第70話 神像vs巨大ロボット
パトリックの説得と証拠映像によって、帝国軍は激しく動揺する。
しかしやがて落ち着きを取り戻し、少しだけ時間が経った。
そして相手に変化が起きたのか、見張り台から監視をしている兵士から連絡が入る。
テントの中でのんびりオレンジジュースを飲んでいた私は、よっこらしょと椅子から立ち上がって、外に向かって歩いて行く。
ちなみにパトリックとモニカは本陣から出ない限りは自由行動を許しており、暇なのか彼らも自分の後を付いてくる。
すぐに外に出たので、私は息を吸って大きな声で叫ぶ。
「フェザー展開!」
戦闘になるので、当然フェザー兵器も多数持ってきている。
テントの外で待機させていたが、一斉に起動して上空へと飛んでいく。
「……あれは?」
空からの監視を行う私だったが、ドラゴンライダー部隊は動いていない。
地上戦力だけが前進しているのだけど、少し気になるモノを見つけた。
そこで他の人にもわかるように空中にウインドウを表示すると、予想通り大いに驚かれる。
「こっ、これが帝国の神像!?」
「初めて見ましたわ!」
パトリックとモニカの二人は名前だけは知っているが、見るのが初めてだったようだ。
それは帝国軍の本陣の中央を悠々と歩く、金色の巨人だった。
細かいところは違うが大体は未来予測の通りではあるけれど、実物を目の前にすると私も少しだけ驚く、
「ミスリルジャイアントと、同程度の大きさですね」
向こうも身長二十メートルほどの巨人だ。
しかし巨大でゴテゴテしたミスリルジャイアントではなく、全体的にのっぺりとしたゴーレムみたいだった。
全身鎧姿になる前の守護騎士を金色にして、大きくしたようだ。
そして現時点では見た目や素材以外の情報は明らかになっておらず、完全に未知の敵である。
私は映像を見ながら思案し、二人に尋ねる。
「確か、素材はオリハルコンでしたね」
「はい、皇帝に代々伝わる守り神です。
全身鎧がオリハルコンで出来ているとは聞いていました」
「でもまさか、あんなに大きいとは思いませんでしたわ」
やはり情報は出てこないようで、素早くオリハルコンを検索して口に出す。
「オリハルコンとは、光の女神様が人間に与えた世界最強の金属。
物理や魔法による攻撃に強い耐性を持つと」
予想はしていたが、厄介この上ない。
もちろん対処法も事前に考えてきたので、ウインドウを切り替えながら説明する。
「神像の活動には膨大な魔力が必要で、私たちのように時間無制限とはいきません」
巨大なオリハルコンゴーレムは、放っておけばすぐにエネルギー切れだ。
なので動けなくなる前に撤退するだろうし、膨大な魔力を回復するには時間がかかる。
そして簡単には再出撃はできないので、攻めるならそのタイミングだろう。
「しかし、切り札を使ったのに動きが鈍いですね」
帝国軍は、ゆっくりと前進する神像の後ろに隠れたまま出てこない。
戦略的には正しくても、勝ち気なケヴィンならイノシシのように突撃してもおかしくなかった。
私がはてと首を傾げていると、パトリックが率直な意見を口にする。
「ノゾミ女王国にも守護神がありますし、警戒しているのかも知れません」
「ありえますね」
ミスリルジャイアントが帝都を襲撃したのは一ヶ月前で、まだあのときの恐怖が残っているかも知れない。
確かに二十メートルの巨人とまともに戦うなど自殺行為だし、それはあちらの神像にも言えることだ。
生身の人間が太刀打ちできるものではない。
正攻法で攻略するには、こちらの最大戦力をぶつけなければ勝ち目はないだろう。
「……ふむ」
私は帝国軍の様子を見ながら、どうやって戦うを思案する。
向こうの神像の魔力が尽きるのを待てば、損害を殆ど出さずに勝つことはできる。
しかしタイムアップによる勝利は、敵が素直に負けを認めるかと言えば絶対にノーだ。
「辛勝ではなく、圧勝が望ましいです。
それに帝国の神像は、今後の統治の邪魔になります」
