第71話 戦後処理
帝国の切り札を完膚なきまでに叩き潰したことで敵軍は戦意を喪失し、少し時間はかかったが武器を捨てて全面降伏する。
しかしそこで困ったのが有力者を殺して身柄を差し出すことで、私の印象を少しでも良くしようと考える人たちだ。
別にそんな事は望んでいないので、絶対にやるなと口を酸っぱくして言っておいた。
さらに降伏せずに撤退する場合は、その後の処遇が悪くなることも説明しておく。
なお、ケヴィン皇帝は真っ先に逃げようとした。
だがミスリルジャイアントで先回りしてライフルを向け、無駄な抵抗は止めるようにと最後通告を出す。
おかげで周りの将兵が取り押さえてくれて、やってることは悪役だが何とかなったので良しだ。
色々無理をさせたミスリルジャイアントはトレーラーに寝かせて整備班に任せ、コックピットから外に出てから完全に機能を停止させる。
これで魔力漏れは不具合は起きなくなり、爆破はしないはずだ。
そして私は、縄で縛られて動けなくなっているケヴィンや他の大勢の帝国の有力者と対面する。
世話係が椅子を用意してくれたので皆と同じように堂々と腰かけて、敵側は全員縛られて地面に膝をついている。
この大戦での勝者と敗者を明確に分けており、ジタバタせずに大人しくしていた。
どうやらもはやこれまでと、観念したようだ。
なお、縄で縛られずに監視をつけられるだけの者も多く居るが、彼らは全面降伏を受け入れてノゾミ女王国に付いた。
主にパトリックとモニカの派閥に属していたけれど、それはまあ今は置いておく。
とにかく私がこの場にやって来ると、身動きが取れないケヴィンが大声で叫ぶ。
「俺たちを、どうするつもりだ!」
兵士たちが身の程をわきまえない発言に怒って止めようとしたが、私は構わないと手で制して好きにさせる。
「帝国の民の前で、酷らしく殺すつもりか!」
他にも縛られている大勢の者たちが身を震わせたことから、敗戦国に属していた人々の反応としては至極当然のものだろう。
私は別に隠すこともないので、女王らしく堂々と答える。
「それは貴方たちの対応次第ですよ」
落ち着いて話す私の言葉に、この場の全員が耳を傾けていた。
パトリックとモニカが後ろに控えているが、今回は彼らの出番はない。
「私に従うなら、ノゾミ女王国民として生きることを許しましょう。
ですが、もし逆らったら──」
誰かが冷や汗をかいたり、生唾を飲み込む音が聞こえた。
きっと逆らったら斬首刑になると思っているのだろうが、私はそれとは異なる意見を口に出す。
「国外追放します」
うちの国民以外が唖然としているあ、私は微笑みながら続きを話していく。
「ノゾミ女王国では、国外追放がもっとも重い罰です。
皆もそれを恐れていますし、わざわざ殺したりはしません」
この発言を聞いた者たちは、身を寄せ合って小声で相談を始めた。
しかし私は監視に慣れているのでこの程度なら余裕で拾えるため、丸聞こえである。
「今の発言は本当だと思うか?」
「事実でしょう。密偵からも同じ報告があがっていますし」
「だが、追放されたあとの入国は問答無用で殺されるらしいぞ」
「逆に言えば、何をしても国を追われるだけで済むのだな」
密偵は交易都市までしか入れていないが、それでも情報は得られる。
帝国も当然掴んでおり、私の発言とすり合わせていく。
「どうやら、降伏しても殺される心配はないようだ」
「何とも甘い処置ですな」
「ああ、全くだ。
従ったフリをすれば命は保証されて、再起の時間を稼げるのだからな」
私は彼の相談に耳を傾けながら考えるが、この場に居る有力者たちは表向きだけでも従順なフリをするつもりだ。
そして国に帰ったあとで手の平を返し、反攻作戦の準備を進めるのである。
切り札こそ失ったが、兵力は丸々残っているし召喚魔法陣も顕在だ。
降伏したフリをすればノゾミ女王国を出し抜けると、彼らはそう考えているに違いない。
(わかっていたけど、完全に舐められてるね)
見た目が幼女なのも舐められやすい要因だろうが、私は油断してくれたほうが助かるので何も言わない。
ちなみに控えているパトリックとモニカは、悪巧みをしている帝国の者たちに憐れみの視線を向けていた。
しかし彼らは自らの計画が成功することを疑っておらず、全く気づかない。
