第68話 選択
本国に帰ってきた私たちは、王都の中庭に降下してモニカとパトリックを解放した。
道中で事の顛末は説明したし、監視と護衛はつけている。
そして二人を少しだけ休ませたあとに、謁見の間に呼んで前皇帝の遺書を見せる。
「間違いない! 父さんの遺書だ!」
「全くあのクソ兄は! 頭まで筋肉にできてるのかしら!」
私は玉座に腰かけて二人の様子を観察するが、次男はともかくハーフエルフの長女はデータベースの情報とは差異があり、感情の波が激しくて口が悪いようだ。
とにかく証拠品を見せたあとは、コホンと咳払いをして続きを話す。
「貴方たちの立場や今後については、理解いただけましたか?」
「はい、大変よくわかりました」
「まだ少し混乱してますけど。一応は」
二人にはまだ緊張や戸惑いはあっても、取りあえず現状認識は問題ないようだ。
ならばと、玉座にもたれて柔らかいクッションに小さなお尻を沈めて息を吐く。
「貴方たちには二つの道があります」
謁見の間には大勢の臣下や兵士が集まっており、二人は完全にアウェイだ。
そのため生殺与奪の権利を握られているに等しく、利用価値があるうちは殺されないとわかっていても冷や汗をかく。
しかし今は私の言葉を黙って聞くしかないので、口を閉ざしたまま耳を澄ませている。
「一つはケヴィンから帝国を取り戻すために、ノゾミ女王国に協力すること」
私としては二人のどちらかを時期皇帝にして、ケヴィンを倒したあとの
これから起きる戦争の正当性を主張することもできるし、モニカとパトリックも当然それは予想していたので動揺はなかった。
「もう一つは私への協力を拒み、帝国に帰ることです」
この発言を聞いた二人は驚きの表情に変わる。
そして、モニカが興奮気味に質問してきた。
「帝国に帰れるんですの!?」
「はい、とは言っても国境沿いの街までですが」
帝国とは開戦待ったなしの緊張状態なので、国境沿いには互いに続々と兵士が集められている。
なので相手の領土に踏み込むことはできず、二人を送れるのは交易都市までだ。
しかし彼らが無事に帰れるかどうかはケヴィン次第なことを思い出したのか、パトリックが慌てて止める。
「姉さん! 僕たちが帝国に帰ったら、間違いなく兄さんに殺されるよ!」
「そっ、それもそうですわね!」
次男は冷静に状況を分析しているようだ。
けれど姉の方はあまり考えずに感情で動くタイプなため、うっかりやらかしそうだなと思った。
「他の選択はありませんの?」
ついでに、なかなか図太いようだ。
先程は選択肢は二つと言ったのに、完全にアウェイの状況下でさらに情報を引き出そうとする。
しかし別に彼らを殺す気などないし、私は少し考えておもむろに口を開く。
「旗頭は片方で構いませんので、選ばれなかったほうは少しだけ責務が楽になりますね」
やはり二択以外は提示できないため、もう少しだけ詳しく説明した。
するとモニカは何やら考え込んで、パトリックに顔を向ける。
「パトリック、貴方が旗頭をやりなさいな」
「ええっ! 僕がぁ!?」
突然指名されたパトリックは、大いに戸惑っているようだ。
年功序列ならモニカが皇帝になるのだが、彼女は何処吹く風で気楽なものである。
「私より貴方のほうが、人望がありますわ。
それに帝国はもう──」
次に彼女は何か言おうとしたが、私を真っ直ぐに見つめる。
ならば輸送機での移動中に説明したけれど、もう一度はっきりと口に出す。
「帝国はノゾミ女王国に
この決定が覆ることは、絶対にありません」
もはや帝国との全面戦争は避けられないし、双方の最高統治者が話し合いでの決着を望んでいない。
どちらかが負けを認めて降伏するまで、殴り合いは続くのだ。
そしてモニカとパトリックは、ノゾミ女王国に協力して生き延びるか、拒否して自国に帰って殺されるかしか選べない。
二人は向かい合ってあれこれ話していたが、やがて結論が出たようだ。
まずは次男が堂々と頭を下げて、私に話しかける。
「わかりました。女王陛下に協力します」
「私は皇帝にはなりませんけど、パトリックと同じですわ」
長女のほうは操り人形にはなりたくないのか、本当に帝位に興味がないのかはわからない。
けれど二人とも、ノゾミ女王国のために働いてくれることはわかった。
なので私はようやく彼らを連れてきた目的が果たせたと、満足そうに頷く。
それからモニカとパトリックに今後について説明していると、長女が気になることがあるのか話題を変えてきた。
「しかし私が言うのもなんでけど、良くノゾミ女王国は崩壊せずに成り立ってますわね」
「唐突ですね」
「ごめんなさい。どうしても気になったもので」
普通なら、最高統治者が一人で国を管理運営するなど不可能だ。
仕事を処理しきれないうえに反感を買って、あっという間に崩壊するのが目に見えている。
しかし私は思考加速や未来予測という、神様から授かった能力が会った。
厄介事の芽は育つ前に摘み取るし、より良い結果になるように人々を導くことができる。
そのことを二人に伝えると、感心したように口を開いた。
「まさに神の御業で、絶対に間違えない最高統治者ですわね」
モニカが真面目な顔で言い切った。
しかし私は微笑みながら、すぐに首を横に振る。
「私は神様ではありません。
それに今も、間違えてばかりですよ」
これは帝国でも言ったことなので、今さら説明をする気はない。
とにかく二人は、ノゾミ女王国に協力することを選択したのだ。
外国の要人を形式通りに出迎えるのは終わりで、私が女王らしく喋るのは変わらないが、ほんの少しだけ対応を柔らかくするのだった。
二人の協力を得た私は、正式に宣戦布告を出した。
そして帝国との戦争に備えるのだが、やることは軍備の拡張が増えたぐらいだ。
政務が少し忙しくなった程度なら大したことではなく、一ヶ月後に国境沿いのスカルド平原に全軍集結できれば良い。
なので各領に通達を出して同時並行で進めていくが、帝国と仲良くしようとしたら全面戦争に突入したため、またもや鎖国状態に突入して周辺諸国を締め出した。
妨害目的か他国からの抗議や意見は頻繁に来るが、今は時期が悪いといつものように突っぱねる。
帝国の問題が片付くまでは三大国家の聖国だろうが、まともに相手をするつもりはない。
交易都市に在住している外交官の胃がやられそうではあるけれど、殆ど門前払いで仕事そのものは減らしているので、何とか頑張ってもらいたい。
ちなみに帝国に渡したマジックアイテムは、分解や解析を行おうとしたので全てを土塊に変わってしまった。
少しでもこちらの機密情報を知ろうとしたのだろうが、それをさせるわけにはいかない。
モニカとパトリックも神像のことは知らないらしく、帝国の切り札はわからないままだ。
けれどそれ以外のことは大体把握したので、あとはそれを使って未来予測を組み立てていけば良い。
あとは高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処すれば何とかなる。
いつものような考えなしの勢い任せではあるが、帝国との戦争準備を進めるのだった。
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