第67話 強奪
流石に雲の上までは防衛線が敷かれていないようで、帝都まではすんなり来られた。
しかし時間をかければ敵に発見される可能性が高まるため、任務は速やかに遂行しなければいけない。
友好の証として提供した残り少ないマジックアイテムを通じて、帝国の情報を秘密裏に得ている。
さらにうちの国民になったボビーからも、敵国の内情を色々と聞いていた。
私はミスリルジャイアントに搭乗して上空に待機し、全天周囲モニターで帝都の様子を観察する。
そして輸送機のスピーカーに繋いで。声を届ける。
「皇帝の国葬はまだ終わっていないようですね」
すると間を空けずに、隊長のフランクが返事をした。
「しかし皇帝の棺が墓地に埋められているため、終わりも近いかと。
関係者が一箇所に固まっている今が絶好の機会ですが、時間はあまり残されていません」
国葬が終われば目標の二人は解散して城に戻り、時間が経てば雲の上とはいえ私たちが見つかる可能性も高くなる。
「そうですね。とにかく急ぎましょう」
フランクの言う通り時間がないのは事実なので、私は大勢の人々をデータベースで照合してモニカとパトリックを探す。
当然のように思考加速を使っているので、現実ではあっという間にに見つけたように思うだろう。
「目標を発見。情報を送ります」
「確認しました。モニカ様とパトリック様で間違いありません」
念のために戦闘には参加しないがボビーも連れてきており、彼が間違いないと判断した。
輸送機のモニターには、二人の位置と容姿がはっきりと表示されている。
近くにケヴィンも居るので、皇族は一箇所に集まっているのかも知れない。
喪服とはいえ他の者たちと比べて身なりが立派なので、他の市民と違ってわかりやすいのは良いことだ。
そして私は、実行前に最終確認を行う。
「私たちの目的は、モニカとパトリックの救出と亡命です。
ケヴィンを倒したり、帝国を占領することではありません」
今の帝国はケヴィンが皇帝を継承したが、いつ内乱が起きてもおかしくないほど不安定になっている。
そして彼を最高統治者から引きずり下ろして私が後を継ぐのは簡単だが、これまで抑圧されていた支配国が黙っていない。
なので私にとって終わりが見えないモグラ叩きをするハメになり、サンドウ王国を併合して復興した時と同じように、多忙な日々を過ごすことになる。
正直、二年では終わる気がしないし、そんな面倒なことはやりたくない。
「帝国は正々堂々叩きのめし、逆らっても無駄だと理解させて
ゆえにケヴィンにはまだ、旗頭になるという重要な役目が残っているのです」
彼には帝国が分裂しないように、支配下の国々の手綱を握ってもらわないといけない。
そしてノゾミ女王国と真正面から戦うために、自ら指揮を取るのだ
向こうも侵略戦争を望んでいるので、願ったり叶ったりと言える。
そのためにも、皆にはもう一度はっきり伝えておく。
「重要な作戦ですが、各々の命が最優先です。
必ず生きて返ってきてください」
あまり長々と喋っている時間はないので、私は頃合いを見計らって号令を出す。
「作戦開始です! モニカとパトリックを確保します!」
「「「了解!!! 女王陛下のために!!!」」」
いつの間にか、忠誠心がとんでもなく上がっていたようだ。
危険がある軍部に入っていれば心の拠り所とか、そういうのが欲しくなるのもわかる。
(私にその価値があるかはともかく、やる気があるのは良いことだね)
若干引き気味だが、取りあえず目標に向かってミスリルジャイアントを降下させた。
雲の上から現れた二十メートルの巨人と輸送機を見て、帝都の民衆が大いに混乱して慌てふためく。
しかしそんな状況で、ノゾミ女王国のことを知っているケヴィンは冊子がついたようだ。
「ええい! 偉大なる前皇帝の国葬を邪魔する不届き者が!」
彼は大声を出すだけでなく、周りの兵士に指示を出す。
空から近づいてくる巨人に剣や槍を向けて魔法や矢を放とうとするので、その前に外部スピーカーから大きな声を出した。
「国葬を邪魔するつもりはありません。
用事が済み次第、すぐに帰らせてもらいます」
「用事だと!?」
帝都中に声を届けた私は、慌てて逃げ出して無人になった広場に巨人を降下させて、両足でしっかり地面を踏みしめる。
「モニカとパトリックの二人を、ノゾミ女王国に招待します」
「馬鹿な! そんな勝手が許されるものか!」
当たり前だがケヴィンだけでなく帝国にとっても、ノゾミ女王国に連れて行かれたら困る。
なので反対するのも当然ではあるが、こちらも引く気はないのだ。
「貴方には聞いていません」
私は威圧するために、ミスリルジャイアントで彼に向けて足踏みする。
地面が大きく揺れてケヴィンは尻餅をつき、ガタガタと膝が震えて青い顔になった。
そのような醜態はともかく、私は再度二人に尋ねる。
「それで、招待を受けてくれますか?」
二人は少し離れていたので無事だが、あまりの急展開についていけないようだ。
明らかに戸惑っているけれど、頭の回転が速いパトリックは何かに気づいたらしい。
勇気を振り絞り、一歩前に出て大声を出す。
「僕はノゾミ女王国に行きます!」
「待て! パトリック! あの女の誘いを受けるだと!?