(向こうの思惑がどうあれ、無駄な犠牲が出ないに越したことはないでしょ)
確かに命は助けるし酷い仕打ちはしないが、帝国はうちに併合して地図から消えてもらうし、政府や経済を丸ごと乗っ取って改革を進める気満々である。
私に降伏して統治を受け入れた時点で、彼らの敗北は確定していた。
そのことにケヴィンは気づかずに、快くパトリックに皇帝を継がせるのだった。
帝国との大戦に勝利した私は、今は亡き皇帝の遺言を叶えるという大義名分を果たす。
そっちのほうがノゾミ女王国に
まずは帝都にパトリックとモニカを置き、自分も含めた主役の三人で戦勝パレードを行う。
ミスリルジャイアントと守護騎士の巨大で一糸乱れぬ行進だけでなく、幻惑魔法の派手な演出も加えたことで、民衆の心をガッチリ掴んだ。
今後の統治は帝都を中心に行うため、私の本体を含めて主力は残らず異動になる。
そして仕事が増えすぎので、また仮想空間に引き籠もることになった。
けれどサンドウ王国とは違い、別に壊滅してはいない。
版図は広大だが、比較的早く現実に戻ってこれるはずだ。
そのためにもまずは、帝国が支配している全ての国と領地に分身体を派遣し、管理運営を徹底する。
既に下地はできているので、同じことをするだけで気楽だ。
ただし帝国はノゾミ女王国よりも広々としており、百では足りなかった。
けれど二年前よりも処理能力はレベルアップしているので、こちらも大した問題ではない。
そして帝国は敗戦国なため、舌の根も乾かぬうちに反攻作戦など行えない。
まだ戦争が終結したばかりで警戒も解かれていないと、向こうもそう考えているようだ。
なので今に見ていろよと反骨精神を剥き出しにして、嫌々従っているのはわかっている。
けれど私は、そんなの関係ないとばかりに人事異動を進めていく。
今は仮想空間の自宅の居間で、大福餅と緑茶で休息を取っていた。
けれど処理能力が日々高まっている現在は、片手間でも仕事はできるため高速で片付けていく。
『この人とこの人は、国外追放しちゃおう。後任は──』
空中に投影されている複数のウインドウの一つには、危険人物リストが映し出されていた。
そして私は才能とやる気があって品行方正な者と手早く入れ替え、審査に落ちた人たちを国外追放というゴミ箱に入れていく。
だが当然のように反発は起きて自分を追放すると後悔するぞと主張したり、急な入れ替えで管理運営が回っていくのかと疑問に思う者も多い。
私はそのことを頭の中で考えつつ、独り言を口に出す。
『改革が進んで業務の効率が上がれば、大幅な人員削減が可能なんだよね。
それに分身体が直接指揮を取って、道具の使い方を覚えれば旧政権よりも断然楽だかし』
いつものようにノゾミ女王国製のマジックアイテムを無料配布し、帝国の全てを私が管理運営している。
おかげで監視や諜報が捗り情報が大量に入ってくるので、不満を抱いたり反乱を企てている者たちに厳しい罰を与え、状況が改善しないようなら国外追放していた。
厄介なことになる前に先読みして火消しをして、とにかく時間を稼ぐのだ。
今回も周辺諸国に大掃除を邪魔されないように、二年前と同じように国境沿いに結界を展開して鎖国している。
そして仮想空間で片手間で仕事をしている私は緑茶を飲んで一息つき、何気なく口を開く。
『まあ、タダより高いものはないんだよ』
便利なマジックアイテムを無料配布しているのは、民衆の生活を豊かにして仕事の効率を上げるためだ。
けれどそれは表向きの理由で、裏では人類を徹底して管理運営している。
人心を掴んで新政府の支持率を上げたり、便利で快適な生活を体験させて抜け出せなくするという目的もあったりと、色々な思惑があるのだ。
なので帝国の民には慈愛の女王陛下などと呼ばれているが、内心はなかなかに腹黒い。
『正義を語るつもりはないけど、一概に悪とも言えないでしょ』
個人的に、国家転覆を企んだり政府機関に逆らう人は例外なく悪で、ノゾミ女王国には必要ない。
お祈りメールの定例文のように、他国での活躍を願っていますと躊躇なく送り出させてもらっている。
もはや帝国は私の所有物で、人民の支持率も留まるところを知らずに高まり続けていた。
かつてのサンドウ王国と同じように、自分が白と言えば黒でも白になるぐらいだ。
