第72話 エルフ王

<エルフ王ギレルモ>

 我の名はギレルモ。

 誇り高きハイエルフの王で、アトラス大陸の北に広がる大森林を統治している。

 ちなみにハイエルフとは、エルフの中でも高潔な血を継ぎ、人間族で言う貴族のようなものだ。


 だが人間も獣人も、我らに比べれば知性が低く卑しい蛮族だ。

 千年ほど昔はエルフが他の種族を支配し、アトラス大陸の覇権を握っていた。


 しかし周辺国家が一斉に反旗を翻して世界大戦が勃発して、古代魔法王国は壊滅の危機になる。

 我々の先祖は必死で抗ったが、女神様の御加護を授かった三英雄には勝てなかった。


 結果、古代魔法王国は瓦礫に変わって世界樹は焼失し、今まで蓄積した知識や技術、その殆どが失われてしまった。


 さらには世界中で魔物が活性化して、無差別に人々を襲い始めるという大惨事になったが、我々は何とか逃げ延びて帝国の北部にある大森林を、新しい安住の地とした。


 元々は褐色のエルフ族が暮らしていて白色のエルフたちが移住したのだが、あるときに権力争いが勃発して、またもや世界樹も焼失してしまう。


 だが今は何とか落ち着き、エルフ連合国になってハイエルフが民をまとめている。

 随分長く我が国王として統治しているが、光の女神様が残した召喚魔法陣だけは古代魔法王国から、エルフ連合に移送することができた。


 おかげで研究対象には困らないし、いつか再び我々エルフ族がアトラス大陸の覇権を握る日を夢見てている。

 そのために、何としても失われた魔法技術を復活させなければならないのだった。




 なお、現在のエルフ連合国について詳しく説明すると、地理的には帝国の最北端に広がる大森林だ。


 排他的で他種族との交流は殆どなく、自らの種族に誇りを持ち他種族を見下している。

 どうせ向こうも同じように差別しているのだから、こちらがへりくだる必要はない。


 そんなある日、皇帝から帝都に馳せ参じるようにと命令が下る。

 一応は帝国領で、こっちも全面戦争は望んでいない。

 なので当たり障りのないように片付けるべく、都会に興味津々な若いエルフを外交官として派遣した。


 しかし、要件はそれで終わりではなかった。

 一ヶ月後にノゾミ女王国との戦争に参戦しろと、新たに皇帝になったケヴィンという男が命令したのだ。


 これには我だけでなくエルフ連合国も怒り心頭で、下等種族である人間のために犠牲になる気はないと突っぱねる。


 代々の皇帝はエルフ連合の顔色を窺い、決して強要はしなかった。

 帝都に馳せ参じることもそうだったが、ケヴィンは強権を使って否応なしだ。


 誇り高い我々は、もはや帝国と戦争になるのもやむなしと覚悟を決める。

 世界樹こそ派閥争いで失われてしまったが、まだ光の女神様が残した召喚魔法陣があるし、地の利は我らにあった。


 脅しとしては十分に使えるし、派遣された使者は大人しく引き下がるしかなかった。



 やがて一ヶ月が過ぎた頃に、帝国が敗北してノゾミ女王国という新鋭国家に併合されたことを知る。

 新たな皇帝はパトリックという少年らしいが、我々には関係はない。


 帝国とは縁を切ったし、人間に屈する気など毛頭ないのだった。




 やがてノゾミ女王国の使者がやって来て、女王陛下に従わせようと交渉してきた。

 それだけでなく、支配下に入ると各種マジックアイテムを無償提供すると提案してくる。


 だが、エルフは世界一魔法技術に優れた種族だ。

 太古の時代から不変であると、エルフ連合国の民は心の底から信じていた。


 だからなのか、民族の誇りを逆撫でされて激怒する。

 ノゾミ女王国の使者が持ってきたガラクタを見ることもなく、その場で追い返したのだった。




 しかし、帝都に向かわせた若いエルフが持ち帰った情報を聞く限りでは、人間のマジックアイテムも我々には及ばないが、なかなか侮れないことを知る。

 だが残念ながら全てが土塊に変わってしまい、現物は持ち帰れなかったので彼の証言だけだ。


