第64話 ドラゴンライダー

 皇帝が何者かに殺されてしまい、それを私がやったことになった。

 犯人が噂を広めているのは間違いなく、混乱は城内だけでは留まらずに夜の帝都もかなり騒がしくなってきた。

 市民が家から出てくるだけでなく、巡回の兵士が大勢動員されて宿を包囲しつつある。


 外で守っているミスリルゴーレムから連絡が入り、私はこの部屋に集まっている人たちに指示を出す。


「時間がありません。急ぎノゾミ女王国に帰りますよ」


 このままでは皇帝殺しの容疑者として捕らえられ、弁明しようにも真犯人が誰かわからない。

 実際に私が怪しいのは事実で、濡れ衣を着せられてそのままというパターンもあった。


 それに帝国が召喚魔法陣を使って伝説級の魔法使いが呼び出したら、現状の戦力では勝てはしても被害が出るだろう。


 あとは皇帝の遺言通りに帝国を併合へいごうするには、ノゾミ女王国に帰って色々と準備をする必要があった。


 なので途方に暮れているボビーに顔を向けて、おもむろに声をかける。


「ボビーもノゾミ女王国に連れて行きますが、よろしいですか?」

「はっ、はい! それはもちろん!」

「帝国の詳しい情報も知っておきたいですし、残っても口封じに殺されるだけです」


 ボビーなら帝国の情報も知っているだろうし、ノゾミ女王国に連れて行く価値は高い。

 それにこれまで色々世話になったので、短剣で刺された皇帝よりは死んで欲しくない存在だ。


「女王陛下に忠誠を誓います!」

「決まりですね」


 あっさり鞍替えしたように見えるが、帝国に義理立てしても名誉も何もなく酷らしく殺されるのだ。

 誰だって命は惜しいので、選択の余地はなく裏切るのも納得である。


 やがて見張りをしているミスリルゴーレムから、宿の包囲が完成したと連絡が入った。


「全員、撤収作業に入りなさい!

