第69話 スカルド平原の戦い
帝都を襲撃してから一ヶ月が経過し、いよいよ決戦の時が来た。
国境沿いのスカルド平原に集結したのは、約二十万の大軍だ。
守備隊を残しているとはいえ、ノゾミ女王国の現状持てる全兵力を言っても過言ではない。
対する帝国は百万を越える大軍勢で、真正面に陣を張っている。
戦場は見渡す限りの平坦な草地で、遮るものはない。
策略や伏兵を仕掛けるような地形でもないため、小細工無用の真っ向勝負や乱戦になる可能性が高く、兵や将軍や隊長の質が勝敗に大きく影響する。
現在の私は、ノゾミ女王国軍の中央に位置する本陣に居た。
王族用のテントの中で椅子に座り、自分の隣でガチガチに緊張している次期皇帝に声をかける。
「パトリック、準備は良いですか?」
「ええと、女王陛下! ほっ、本当に僕なんかが皇帝で良いのでしょうか!?」
彼は皇帝に相応しい立派な衣服を着用している。
多分だがケヴィンが着ているものより高級で良く似合っているが、緊張で動きがぎこちなかった。
すると長女のモニカが、彼を励ますようにおもむろに声をかける。
「パトリック、所詮はお飾りの皇帝ですわ。
開戦したあとは、女王陛下が上手くやってくれますわよ」
長女も女帝に相応しい衣服を着ているが、こっちは緊張とは無縁だ。
精神耐性はなさそうなのに、ハーフエルフのモニカは大した肝っ玉に思えた。
「貴女は緊張しないのですか?」
「私は皇帝ではありませんし、戦争の勝者は女王陛下に決まっていますわ」
大した自信だとは思うが、私は百パーセント勝てるとは思っていない。
なので、そのことを彼女に告げる。
「まだわかりませんよ。何しろ帝国には、神像があるのですから」
「確かに、世の中に絶対はありませんわ。ですが──」
そう言ってモニカは、とても良い笑顔を浮かべる。
続いて私を真っ直ぐに見つめて、おかしそうに語りかけてくる。
「私はこの一ヶ月、女王陛下を観察してきましたわ」
テント内には、他に大勢の将兵も揃っている。
皆は口には出さないが、モニカの次の言葉が気になっているのか黙ったままだ。
「その結果わかったのは、帝国は最初から勝ち目がないことですわ」
自信満々に断言する彼女は、さらに続きを口に出していく。
「どれだけ帝国が知略を巡らせても、必ず女王陛下はその上をいきますわ!」
さらには、モニカはビシッと私を指差した。
「帝国の攻撃や陣形は、瞬時に対策されて崩壊しますわ!
切り札である神像も、最初は通用するかも知れません!
しかし! 次は必ず失敗すると断言しますわ!」
彼女の言葉を聞いて、私は少しだけ考える。
私は戦場の様子をリアルタイムで観測して瞬時に指示を出せるので、帝国の作戦や陣形を切り崩すのも容易だ。
神像に関してもある程度の予測はできており、あとは現物を見なければ何とも言えないが対応は可能だろう。
そして時間が経つほど情報が集まるので未来も読みやすくなるため、同じ手は二度は通じない。
私の返答がないのを良いことに、モニカはさらに言葉を続ける。
「いくら五倍の兵力だろうと、技術力はノゾミ女王国が圧倒的に有利ですわ!