 ついでにエルフは時間に無頓着なので、一度外に出たら長期間帰って来ない。

 情報が届いたのは使者を追い返してからのため、もし彼が先に帰っていれば少しは話を聞いてやったはずだ。


 だがやはりエルフ族の魔法技術は世界一なので、研究成果を見せて使者の度肝を抜いていたかも知れない。


 何しろ最近になって、光の女神様の召喚魔法陣の解析に成功したのだ。

 殆どが不明でわかったのは極一部だけだが、我々にとっては大きな一歩である。

 いつかは全てを解き明かし、エルフ連合がアトラス大陸の覇権国家となるのだ。


 そのような事情で、ノゾミ女王国の使者が来たら交渉に応じる準備がある。

 けれど誇り高いハイエルフが、人間に頭を下げるわけにはいかない。


 なので次に来たら追い返さずに話だけは聞いてやるようにと、部下たちに命じておくのだった。







<ノゾミ>

 最初はさっさと仕事が終わって現実に戻れると思っていたが、気づけば仮想空間から出てくるまで二年の歳月が流れていた。


 どうやら広大な版図と帝国が顕在な状態で併合を進めるのは、予想以上に時間がかかって大変だったようだ。


 しかし、どんな仕事もいつかは終わる。

 おかげで処理能力も上がって、現実世界でも片手間で済ませられるようになった。




 なので夏が近くなってきた今日この頃、謁見の間で仕事中の私の本体に意識を戻す。

 ちょうど役人のボビーがノートパソコンを慣れた手つきで操作しつつ、本日の報告をしてくれていた。


 すると一旦会話が途切れたので、こちらから唐突に声をかける。


「ボビー。少し良いですか?」


 本日の政務は、まだ始まって少ししか経っていない。

 しかしいきなり待ったをかけられて、戸惑いつつも彼は返事をする。


「構いませんが、どうかされたのですか?」


 私は玉座に腰かけながら、大きく伸びをして肩や首をほぐす。

 遠隔操作で動かしていたので問題はないが、本体に帰ってきたら行う儀式だ。


 察しの良い者はこの時点で気づいたけれど、帝国に所属していた者たちは大いに戸惑っている。


 そして勿体つける趣味はないので、すぐに説明を行う。


「ようやく現実に戻って来られたので、軽い柔軟体操のようなものですね」

「じゅ、柔軟体操でございますか」


 王都から引っ越してきた護衛や世話係は経験があるので、全く動揺しない。

 しかし帝国の人たちは驚くばかりで、ボビーも困った顔だ。


 何にせよ、柔軟体操が終わった。

 私は玉座から立ち上がって、彼に声をかける。


「本日の政務は、全てメールで行います」

「「「えっ!?」」」


 ただし遠隔操作している分身体は除くが、一日ぐらいなら大した影響はない。

 ノートパソコンが帝国に普及して二年が経ち、ネットワークを使ってのメールのやり取りにも慣れてきている。

 互いに顔を合わせての会議と比べれば効率は落ちるが、やってやれないことはない。


 とにかく私は世話係のジェニファーに顔を向けて、この場の全員に堂々と呼びかけた。


「では、あとはよろしくお願いしますね」

「あっ、ちょっと! 女王陛下!?」


 女王である自分が突拍子もない行動を取るのは今に始まったことではなく、二年も一緒にいれば多少は慣れてくる。

 なので皆も最初は驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻す。


 内心でウキウキの私は自室で念入りに変装し、護衛と世話係を連れて帝都の散策に向かうのだった。







 サンドウ王国と違って、帝国は魔物の被害を受けていない。

 なので二年が経っても当時の面影が色濃く残っており、まさに中世ファンタジーと言っても過言ではない街並みだ。


 私は自分と同じように変装した護衛と世話係を連れて、帝都を自由気ままに散策する。

 例えるなら山積みになっていた仕事がやっと終わり、長期休暇を堪能するOLと言ったところだろう。


(前世の社会人経験はないけど、多分そんな感じでしょう)