正気か! 奴は皇帝を! 親父を殺したんだぞ!」
慌ててケヴィンがパトリックを止めようとするが、次男は真面目な表情で首を横に振る。
「ごめん、兄さん。
僕は女王陛下が、父さんを殺したとは思えない」
「パトリック!」
ここで彼は、さらに彼は言葉を続ける。
「それに僕たちがノゾミ女王国に行かなければ、帝都が戦場になって大勢の国民が犠牲になると思うんだ」
別に帝都で戦うつもりはないのだが、そう言っておけばノゾミ女王国に行く言い訳になる。
私は賢い次男だなと思いつつ、返事が聞けたのでミスリルジャイアントをしゃがませて、パトリックに向けてゆっくりと手を伸ばす。
(足が震えてるし、まあそうなるよね)
彼は足が震えるだけでなく顔色も少し悪いことから、私を信じきれていないようだ。
けれど残っても殺されるだけだと理解しているようで、周りの静止を振り切って一歩ずつ前に進んでいる。
そもそも不幸な事故が都合良く起きては皇家の者が亡くなるという、血塗られた歴史をこの目で見てきたのだ。
兄が皇帝になっても安全とは言えず、自身の死に怯える日々を過ごすことになる。
皇家に生まれた者なら身に染みてわかっているし、帝国に留まるより他国のほうがまだマシという心理も理解できた。
そこで私は次に、目的のもう一人である長女に声をかける。
「貴女はどうですか? モニカ」
すると彼女はビクッと身を震わせて、全長二十メートルの巨人を怯えながら見つめる。
「わっ、私は──」
「そいつの言葉を聞くな! モニカ!」
モニカの意見を聞く前に、ケヴィンが怒りながら大声を出す。
そして巨人の周りに、大勢の兵士が集まってきた。
どうやら時間切れになったのだと理解した私は、彼女に向かって素早く手を伸ばす。
「手荒で申し訳ありません。しかし、貴女にもご同行を願います」
「えっ? きゃあっ!?」
パトリックは自らの意思で手のひらの上に乗った。
しかしモニカは強引に腕を伸ばし、むんずと掴んだ。
当然のようにパニックになって、力加減には気をつけて潰さないようにしているのだが、何とか脱出しようともがいている。
「助けてっ!」
「モニカ! パトリック!」
私は二人を確保したので、ゆっくりと立ち上がらせる。
そしてケヴィンとは言うと激高しているように見えて、実は案外冷静で兵士に指示を出していた。
今の光景は、どう考えても自分が悪役で間違いない。
正義は皇帝にあるが、そんなことは今は重要ではなかった。
上空の輸送機に指示を出すと、こっちに向かって真っ直ぐ降下してくる。
「ええい! とにかく巨人を攻撃しろ! 奴を倒せ!」
「しかし! そんなことをすれば、お二人の身が危険に!」
力加減を誤れば、人間の体ぐらい容易く握り潰してしまえる。
ついでに高所から落ちても死ぬので、帝国の兵士はそのことが良くわかっていた。
しかしこの程度でケヴィンが止まるはずはなく、大きな声で命令を出す。
「モニカもパトリックも覚悟の上だ!