『しかし、やってることは完全に独裁者だね』
大戦が終結してから、帝国はノゾミ女王国に併合されて地図から消えた。
代わりに前政権よりも、国民の暮らしは劇的に良くなっている。
飢えや寒さだけでなく、怪我や病気や魔物の被害で亡くなる者も殆どでなくなった。
無料提供される装備や重機により領土の開拓が一気に進み、食料自給率や生産効率も留まるところを知らずに伸び続けている。
全ての企業が強制的に国営化にされて、誰もが最初は戸惑ってはいた。
しかし今となっては帝国史上かつてないほどの好景気で、夢も希望もなく暗く沈んでいた民衆たちも、毎日幸せで明るく笑えるようになっている。
『幸福は義務とは言わないけど。暮らしやすいのは重要だね』
やはり国民は悲しむよりも笑顔でいて欲しいし、成果が出ると頑張って仕事して良かったという気分になれる。
『私は女王だけど、年中無給と無休だし、何でも願いが叶うわけでもないからなぁ』
自由もなくいつも政務に追われているが、処理能力の向上で片手間に処理することができる。
それに精神耐性で膨大な作業やルーティンワークを、全く辛いと思わないのが救いだ。
けれど慣性で行うにしてもモチベーションは重要で、最近は国民の幸福度が上がると嬉しいと思うようになってきた。
『でも、女王ってやっぱり大変』
愚痴を呟きながらも別に嫌ではないのは、自分がゴーレムだからだ。
そうでなければ仮想世界で終わりの見えない長時間労働をして、何も思わないはずがない。
『まあ焦っても仕方ないし、気長にやろう』
実際にいつ終わるかも定かではない仕事の山を見ていると、いちいち考える時間があるなら少しずつ片付けていくのが重要な気がする。
『帝国を併合して一年が経つし、そろそろ現実に戻れるでしょ』
私はそんなこと考えながら、情け容赦のない人員整理を行う。
全ては自分が殺されずに、人類を効率良く管理運営するためだ。
旧政権では獣人やエルフなどの異種族は迫害対象だったし、たったの一年で垣根が亡くなるとは思えない。
しかも相手がゴーレムとなると、さらに難易度が上がる。
サンドウ王国のように壊滅状態からの復興ならともかく、帝国は殆ど無傷で残っているのだ。
現時点では目に見える範囲では差別は起きていないし、こっそりやっても監視の目からは逃れられない。
データベースの全国民の犯罪情報は刻一刻と変動して、一定値を越えると逮捕されるので最近は差別に関する事件はかなり少なくなった。
なので日々状況は良くなっているのだが、そうではない領土もあり、私はそれを空中に表示して大きく息を吐く。
『しかし、エルフ連合は陸の孤島すぎるでしょ。
光の女神様の召喚魔法陣があるから、迂闊に手が出せないし』
帝国が支配下に置いていた国々の中で、エルフ連合だけが私の統治を拒んだ。
残りは無条件降伏したし、パトリックとモニカの説得、もしくは便利なマジックアイテムを無料配布すれば二つ返事を受け入れてくれた。
しかし北の大森林を国土に持つエルフ連合だけは最後まで抵抗を諦めずに、いざという時には異世界から魔法使いを呼ぶことをちらつかせている。
『大戦にも来なかったし、皇帝の威光も効果なしかな』
エルフ連合は大戦に参加せずに、自領の守りを固めていた。
元々が文明の利器に頼らない暮らしで、皇帝の威光も届かない森の奥に住んでおり、ケヴィンだけでなく人間族に良い感情も持っていない。
それにオリハルコンゴーレムとは別の召喚魔法陣という切り札を持ち、地の利も得ている。
多少は強気な態度を取っても、許されると考えているようだ。
私としては脅しに屈する気はなく、今のところは魔法使いを呼ぶ気配はないため、帝国の管理運営を優先して放置している。
『しかし、いつまでもエルフ連合を放っておくわけにはいかないしなぁ』
召喚魔法陣を使用すれば、超強力な魔法使いが異世界に来るだけでなく世界中で魔物が活性化する。
そんな危険な代物を使わせるわけにはいかないので、さっさと封印してしまいたい。
だが今は政務で忙しいし、現時点でエルフ連合に動きはない。
なので取りあえず和平の使者を派遣して交渉を進めつつ、国内を安定させることに決めるのだった。
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