ノゾミ女王国も帝国の神像には勝てなかったと、そう思われるのは困る。
併合したあとも国民の心に残り、反乱の芽を育てる養分になるからだ。
何をしても勝ち目がないと理解するからこそ、私の統治を素直に受け入れられる。
一般市民はともかく、貴族というのは誇り高く過去の栄光をなかなか捨てられない。
パトリックとモニカは生きるか死ぬかで、帝国の民のことを考えて動いているから良いが、そうでない者もいるのだ。
だがここで帝国の切り札を打ち破れば、ケヴィンの求心力は地に落ちるだろう。
もはや誰も彼の命令は聞かなくなり、あとは煮るなり焼くなり好きにできる。
新皇帝を各国の有力者に認めさせるのも用意になって、併合も楽に行えるはずだ。
しかしそれをするには、一つ大きな問題があった。
「どうやって神像を正攻法で倒すかですが──」
私は足りない頭を捻って考えていると、周囲の者たちが色々なアイデアを出してくれた。
例えば空から遠距離攻撃を連発して倒すとか、関節技をかけて脆い部位から破壊するとか、核を探して抉り出すとか色々だ。
そして敵は防御に極振りしているので、動きは鈍いがそう簡単には倒せない。
(上書きしようにも魔法に耐性があるし、そう簡単には近づかせてくれなさそう)
こっちの手駒にできれば楽勝なのだが、あれだけ大きいと上書きが終わるまで時間がかかりそうだ。
その時間、ずっと近くにいなければいけない。
私は近づいてくる金色の巨人を見ながら、口を開かずに考え込む。
するとフランクが真剣な表情で尋ねてきたので、反射的にそちらに顔を向ける。
「女王陛下、何か作戦は?」
もうあまり時間はなく、この場の皆が私の作戦に耳を傾けている。
なので私はコホンと咳払いをして、女王らしく堂々と答えていく。
「たとえ世界最強の金属でも、それを上回る攻撃を受ければ砕けます!」
実際に何処かのアニメや漫画でも、オリハルコンを闘気や魔法で破壊していた。
この期に及んでサブカルチャーの知識というのは少し情けないが、伝説の金属は完全無効化ではなく強力な耐性を有している。
つまりあくまでもダメージを軽減するだけで、攻撃を続ければいつかは壊すことができるのだ。
「ゆえの光の女神様から授かった金属を、この私が打ち砕いて見せましょう!」
神に挑むなど正気の沙汰ではないが、そのぐらい啖呵を切らないと誰も付いてこない。
そして今はオリハルコンの巨人と共に、帝国軍も少しずつ近づいてきている。
決して速くはないが、そう遠くないうちに戦闘が始まるのは間違いなかった。
ぶっちゃけ帝国を
しかし犠牲や効率、仕事や戦後処理などを考え出すと、途端に難易度が上がるのが辛いところだ。
覚悟など全然できていないが、女王は国民を守るのものだと私はそう思っている。
帝国も近々うちのモノになるのだから、なるべく穏便に終戦したい。
色々思うところはあるが、一応作戦は決まった。
実際は清々しいほどの脳筋ゴリ押しだけど、見ている側には勝敗がとてもわかりやすい。
もしこれで帝国の神像が破壊されたら、この場に居る全員がノゾミ女王国には勝てないと本能で理解できるだろう。
(しかし、やっぱり女王は大変だなぁ)
あれもこれもと色んなことを考えたり実行したりする必要があり、自身を守るためとはいえとても忙しい。
ついでに失敗したら死ぬ可能性があるので、決して手を抜けないのだ。
何にせよ結論は出たので、私は微笑みながらこの場の皆に伝える。
「帝国が、神像を出したのです。
こちらも守護神を出さねば、無作法でしょう」
何処かの漫画っぽい台詞を口にして、私は歩き出した。
ミスリルジャイアントを専用トレーラーに乗せ、本陣に運び込んでいたのだ。
そこまで離れていないのですぐに到着して、兵士に頼んでカバーを外してもらう。
すると、全長二十メートルの巨人が目の前に現れた。
ちなみに今は全身ミスリルの白銀一色で、コックピットに乗り込んで起動すると巨大ロボットっぽいカラーリングになる。