 ただし宿から決して出ずに、準備ができ次第この部屋に集まるのです!」

「「「了解!!!」」」


 流石に帝国兵も馬鹿ではないので、五メートルもある全身鎧の巨人に無謀な戦いを挑むようなことはしない。

 だが既に宿は完全に包囲されており、市民の避難は終わって私たちに逃げ場など何処にもなかった。


 あとは投降を呼びかけたり、頃合いを見計らって突入するだけだ。

 もちろんこっちも黙って見ているつもりはなく、急いで撤収準備は済ませる。


 それから間もなく全員が私の部屋に集まったので、次の指示を出す。


「フランク。貴方の魔剣で壁を切り裂き、人が通れるだけの穴を開けなさい」


 私が風の魔剣を持つ護衛のフランクに命じると、彼は戸惑いながら口を開く。


「恐れながら女王陛下、ここは三階です。外に出ても──」

「遠隔操作で車両を動かして横付けし、そのまま乗り込みます」


 上書き済みのマジックアイテムであれば、全て遠隔操作が可能なのだ。

 キャンピングカーとバスを動かすことぐらい簡単で、さらに飛行タイプなので三階だろうと横付けできる。


「わかりました! ……風よ!」


 理解したフランクは迷いなく魔剣を鞘から引き抜き、壁に向かって斬りつける。

 すると命令通りに、人が通れる程の穴が空いた。


 その様子をロジャーが羨ましそうに見ていたが、そちらの剣の属性は火だ。

 室内で下手に使えば火事になってしまうので、今回は出番なしだ。


 そんなやり取りをしている間に、表を警護しているミスリルゴーレムにも念話で指示を出す。

 宿に隣接している屋根付き駐車場に停めてあったバスとキャンピングカーを起動し、さらに海洋生物を模した飛行ユニットをミスリルゴーレムの方に向かわせる。


 やることが増えて忙しくなったが、この程度なら仮想空間に意識を移す必要はない。

 すぐに全身鎧を着用した四体の巨人が上昇してきて、キャンピングカーの護衛に付いた。


 私は横付けした車に乗り込もうとしたが、その前にあることを思い出す。


「忘れるところでした。ジェニファー、壁の修繕費用と謝罪の手紙を机の上に」

「かしこまりました」


 車に乗り込む前に壁に穴を開けた謝罪の手紙と、数枚の帝国金貨を机の上に残していくのと、その間に荷物を先に積み込むようにと命じる。


 やがて宿を包囲していた帝国兵がこれから起きることを察したのか、とうとう全方位から突入してきた。

 それから間もなく下の階から慌ただしい足音が響いてきて、三階に上がってくるのも時間の問題なる。


「女王陛下、終わりました」

「ありがとうございます。それでは行きましょうか」


 私たちが横付けされているキャンピングカーに乗り込むと、ちょうどの鍵をかけた部屋の扉が壊されて大勢の帝国兵が雪崩込んできた。


「待て──」

「待ちません。さようなら」


 隊長が引き止めて逮捕しようとしているのはわかったが、その時にはキャンピングカーの扉が閉められて、兵士たちの手が届かない上空に飛び去っていた。


 勢い余って三階の壁の穴から落ちそうになり、同僚に引っ張り上げられてる人もいるのを見ながら、ノゾミ女王国への帰路につくのだった。







 ノゾミ女王国に帰るために、地形を無視して帝国の上空を飛んでいく。

 敵が皇帝殺しの容疑者である私たちを追ってくるのは予想に難しくないので、あまりゆっくりしている時間はない。


 だが今はキャンピングカーの操縦はレベッカが引き継いでおり、私は椅子に座ってジェニファーに入れてもらったココアを飲んで一息つく。


「一先ず難を逃れましたが、帰ったら総点検ですね」


 キャンピングカーもバスも、本来はこんな高度を飛ぶようには設計されていない。

 機器や部品が耐えられる限界以上に、魔石の出力を上げているのだ。


 なのであまり無理をさせると、予期せぬ不具合が出る可能性が高くなる。

 けれど長時間の使用は厳禁ではあるものの、今は一刻も早く帝国から脱出したいので、ノゾミ女王国まで保てば最悪壊れても構わない。




 そんなことを考えながらくつろいでいると、飛行ユニットに乗ったミスリルゴーレムが私に近寄って来たので少しだけ窓を開ける。


「女王陛下、追手です」

「追手?」


 私ははてと首を傾げて、他の者と同じように後ろの窓に視線を向ける。

 するとワイバーンに乗った帝国の兵士や月明かりに照らされて浮かび上がり、彼らは私たちを猛スピードで追いかけていた。


 初めて見る光景に私は流石は異世界だと思っていると、外交官のボビーが悲鳴をあげる。


「あれは! 帝国のドラゴンライダーです!」


 続いて彼が詳しく説明してくれたが、卵の頃から甲斐甲斐しく世話をするだけでなく、過酷な訓練も行う。

 風魔法と運動能力の才能のある者だけが、騎手として選ばれる。


 そして小型で人間に従属しているとはいえ、ドラゴンには違いない。

 並外れた機動力と攻撃力を有していて強力ではあるが、希少で帝国しか存在しない部隊だ。


 実際に馬よりも速く空を飛び、車の速度に追いている。

 私はボビーの解説を聞いて、油断ならない相手だと認識した。


「ふむ、数は五体ですか」


 ミスリルゴーレムの視覚を借りてドラゴンライダーを確認すると、全部で五体のようだ。

 帝国の全ワイバーンかは不明だし、もっといるだろうがそれでも驚異には違いない。


「このまま逃げ続けても構いませんが、どうしましょうかね」


 ドラゴンライダーも生物なので、無限に飛び続けられるわけではない。

 いつかスタミナ切れになり、地上に降りて休まなければいけないだろう。


 キャンピングカーとバスは私が乗っているのでエネルギー切れの心配はなく、何かしらの不具合が起きない限りは、永続的に飛行モードを維持できる。


「時間切れを待つのが、もっとも無難ですね」


 双方が怪我なく済ませられるので、それが一番良いと判断した。

 しかし次の瞬間、まるでタイミングを見計らっていたようにワイバーンが口から火球を吐き出した。


「そうきましたか!」


 私は火球の軌道を正確に予測して、最低限の動きで避ける。

 直線的だし距離が遠いので簡単に回避できるが、次から次へと絶え間なく放たれるのだ。


「きゃあっ!」

「うおっとっ!」


 このままだと逃げられると考えて、撃ち落とすことに決めたのだろう。

 判断としては間違っていないが、こっちにとっては厄介この上ない。

 幸い全員が椅子に座っていたので転倒せず、少しふらつく程度で済んだ。


「最低限の動きで避けても、やはり揺れますね!」


 ミスリルジャイアントはパイロットの負荷を軽減するために、常に縦方向に1Gがかかっている。

 それに振動が伝わらないよう、特殊なマジックアイテムで衝撃を緩和していた。


 だがキャンピングカーは飛べたり設備が充実している以外は、前世に実在している物とそんなに変わらない。

 回避行動を取るとかなり揺れるため、乗っている人が戸惑うのも当然だ。


 なので私はこれ以上は放置することはできずに、はっきりと告げる。


「先に攻撃してきたの帝国です!