それに帝国のための犠牲なら、むしろ本望だろう!」
実の兄の余りにも非情な言葉を聞かされ、モニカはまるで冷水をぶっかけられたように冷静さを取り戻し、今度は逆に怒り出した。
ついでに弟も今の発言は異議ありのようで、身の危険を感じて必死に止めようとしている。
「そんなわけあるか! この薄情者がぁ!」
「止めて! 兄さん!」
しかし一度は難色を示した兵士たちだが、やはり皇帝の命令には逆らえない。
巨人を取り囲んで戸惑う彼らに向けて、ケヴィンが大声をあげる。
「全軍突撃だ! 二人の命を無駄にしないためにも、悪の巨人を倒すのだ!」
周りを囲んでいる兵士たちが、剣や槍を振り上げて一斉に突撃してきた。
そして遠距離からも、矢や魔法が次々と放たれる。
ミスリルジャイアントの両手は完全に塞がっていて、人間を掴んでいるので激しく動くのは不味い。
つまりこの状態では回避や防御もままならないため、私は大きな声で叫ぶ。
「シールドフェザー!」
バックパックに積んでいたフェザー兵器を展開し、巨人の周囲に青白い盾を展開する。
帝国兵の遠距離攻撃を次々と当たり、激しい爆発や矢の雨を弾く音が響く。
私が搭乗している限り、魔力が尽きることはない。
近接戦闘を挑もうにも先に進めずに立ち往生しているため、戦場は一瞬にして硬直状態になる。
やがて輸送機がかなり近くまで降下してきて、フランクたちが大声をあげて飛び降りてくる。
「女王陛下を援護するぞ!」
「おうよ!」
彼らは風の魔石で落下の勢いを落として、次々と地面に降り立つ。
そしてシールドフェザーの外で立ち往生している敵に、一斉に襲いかかる。
さらに守護騎士も飛行ユニットから飛び降り、盛大に土埃を巻き上げた。
分離したマジックアイテムは、私が遠隔操縦をするので問題ない。
「彼らが時間を稼いでくれている間に、お早く」
私はミスリルジャイアントの手を上げて、輸送機のハッチに二人を誘導した。
だがしかし、高所で不安定な足場だ。
モニカとパトリックはその場から一歩も動けず、万が一にも落っことしたら大変である。
ゆえに地上に立ったままの受け渡しになり、輸送機に残っている精鋭部隊が丁重に運ぶのを見届けた私は、作戦が成功してホッと一安心した。
「さて、あとは撤退するだけですね」
いつの間にか、私の周りは大乱戦になっていた。
精鋭部隊は圧倒的な数の不利を装備で補っていて、敵は押し切れずに拮抗状態になっている。
守護騎士だけは別格で他を圧倒しているものの、次から次へと増援がやって来てキリがない。
おまけにレーダーに反応があり、空からも猛スピードで近づいてくる。
私はそちらに視線を向けると、ワイバーンの姿を確認した。
「ドラゴンライダー部隊も来ましたか」
相手を殺さないパラライズモードで戦うのは、そろそろ限界だ。
なので頃合いを見計らって、大声で指示を出した。
「目的は果たしました! 全員撤退!」
「「「了解!!!」」」
上空で待機させていたミスリルゴーレムの飛行ユニットを遠隔操作し、部隊を速やかに回収する。
全身が金属で、身長五メートルのゴーレムの移動手段だ。追加で人間が数名乗るぐらい平気である。
ただし本来の乗り方ではないので、あまり乱暴な運転すると落っことしてしまう。
何にせよ、もはや地上に留まる必要はない。
一般兵士の攻撃なら、シールドフェザーで問題なく防げるのだ。
その間に輸送機にゴーレム以外を全員乗せて、帝都からの撤退を開始する。
「用事が済みましたので、私たちはこれで失礼します」
「待て! 逃げるな卑怯者!」
たとえドラゴンライダーに追跡されても、ミスリルジャイアントと輸送機には追いつけない。
キャンピングカーやバスと違って、最初から空を高速で飛ぶために製造されたからだ。
なのでわざわざ撃ち落とすまでもなく、本国まで安全に戻れる。
もちろん家に帰るまでが遠足と言うように、決して油断できないがほぼ成功と言っても過言ではない。
私は次の段階に進むために、外部スピーカーを使って堂々と発言する。
「逃げませんよ。本国に帰って戦争の準備をするだけです」
「なっ、なんだと!?」
帝国の誇る飛竜部隊がかなり近づいてきたので、あまり長く話している時間はない。
そのために手短に伝える。
「一ヶ月後のスカルド平原で、決着をつけましょう」
返事を聞く前に、私たちは大空に飛び上がってノゾミ女王国に向かう。
もう少し留まっていたらワイバーンの火球で攻撃されていたし、ケヴィンの性格なら確実に応じるだろう。
しかし今さらながら一ヶ月の猶予を与えたことに、少しだけ後悔している。
理由は帝国には召喚魔法陣があるからで、何処にあるか大体わかるか確定情報はまだなかった。
だがサンドウ王国と同系統なら、今から準備をしても時間が足りないはずだ。
(問題は、もう一つの切り札のほうだけど)
コックピット内で思案するが、これに関してはまだ情報がない。
神像と呼ばれる兵器で代々の皇帝や一族のみに伝えられてきたらしく、帝国の最高機密だ。
マジックアイテムの監視にも引っかからないため、現時点では戦場で対峙するか直前にならないと判明しないだろう。
(亡命した二人が知っていればいいけど)
もし知らなくても、私は元々行き当たりばったりで行動してきた。
どれだけ人生経験を積んでも根っこの性格は変わらず、賢くなったりもしない。
なのでその時はその時に考えれば良いやと割り切り、ドラゴンライダー部隊を撒いてノゾミ女王国に悠々と帰還するのだった。
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