両目まで光ることから、無駄に浪漫を追い求めていた。
思えば転生してからは三大欲求は必須ではなくなったが、サブカルチャーが大好きなのは変わらない。
むしろそっちが生き甲斐になりつつあり、近年開催されるようになった夏と冬の祭典には、正体を隠してこっそり参加している。
そのような事情はともかくとして、私は専用トレーラーの足場を使い、胸のコックピットを目指して転ばないように気をつけて移動する。
さらにパネルを開いて番号を入力し、ロックを解除し開いたハッチを通って搭乗した。
遠隔で起動すればすぐに終わるが、私は一連の手順をやっていて楽しい。
敵が来るまでまだ少し余裕があるので問題はなく、ハッチを閉めて専用座席に体を沈めてシートベルトで固定する。
あとはマニュアル操作で起動シーケンスを進めていくと、全天周囲モニターにシステムがオンラインになって異常なしと表示された。
「ミスリルジャイアント! 出ます!」
ノゾミ女王国の守護神のカラーリングが巨大ロボットっぽく変わり、両目が光る。
そして外部スピーカーで出撃することを伝えると、周囲に集まっていた人たちが安全のために距離を取った。
ゆっくりと体を起こして地面に両足をつけて、直立したあとに空高くに飛び上がる。
帝国のオリハルコンゴーレムとは違い、ミスリルジャイアントは空中戦も可能なのだ。
「見せてもらいますよ! 帝国の切り札の性能とやらを!」
人生で一度は言ってみたい格好良い台詞を口にすると、ゴーレムたちの念話が聞こえてきた。
『燃える展開!』
『これだよ! 顧客が本当に望んでいたものは!』
全チャットでの発言なので私に向けてではないが、皆が大喜びしているのは伝わってくる。
サブカルチャー大好きっ子である自分が、影響を与えているのは間違いない。
けどまあ実害はないので放置で、彼らのことは気にせずに空中でライフルを構える。
そしてノゾミ女王国の本陣を目指し、一直線に歩いて来るオリハルコンゴーレムに狙いを定めた。
「当たれ!」
どうせ一発では仕留めきれないと考えて、三発連続で撃ち込んだ。
機敏に動けるこっちと違って動きは遅く、青白い熱線が全弾命中して小規模な爆発が起きる。
しかし金色の体には傷一つついておらず、ほんの少しよろめいただけで変わらずに平然と歩いていた。
「見たか! これが帝国の誇る守護神だ!
機械仕掛けの偽神の攻撃など! 効くものか!」
風の魔石を使ったのか、ケヴィンの大声が響き渡る。
帝国軍の戦意も高揚しているようで、あちこちで雄叫びが上がっていた。
しかし、この程度で諦める私ではない。
「ならば! これならどうです!」
次はバックパックに収納していたフェザー兵器を展開する。
そして、全方位からオリハルコンゴーレムへの攻撃を開始した。
「フルバースト!」
オリハルコンゴーレムを中心に、小さな爆発が連続して起きる。
後ろを付いてきていた帝国軍も巻き込まれたら危険だと判断したのか、慌てた様子で神像から距離を取った。
だがここで再び、ケヴィンの声が聞こえてくる。
「ふははは! 本物の神の前には、貴様など赤子も同然よ!」
煙が収まったあとにはオリハルコンゴーレムは平然と立っており、小さな爆発は起きても決定打にはならない。
ソードフェザーも掠り傷程度しか与えられずに、魔法に強い耐性を持っているのは本当らしい。
(だけど、無傷じゃない)
どんな金属も攻撃によって多少の損傷を受けるし、オリハルコンも例外ではない。
それでも世界最高の強度と言うだけはあり、そう簡単に破壊できそうになかった。
私は安全な空中に留まりながら、フェザー兵器を回収して魔力を補充する。
そして勝ち誇っているケヴィンの言葉を聞き流しつつ、対抗策を考える。
「さて、どうしたものか」
この状況で倒す手段はいくつかあり、定番は弱点である目を狙うことだ。
視界を奪われるとゴーレムはまともに動くことができなくなるので、あとはまな板の上の鯉状態になる。