 精神耐性で苦痛には思わないが、別にやりたいわけではないので開放的な気分には違いなかった。

 今も片手間で処理しているけれど、取りあえず現実には帰って来られたので良しだ。




 なので見た目通り幼女らしく楽しそうに帝都を散歩していると、大通りにある屋台を見つけた。

 看板を見るとクレープを販売しているようで、美味しそうな匂いが漂ってくる。


「……クレープ」


 特に意味のない呟くを口にする。

 屋台には国営企業の証がかけられており、データベースに照合して偽造ではないことを確認した。

 女王として調べるのが癖になっていて、護衛と世話係も慣れているので気にしない。


 そして興味を惹かれた私は屋台に近づき、おもむろに声をかける。


「あの」

「はい! いらっしゃ……うわあああっ!?」


 何故かクレープを作っていた店員の動きが、完全に止まってしまった。

 だが困惑する幼女を上から下まで観察したあとに、少し緊張しながら口を開く。


「おっ、お嬢ちゃん! 何か用かな!」


 先程の驚きが気になったが、子供扱いしてくれている。

 なので私の正体には気づいてないため、問題なしと判断して注文させてもらう。


「季節の果実クレープを一つ、……いえ、五つください」

「まいど! すぐに焼きあがるから、少し待ってね!」


 今焼き始めたばかりのようで、生地を焦げないように裏返していく。

 私が店員の調理風景を、興味津々な表情でじっと観察していた。


 その様子を見て、世話係のジェニファーは微笑みながら声をかける。


「楽しそうですね」

「はい、楽しいですよ」


 私の気分が良いと護衛も世話係も嬉しくなるようで、彼女たちの表情も柔らかい。

 今は女王でなく町娘なため、こちらもそれっぽく気軽に答えを返す。


「調理風景は見ていて飽きません」


 百年以上も仮想空間で仕事をしていて、料理は完成したものを実体化させるのが当たり前だった。

 そして味や食感は私の経験が元になっているため、食べる前から結果はわかっている。


 しかし、目の前で焼かれているクレープは違う。


「本当に直接食べて確かめるのが、楽しみで仕方ありません」


 これは私だけの悩みでジェニファーたちには理解できないが、別に同意して欲しいとは思っていない。


 やがて季節の果実クレープを店主から受け取り、お礼を言った。

 そしてポケベルではなく、最近普及し始めたスマートフォンで決済する。


 取りあえず自分の分だけ手に持ち、残りは護衛と世話係に渡す。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 しかし手渡したあとに気づいたが、私は口の中に入れたモノは魔素に分解して吸収するけれど、四人は普通の人間だ。

 もしお腹がいっぱいの場合、食べられないかも知れない。


「いえ、大丈夫です。いただきます」


 けれど、ちゃんと受け取ってくれた。

 なので私はホッと息を吐き、屋台の邪魔にならないように少し離れる。

 そして自分の分のクレープを小さな口に入れて、モグモグと咀嚼した。


 出来立てで熱いが、火傷するほどではない。

 少しだけ酸っぱいイチゴが甘い生クリームと良く馴染んで美味しく、視覚や嗅覚からの情報だけでは知り得なかった味わい深さだ。


「うん、美味しいです」


 現実の世界を生身で過ごすだけで幸せを実感できるのは、何となく安い幸福だと思ってしまったが、低燃費なのは悪くはないだろう。

 やがてクレープを食べ終わったので、近くのゴミ箱に包み紙を捨てる。


「さて、次は何処に行きましょうか」


 私がウキウキしながら考えていると、突然の緊急報告が入った。

 なので一瞬で真面目な顔に変わり、このことを急いで皆に伝える。


「どうやら散歩は中止のようです」

「どうかされたのですか?」


 ジェニファーが緊張しながら声をかけてきた。

 私はすぐに状況を伝える。


「ノゾミ女王国の北部で、魔素濃度の急激な低下を感知しました」


 大気中の魔素が減って魔力滓まりょくかすが増えると、ゴーレムやマジックアイテムが影響を受けるだけでなく、魔物が活性化してしまう。


 しかも今回はそれだけではないので、続けて説明する。


「さらに同じくノゾミ女王国の北部で、蝗害こうがいも発生しました。

 現在は被害が急激に拡大中のため、いずれ帝都にもやって来るでしょう」


 私は帝国の隅々を常時監視していて、役人にもノートパソコンが行き届いている。

 おかげでリアルタイム通信による情報交換が活発に行われており、信憑性が高くて詳しい情報が次々と集まってきていた。


 取りあえず散歩は中止して、帝国城に帰って緊急対策本部を立てることに決めるのだった。

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