第65話 次期皇帝ケヴィン

<次期皇帝ケヴィン>

 突然だが、俺の親父が暗殺された。

 その際に、疑うことを知らない長女のモニカとお優しい次男のパトリックは、到着したばかりのノゾミ女王が犯人だと信じている。


 ちなみに噂を広めたのと殺したのはこの俺で、そこに至った原因は親父が次期皇帝について彼女に意見を求めたからだ。


 未来予測などという怪しげな能力で親父は騙せても、自分だけは嘘だと見破っていた。

 ただ帝国に多くの密偵を潜り込ませて情報を集めていただけで、あのぐらいの芸当は誰でもできる。


 もちろん警戒厳重な城にまで潜り込み、親父や重臣たちしか知らない後継者問題を看破したのは、見事としか言いようがなかった。


 しかし、決して不可能ではない。

 周辺諸国も同じこと仕掛けてきて密偵が逮捕されている以上、ノゾミ女王国の手の者も必ず入り込んでいるはずだ。

 ただし現時点では人物の特定どころか痕跡すら見つかっていないので、余程の腕利きが潜んでいるのは間違いないのだった。




 そんな状況下で俺はと言うと、人払いをして結界を張った自室で政務をしていた。

 さらに軍部の将軍を呼び、今後の計画について話し合う。

 この部屋の防音は完璧で誰にも聞かれる心配はないので、椅子に座って大きな声で叫んだ。


「俺は皇帝になる!