(それと指揮官を狙うのも有効だけど、これじゃ圧勝にはならないね)
これではオリハルコンゴーレムを撃破したことにはならないため、ケヴィンを倒すのはなしである。
ついでに神像の魔力切れに同じで、これでは帝国は降伏しても本心では負けを認めていない。
やはり敵国の戦意を挫いで反乱の芽を潰すには、真正面から打ち破るに限る。
「やはり真っ向勝負で勝利する。これですね」
私は風の魔石を解除して地面に降下し、オリハルコンゴーレムの正面に立った。
これ以上前進されるとノゾミ女王国の陣地に到達するため、ここで食い止めなければいけない。
そしてミスリルジャイアントは、巨大ロボットのアニメなら定番のシステムを組み込んでいる。
未来予測によれば、高確率で敵を倒せるのできっと大丈夫だ。
なので私は呼吸を整えてスイッチを押して奥の手を発動し、大きな声で叫ぶ。
「リミッター解除!」
瞬間、ミスリルジャイアントから青く輝く粒子が放出された。
肉眼でも見えるので演出的にとても綺麗ではあるが、実際には限界を越えた魔力を処理しきれずに、過剰分が外に漏れ出ている状況だ。
機体に相当な負荷がかかっているため、あまり長くは保たない。
「これで終わらせます!」
それでも限界以上の力を引き出せるため、リミッターを解除する価値はある。
私はライフルを地面に捨てて、腰から柄を抜いて構えた。
するとビルのような長さの青い魔法剣が瞬時に構築され、まるで何処かのロボットアニメを彷彿とする堂々とした立ち姿だ。
何にせよ長期戦は不利なため、私は勢い良く走り出した。
「速い!?」
ケヴィンが驚きすぎたのか、感想をそのまま口にした。
ちなみに衝撃を緩和したり常に1Gの重力を維持していなければ、私の肉体は悲鳴をあげて失神している。
それほどの速さで駆け抜けて、オリハルコンゴーレムに急接近した。
向こうは防御極振りなのか、相変わらずゆっくりとした動きだ。
なので拳を振り上げて殴りかかろうとしても、避けるのは容易である。
私は限界以上に強化した魔法剣で斬りつけながら、そのままの勢いで横を通り過ぎた。
「手応えあり!」
金属を斬り裂いた感触があったし、そろそろ機体が限界だった。
なので再びリミッターをかけて、粒子放出を停止させる。
乱暴に扱うと整備班が悲鳴をあげるが、今回は仕方がない。
やがてオリハルコンゴーレムが激しく火花を散らせて、大爆発が起きた。
轟音と共に、盛大に土煙が舞う。
幸いなことに両軍は離れていたので、衝撃波に耐えられずに転倒する以外は、大した被害はなかった。
「ばっ、馬鹿な!?
光の女神様から授かった! 伝説のオリハルコンだぞ!」
砂煙が収まったあとには、大きなクレーターが出来ていた。
しかもオリハルコンゴーレムの残骸が散らばっており、勝敗は完全に決したと言っても過言ではない。
動揺するケヴィンに、私は堂々と宣言する。
「私の勝ちです!」
帝国軍は神像の勝利を信じていたが、予想外な結果に言葉を失う。
動きが完全に止まって呆然としていたので、私はここぞとばかりに畳みかける。
「もはや勝敗は決しました! これ以上の抵抗は無意味です!
武器を捨て、今すぐ降伏してください!」
ミスリルジャイアントはリミッターを解除した影響で、機体の各部で火花を散らして不具合が起きている。
ぶっちゃけいつ機能停止してもおかしくはないが、私が水面下で忙しくバイパスを繋ぐことで、何とか壊れずに済んでいた。
「ただし! 無用な殺生は禁じますし、ケヴィン皇帝や将軍たちの首もいりません!」
せっかく血が流れずに済みそうなのに、興醒めするようなことは止めて欲しい。
そして帝国軍の戦意は完全に喪失しているし、もしケヴィンが諦めずに戦いを挑んできても一方的な蹂躙になる。
なので無駄な犠牲を出さないためにも、個人的には全面降伏して欲しいのだった。
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