授かった世界最強の金属の破片を残らず回収し、熱心に解析や錬成を行ったのだ。
予算と時間と人材を湯水の如く使ったが、最終的にミスリルとオリハルコンの良いとこ取りの特殊合金の開発に成功する。
だが決して平坦な道ではなく、まさに苦労の連続だった。
今は番組名をプロジェクトNとして、毎週日曜に公共放送で流している。
全国民を感動の嵐に巻き込んで高視聴率を叩き出しているのだが、まあ今は関係ないので本筋に戻す。
とにかくミスリルジャイアントは見た目こそ変わらないが、部品の殆どを入れ替えて従来よりも高出力になっただけでなく、リミッター解除にも短時間なら耐えられるようになったのだ。
なのでビジュアル的には同じだとしても完全に別物なため、せっかくなので名前の変更をしようと考えた。
整備を行う技術者も名称が前と全く同じでは混乱するので、妥当な判断と言える。
それに関してマーク2や語尾にXをつけるのも捨てがたいが、大戦中に今は聖国にいるケヴィンからヒントを得た。
私はギリシア語の機械仕掛けの神という意味の、デウス・エクス・マキナと改名したのだ。
何とも厨二心溢れるネーミングを思い出していると、パトリックが慌てた様子で声を出す。
「しっ、しかし! デウス・エクス・マキナはまだ完成したばかりです!
試運転も、ろくに行っていないのですよ!」
浪漫溢れる新機体を操縦するのは、やはり本体に意識を戻してから良かった。
なので完成後もすぐに試運転はせずに、最低限の動作確認のみで済ませていたのだ。
そもそも意識を現実に戻したばかりで、
女王の身を案じてくれるパトリックには嬉しく思うが、私は首を横に振って堂々と発言した。
「今使わずに、いつ使うというのですか!
被害に遭った国民は! 今! 泣いているのですよ!」
「……うぅっ!」
それぞれ別のアニメから引っ張ってきた台詞を、深く考えずに口にする。
我ながら滅茶苦茶なことを言っている自覚はあるが、勢いで押し切ったのか効果は抜群だった。
宰相だけでなく周りの臣下たちも一斉に押し黙ったけれど、私はすぐに穏やかな微笑みを浮かべて続きを話す。
「機体が大破してもパイロットは無事なように、緊急脱出装置も標準装備です。
それにコックピットが一番頑丈ですので、最悪エンジンが爆発四散しても耐えられますよ」
ただしコックピットが無事でも、パイロットは身体的なダメージは受ける。ただ即死しないだけだ。
その辺りのことを口にすると高確率で止められるので、黙っておく。
「わかりました! 王陛下! どうかご武運を!」
「ええ、行ってきます!」
私はそう言って玉座から立ち上がる。
いつもの護衛と世話係を連れて、謁見の間の外に向かって堂々と歩いて行く。
だが途中であることを思い出して足を止めて、宰相たちのほうに顔を向ける。
「言い忘れましたが、皆さんは緊急対策本部で待機していてください。
入れ替わり分身体を派遣して、会議を進めていきますので」
本体は一つだが、分身体は無数にいる。
そして臣下たちは毒気を抜かれたようで、静かに息を吐く。
「緊張感ありませんね」
「魔物の大軍勢と比べれば、イナゴの群れのほうが死亡率は低いので」
たとえ魔物群れだろうと死ぬつもりはなく、たとえ行き当たりばったりだろうと生きて帰ってくるつもりだ。
パトリックも付き合いがそこそこ長くなっているのだから、いい加減に慣れてもらいたいものである。
「予測ですが、エルフ連合国が召喚魔法陣に何かをしたのでしょう。
その辺りを確認するのは
再び歩き始めた私は、思考加速で対策本部だけでなく各地に新たに指示を出す。
そして付き合いが長くて頼りになる部下たちに出撃を命じつつ、デウス・エクス・マキナの格納庫に向かうのだった。
いつの間にか二機に増えていた輸送機に、多くの人員や装備を積み込む。
そして
私はロボットアニメお約束の起動プロセスを経て、帝都にある格納庫からデウス・エクス・マキナを出撃させた。
見た目は全く変わっていないが出力限界が上がっており、リミッター解除も短時間なら耐えられる。
なお、試運転は初めてだが操縦は問題ないようだ。
リアルタイム通信でうちの技術者たちにお礼を言いつつ、政務や緊急対策本部の運営などを片手間で行う。
処理能力が人間を遥かに越えているからこそ可能なのだが、そんな状態でノゾミ女王国の北部を目指して飛行を続ける。
やがて目的地に近づいてきたので、全天周囲モニターを拡大する。
遠くに黒い靄が一面に立ち込めているのを見つけ、私は大きく息を吐く。
「しかし、凄い数ですね」
無線を使って輸送機に声を届けると、向こうから応答があった。
「あれほどの
フランクは緊張しているが、それでも恐怖はなく深呼吸をしてから続きを話していく。
「ですが、女王陛下ならば大丈夫でしょう」
「当然です。イナゴの大群を殲滅するのは難しくても、戦えば負けはありません」
流石に数が数なので一匹残らず駆除するのは困難だが、結界を維持しながら戦えば負けはしない。
彼らも私のことを信頼しているので、元気づけるために言葉を続ける。
「魔物の大侵攻と比べれば、楽なものです」
「確かに、あれは生きるか死ぬかでしたね」
ロジャーやその他の者たちが、過去の事件を思い出したようだ。
あのときは本当に大変だったけれど、そのときに比べればまだマシだろう。
私は気を引き締めて、大きな声を出す。
「では、これより駆除作戦を実行します!」
「「「了解!!!」」」
喋っている最中にも、目標に近づいている。
移動中に作戦は伝えてあるので問題はなく、私は通信を切ってデウス・エクス・マキナの操作に集中するのだった。
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