一人で複数人を相手取るぐらい、女王陛下なら余裕ですわよね!」
「ええまあ、一般兵なら私だけでも倒しきれるでしょう」
強力な武器や防具を装備していない限りは、フェザー兵器で十分に対応できる。
ただ流石に大軍で来られたら厳しいので、シールドに乗って空から一方的に攻撃することになるため、国民から女王陛下に戦い方じゃないよと言われそうだ。
それにノゾミ女王国の兵士は全員がマジックアイテム持ちなので、複数人を相手にするのも十分に可能である。
モニカはこの一ヶ月で良く調べたものだと、私はとても感心した。
「凄いですね。モニカは軍師や将軍の才能があるかも知れませんよ」
「私は今の気楽な生活が良いですわ。
そんな危険な役職に就きたくないので、遠慮しますわ」
私も女王を成り行きでやっているだけで、状況が許せば普通の女の子として生きていきたい。
なのでこの後は悠々自適な暮らしが約束されているモニカを羨ましく思い、表情には出さないが内心で大きく息を吐いた。
そして話を元に戻そうと、コホンと咳払いをする。
「スカルド平野の戦いに勝てれば良いですが、負けても別に構いません。
帝国の切り札を明らかにし、対策を講じるための一戦なのです」
伝説の魔法使いが呼び出された気配はないので、帝国の切り札は神像だけだ。
効果を予想する限り、撤退するノゾミ女王国軍を追ってこれるモノではない。
「そしてノゾミ女王国が帝国を
帝国がこの先も血塗られた歴史を歩むぐらいなら、一度滅ぼして併合してやるのだ。
彼の国はノゾミ女王国と敵対しているし、向こうもやる気満々なのでちょうどいい。
話し合いで仲良くする時期はとっくに過ぎており、もはや殺るか殺られるかである。
それにモニカとパトリックは、これからの帝国を見据えていた。
「では、お願いしますね」
私がパトリックに声をかけると、彼は緊張が解けたのか真面目な顔で頷いた。
「はい、それが一番帝国のためになるでしょう。
血塗られた歴史に幕を下ろして、平和な時代を迎えるのは最後の皇帝である僕の役目です」
パトリックが椅子から立ち上がって、テントの外に向かう。
私たちもあとに続き、陣地内の広場まで移動する。
事前に段取りを行っていて、幸い今日は晴天だ。
マジックアイテムの投影機も問題なく使用でき、専門の技術者が念入りに調整を行う。
「女王陛下、整備が完了しました」
「ありがとうございます。では、パトリック。頼みますね」
私がパトリックに声をかけて、モニカも連れて部隊の上に立つ。
そして三人の立ち位置にも気をつけ、準備が整ったら技術者がマジックアイテムを起動した。
駆動音と同時に戦場の中央に巨大な幻影が現れ、すぐ近くには私とモニカも映し出される。
「皆さん! 僕はケヴィン皇帝の弟! パトリックです!
どうか話を聞いてください!」
ノゾミ女王国軍は、事前に伝えてあるので動揺はしない。
しかし、帝国軍は大いに戸惑っているようだ。
次にパトリックは懐から一枚の手紙を取り出し、皆に良く見えるように堂々と広げた。
「これは女王陛下に託された、父さんの遺言状です!」
帝国軍の動揺はますます広がり、ケヴィンや各国の将軍が大声を張り上げて混乱を静めていた。
しかし、パトリックは止まらない。
「父さんは、兄さんに殺されました!
さらにあろうことか! 女王陛下に濡れ衣を着せたのです!」
私は帝都で起きた事件の映像で流して、帝国軍の混乱を加速させる。
所々わかりやすくするために編集してあるが、殆ど事実で問題はないだろう。
「僕たちがあのまま帝国に留まっていたら、兄さんに殺されていたでしょう!
女王陛下は、それを助けてくれたのです!」
もはやケヴィンや将軍たちでも帝国軍の混乱を収拾するのは難しいようで、先程からざわめきが止まらない。
「本当に討たれるべきは、父さんを暗殺したケヴィン皇帝と、その一味なのです!
女王陛下は正義を成すために、帝国と戦う覚悟を決めました!」
ぶっちゃけ遺言状や二人は大義名分を得るために利用しただけで、帝国を壊滅させたほうが統治が楽で、無駄な犠牲や仕事が減るからだ。
自分勝手な理由で人類を管理運営しようとしている私が正義だとは、これっぽっちも思っていない。
「僕たちは女王陛下に協力し、帝国を取り戻します!
たとえ、兄さんと戦うことになってもです!」
しかし帝国が権力争いで身内同士で殺し合うように、いつ私を亡き者にしようとする輩が出ないとも限らない。
なので自分は人類を管理運営して、裏切らない安心感を得たいのだ。
「女王陛下は優しく! 寛大な御方です!
今降伏すれば、兄さんに味方した罪は許されるでしょう!」
今パトリックが言った言葉は、ノゾミ女王国への併合を受け入れればという条件がつく。
「皆さんが賢明な判断をしてくれることを、願っています!」
予行演習通りにいったので、私は技術者に指示して投影機を消させる。
そして自らの役目を果たして一息つくパトリックに、お疲れ様と労いの言葉をかけた。
ちなみにスカルド平野には、帝国の有力者が揃っている。
個人的には、ここで戦わずに内部崩壊してくれても全然構わない。
戦う意志があるのに降伏するのが問題であって、自分から負けました宣言して統治を受け入れるのはセーフなのだ。
ケヴィンが用意した切り札と戦わずに済むし、私の仕事も減るので良いことである。
問題は帝国側が意思決定するまで時間がかかることで、自分の場合は思考加速で現実では一瞬で終わるが、人類はそうはいかない。
なので一度テントに戻り、帝国軍の混乱が収まって再び動き出すまで、しばらく様子を見るのだった。
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