 これならノゾミ女王国の正当防衛は成立するでしょう!」


 帝国は否定するだろうが、個人的に正当防衛は成立しているので、もはや躊躇いはない。

 ここまま一方的に落とされる気は毛頭なく、運転席のレベッカに退いてもらって代わりに私が座る。


 そして遠隔操作でキャンピングカーの荷台を開くと、揺れないように固定されたマジックアイテムが皆の前に現れた。


「全員、マスケット銃を取りなさい! 反撃開始です!」


 こんなこともあろうかと持ってきたが、まさか本当に使うことになるとは思わなかった。

 私が指示を出すとフランクが荷台から、前世のマスケット銃そっくりのマジックアイテムを手に取る。


「雷の弾丸を使いなさい! 敵を倒すのではなく、動きを止めるのです!」

「「「了解!!!」」」


 最近開発されたマスケット銃は長距離でも効果があるが、相応の魔力が必要になる。

 五発も発射すれば弾切れになり、そのつどカートリッジを交換しなければいけない。

 なので強力な武器だが扱いにくく、実戦での運用テストや改良はこれからである。


(フェザー兵器で一掃すればすぐ終わるけど、せっかくだしね)


 しかし今なら、逃げながら試験が行える。

 それに私が同行していれば魔力切れの心配はないので、撃ち放題だ。


「攻撃の間、守護騎士たちは車の護衛をお願いします!」

「「「了解!!!」」」


 私は気圧の影響を考えて、キャンピングカーの高度を下げる。


 そして頃合いを見計らい、遠隔操作で窓を開けた。

 かなりの速度を出しているの風が吹き込んできたが、低空なのでそこまで寒くはない。


 外ではミスリルゴーレムが盾で防いだり大剣を振り回して、絶え間なく飛んでくる火球を迎撃している。

 ミニゲームか何かだと思って、楽しそうに遊んでいるのがチャットで伝わってきた。


 だが帝国の兵士は大真面目だし、直撃はしないが近い距離で爆発したりギリギリを通過したりと、運転している私はかなりヒヤヒヤする。




 それはそれとして、マスケット銃での反撃が始まった。

 使い慣れていないマジックアイテムなので命中精度は低いし、ドラゴンライダーたちも当たるまいと必死に避けている。


 数が四つしかないので私は運転に専念するため、シートベルトを着用して席に座っていた。

 遠隔操作なので必要はないがハンドルを握り、仕事をしてますアピールをしておくのも忘れない。

 立場的に女王である私が何もしないのは、少々居心地が悪いのだ。


「あのー、女王陛下。私は何をしたら良いのでしょう?」


 すると武器が足りずに手持ち無沙汰になったボビーが尋ねてきたので、私ははっきりと告げる。


「皆の邪魔にならないように、じっとしていてください!」

「……はい」


 ボビーは力なく項垂れ、キャンピングカーは隅っこに移動した。

 衝撃を受けて大きく揺れることがあるので、転倒しないように体を支える。


 取りあえず女王として見ているだけでなくて良かったと内心でホッと息を吐き、運転に集中していると、護衛の声が聞こえてくる。


「よっしゃ! 撃破あ!」

「こっちもだ! しかし、まだ残っているぞ!」


 やはり戦闘が得意なだけあって、護衛の二人はマスケット銃に慣れるのも早い。

 立て続けに二匹のワイバーンに雷の弾丸が当たり、一時的に体が痺れて地上に向かって落ちていく。


 何とか立て直そうと頑張っているが、落下速度を落とすだけが精一杯だ。

 かなり低空を飛んでいるので死にはしなくても、怪我は確実だろう。


 やがてまた雷の弾丸が命中して、麻痺した飛竜が地上に向かって落ちていく。


 ワイバーンは竜種の中では小さくて弱い方で、ダークドラゴンのように巨大で頑丈ではない。

 おかげで一時的でも雷の弾丸が効いて、体が痺れてくれて助かった。


 やがて部隊の半数以上が脱落し、任務達成は不可能と判断したようだ。


「どうやら諦めたようですね」


 残った二人は仲間を救出するために、私たちを追うのを止めて引き返していく。

 遠ざかっていく彼らを、ミスリルゴーレムの視点で確認する。


 危機は去ったので、遠隔操作に窓を閉めていく。

 さらにマスケット銃での実戦を行ったので、今後の参考にするために意見を聞いておきたいところだ。


 すると、ちょうど夜が明けたのか朝日が差し込んでくる。


「……長い一日でしたね」


 空から見る朝日も、たまには良いものだ。

 私はそんな感想を抱きながら、ノゾミ女王国を目指してキャンピングカーを飛ばすのだった。

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