 そして! 必ずノゾミ女王国を滅ぼすのだ!」

「その通りでございます! 貴方様の御父上は、優しすぎたのです!」


 将軍が同意を示すのは、俺と同じでノゾミ女王国を驚異と感じているからだ。

 帝国は広大な版図を保有しているが、隙あらば下剋上を企む者ばかりでいつ内乱が起きてもおかしくない。

 既に後継者問題で三勢力に分かれていて、水面下では熾烈な権力争いが起きていた。


 しかもあの女王は帝国の弱点を知っており、それを餌に親父に取り入ろうとしたのだ。

 助言の際に何を要求するかは不明だが、完全に彼女に主導権を握られていた。

 あの女に機密情報を与えれば、これ幸いと我が国に侵攻してくるに決まっている。


「親父だけでなく、モニカとパトリックもあの女には勝てん!」

「話術では勝ち目はありません。帝国を食い物にするに違いないでしょう」


 俺以外の後継者は、他者を信じたり優しいのは美点ではある。

 しかし、それだけではノゾミ女王には勝てないのだ。


「各町村で怪我人や病人を癒やしたのは、民衆を味方につけるためだろう!」


 さらに彼女は城門の前で幻惑魔法を使い、大勢の人々の心を掴んだ。

 幸いなことに軍部の連中は俺の派閥に入っているので、このままでは帝国が乗っ取られると危機感を持ってくれた。


 その結果行われたのが、皇帝である親父の暗殺だ。

 密かに手紙をノゾミ女王に届けようとしたことも掴んでおり、内容まではわからないがこれ幸いと利用させてもらった。


 外交官のボビーが敵国と通じている証拠を押さえて、ついでに奴らを一網打尽にしようと計画したのだ。

 死人に口なしで罪状はどうとでもなる。


 白銀の巨人の戦闘能力が予想よりも高かったので部隊を再編成し、ドラゴンライダーまで出動を要請することになったが、それでも逃がすよりはマシだ。


 しかし奴はこちらの上を行き、帝国から脱出してしまった。

 そのことを思い出して、怒りのあまり俺は机を叩く。


「まさかドラゴンライダーの追跡を振り切るとは!」

「申し訳ございません!」

「良い! お前のせいではない! 敵が一枚上手だっただけよ!」


 ノゾミ女王が立て籠もる宿泊施設を包囲したまでは良かった。

 しかし逃げ場をなくして突入という段階で、空を飛ぶ乗り物で逃げられる。

 まさかあれ程の高度でも飛行が可能だったとは、油断した。


 だが念のためにドラゴンライダーを出撃させていたので、すぐに追跡にかかる。

 皇帝の崩御で混乱していたので五人だけだが、元々少数精鋭の部隊だ。


 十分に仕留めきれると判断したものの、追跡を振り切って逃げられてしまった。

 敵の遠距離攻撃を受けて三人が痺れて地面に落下し、ワイバーンと騎手の両方が大怪我を負う。


 しかし幸い魔法の威力は大したことなく、向こうも命からがら逃亡するのが精一杯だったようだ。

 この程度の戦力なら十分に勝ち目はあるし、任務は果たせなかったが全員無事で良かったと割り切るべきだろう。


「しかし、やはり一筋縄ではいかんな」


 俺は自室に飾ってあるマジックアイテムの湯沸かしポットを眺める。

 兵力はともかく技術力は帝国よりも上なのは間違いなく、威力は低いが遠距離攻撃が可能な道具があるのは脅威だ。


 流石にそんなものを多数保有はしていないだろうが、一応は警戒しておくべきだろう。


 そして大きく息を吐き、将軍に視線を向ける。


「皇帝の遺言状を用意した今、正当性はこちらにある」

「その通りでございます」


 ノゾミ女王が保有する帝国の手紙の内容は不明だが、俺が遺言状と言えば帝国の民衆にとってはそれが事実になる。


 つまり俺が後継者として指名され、皇帝になるのは確定だ。


「しかし二人を生かしておけば、帝国が割れるだろう」


 有力な後継者候補である二人を残しておくのは好ましくないため、俺は軍部関係者と秘密裏に話し合った。


「これも全ては帝国のためだ」

「弱き国は滅び、強き国が繁栄するのが世の常でございます」


 将軍もそう言ってくれるが、まだ親父の国葬は終わっていない。

 このタイミングで後継者候補の二人も相次いで死ねば、残った俺に疑いの目が向けられるのは避けられなかった。


 なので情勢が落ち着いてから地方に飛ばして、途中で野盗に襲われるか誘拐されるかして、秘密裏に処分するつもりだ。


 自分と比べれば二人の派閥は小さいが、それでも新たな皇帝として担ぎ上げない奴らが出ないとも限らない。


「しかし、この俺が皇帝とはな」


 まさか自分が継ぐことになるとは思いもしなかったし、軍部に命じて他の兄弟を暗殺して、とうとう親父まで手にかけたのだ。


 全ては帝国のためという大義名分があるが、いざ自分の目の前に皇帝の椅子が置かれると、得も言われぬ高揚感を覚える。


「ケヴィン皇帝陛下、おめでとうございます」

「ああ、お前たちのおかげだ。今後ともよろしく頼む」


 皇家に生まれた者ならば、誰もが一度は夢見るものだ。

 それこそ家族を手にかけたとしても、皇帝の椅子はそれだけ多くの人を惹きつけ狂わせる。

 俺も将軍に祝福されて気分が良いし、このまま次の計画について話し合う。


「まずは親父の国葬を終わらせ、邪魔者を一掃する!

 せいぜい利用させてもらうぞ! 親父よ!」


 死体は喋らず黙ったままなので、で都合良く脚色できて民衆を手のひらの上で踊らせられる。

 さらに皇帝は支配下にある国々に、堂々と命令を出すことができるのだ。


「そしてノゾミ女王国を滅ぼしてくれる!」


 技術力の高さは侮れないし、魔物の大侵攻を退けた聖女の噂もある。

 しかしノゾミ女王国を追放された者たちから話を聞くと、王都の殆どは更地になって城壁も崩れているらしい。


 つまり大勢の犠牲を出して、ようやく掴み取った平和だ。

 鎖国して交易都市しか入れないのは、疲弊し未だに万全でないことを知られたら、間違いなく侵略されるからに違いない。


「二年で大侵攻の傷が癒えるはずがない!

 危険を承知で帝国に赴いた女王が、その証拠よ!」


 普通なら外交官を派遣して交渉を試みるのに、彼女は少数の護衛だけで皇帝と謁見したのだ。

 これにはそれだけ帝国を脅威だと判断したのと、文官が足りずに女王自らが出向かなければ仕事が回らないからである。


 帝都にノゾミ女王がやって来て露見したのは、今が彼の国を攻め滅ぼす絶好の機会だということだ。


「奴が卓越した魔法の使い手なのは間違いないが、こちらに切り札がある!」

「では、神像を動かされるのですか?」

「その通りだ!」


 将軍の意見に、同意とばかりに力強く頷く。

 彼女の国がいくら疲弊しているとはいえ、ノゾミ女王はエルフだけあって優れた魔法の使い手だ。

 さらに高度なマジックアイテムも保有しているため、決して油断して良い相手ではない。


 ミスリルジャイアントの噂も聞いてはいるが、帝国にも切り札がある。

 代々の皇帝や親父は一度も使わずに抑止力としていたけれど、俺はそれを起動させるつもりだ。


「兵器とは、使うべきときに使わなければ意味はない!」

「帝国の情勢が不安定な今こそ、皇帝陛下の権威を見せて周辺諸国に牽制するのは必要でしょう」


 まさに将軍の言った通りで、ノゾミ女王国を攻め滅ぼすことで目的は達成される。

 さらにはアトラス大陸でもっとも優れた魔法技術が手に入り、帝国はますます繁栄するだろう。


 各地を飛び回るミスリルジャイアントは、ノゾミ女王国の民からは守護神と呼ばれているが、帝国の総力を持って完膚なきまでに破壊する。

 そうすることで支配下に置いたあとの帝国民へと移行も、スムーズに行われるだろう。


「あとは彼の国が秘匿している魔法技術だな」

「我ら帝国軍がより強くなれば、アトラス大陸の覇権国家は確実でございます」


 将軍はそのように豪語したが、少し前までは世界征服など夢物語だと思っていた。

 けれど今になって妙に現実味を帯びてきて、俺の心が大いにざわつく。


 もしかしたらアトラス大陸を統一した初めての皇帝として、歴史に自分の名が刻まれるかも知れない。


 そうなれば将軍も未来永劫語り継がれるな返して、二人して豪快に笑い合うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る