第63話 暗殺

 色々あって、皇帝とまた明日話し合うことになった。

 しかし印象は悪くなかったし、一応ノゾミ女王国を歓迎してくれるようだ。


 城から出た私は、立場的には女王なので帝都のお高い宿を借りる。

 そして何故かノゾミ女王国から逆輸入されていた料理を美味しくいただき、高級宿だからか入浴サービスもあったのはありがたく、汚れていないが世話係にお湯で体を洗ってもらう。

 自分でもできるが、ここは自宅ではなく女王とはそういうものなので仕方ない。


 とにかく一通り終わったので寝間着に着替えさせられ、豪華な個室のベッドに潜り込んで朝まで休もうとした。

 別に疲れてはいないしスリープモードでも分身体を動かし続けるのだが、こういうのは気分が大事である。


 なので趣味として睡眠を楽しんでいると、外の警備しているミスリルゴーレムから連絡が入る。


『女王陛下、問題が起きました』

『何があったの?』


 ゴーレムが念話で連絡するのは珍しく、最初に問題と口にしたので面倒なことが起きたのは間違いない。


『少し待って』


 念のために各自のポケベルにメッセージを送り、自分の部屋に呼び集めておく。

 もう少ししたらやって来るだろうから、その間に一号に情報提供を求めた。


『外交使節団のボビーが何者かに追われ、こちらに向かっています』


 私は念のために、ゴーレムの視覚を借りて確認する。


『確かに、真っ直ぐこっちに向かってるね』


 ボビーが馬を操り夜の帝都を懸命に走っているが、この宿は彼がオススメしてくれたので場所を知っていてもおかしくない。


 ちなみに、同じように馬に乗った黒装束の集団に追われているようだ。

 そして彼は大きな声で助けを求めているので、すぐに指示を出す。


『放ってはおけないし、助けてあげて』

『了解』


 次の瞬間、ミスリルゴーレムの一号は凄まじい速さで走り出した。

 今は飛行ユニットを使っておらず、五メートルの巨人の突進だ。

 全身鎧を軽量化しても地面に大きな足跡がついてしまうが、今は一刻を争う状況で気にしている余裕はない。


「ボビー殿! 義によって助太刀致す!

 詳しい理由は、女王陛下の御前で申されると良い!」

「守護騎士殿! 感謝する!」


 ゴーレムの口は動かないが、小型のスピーカーを取り付けられている。

 人間の音声も多く集まったので、今では不自然なく会話が可能になった。

 最初は限られた者だけだったが普及がそれなりに進んできて、近いうちに全員に行き渡るだろう。


 取りあえず私は技術が日々進歩しているのを実感しつつ、一号に憑依や人形劇で操作するような感覚で観察する。

 ただ見ているだけで何もせず、今回は守護騎士に任せていた。


 すると馬で走ってきたボビーと交代するように前に出て、通りの中央に着地して地鳴りを響かせる。


「何だお前は!」

「我々は反逆者を追っているのだ!」

「邪魔をすると、お前も斬り捨てるぞ!」


 黒装束の者たちが慌てて馬を止めて、口々に叫ぶ。

 しかし立ち塞がる一号は何処吹く風で、背負っている大剣を引き抜く。


「ボビー殿が反逆者か。

 そのようなこと、我には関係はない!」


 彼らは、まさか全く動じないとは思っていなかったようだ。

 誰もが堂々と話す一号を見上げ、戸惑っている。


「我は女王陛下の守護騎士なり!

 あの御方の命令は、全てを優先するのだ!」


 そう言って前に一歩踏み込んで、大剣を正眼に構えた。

 するとあまりの速さのために突風が発生し、黒装束たちは飛ばされまいと馬にしがみつく。


「この先は一歩も通さん!

 死にたい奴はかかってくるがいい!」


 ちなみに私が命じたのはボビーの救出だ。不審者を倒すことではない。

 現状では彼らの正体がわからず、外交使節団の代表が本当に反逆者の可能性もある。

 まあ十中八九で濡れ衣だろうが、あまり事を荒立てるのはよろしくない。


「くそっ! 退くぞ!」

「ああ! 悔しいが仕方あるまい!」


 なので黒装束の集団が大人しく撤退してくれて、私としてはありがたい。

 勝てても外交的に面倒なことになるだろうし、他国の厄介事に首を突っ込んでノゾミ女王国にまで燃え広がるのは嫌なのだった。







 襲撃者に追われていたボビーは、やはり私に助けを求めていたようだ。

 今は私の部屋でコップに注がれた水を飲んで、余程急いでいたのか全身汗だくで乾いた喉を潤している。

 事情を聞く前から面倒事の予感しかしないが、彼を謎の黒服集団に引き渡すという選択はない。


 彼が良い人なのもあるし、世話になった知人を見捨てるのは後味が悪い。

 ならば情報を集めて少しでも優位に立ち回り、ノゾミ女王国が受ける被害を軽くするのが良いだろう。


 ちなみにポケベルで連絡を入れた護衛や世話係は全員集合しており、部屋には結界を張って盗聴や監視対策はバッチリである。




 取りあえず汗だくのボビーが落ち着くのを待ってから、おもむろに事情を尋ねた。


「ボビーは何故追われていたのですか?

 それに、あの黒装束の集団は何者なんですか?」


 データベースを検索したが、登録はされていない。

 しかし装備品などから予測を立てると、帝国の正規兵の可能性が高い。


 すると落ち着いてきたボビーが質問に答えるかと思いきや、彼は懐から一枚の手紙を取り出す。

 続いて恭しく膝をついて、それを私に差し出した。


「その前に女王陛下! どうかこちらをお読みください!」


 その場の雰囲気で何とな受け取ったが、いきなり手紙を渡されても困ってしまう。

 データベースを参照すると皇族の封蝋ふうろうを使っているし、筆跡鑑定を行うと九十パーセント以上の確率で皇帝の直筆だ。


(うわぁ、厄介事の予感しかしないよ)


 けれど読まないわけにはいかないので、私は手紙に順番に目を通していく。

 幸い内容自体は短かく、すぐに読み終わることができた。


 しかしこの場の皆にも説明する必要があると考えて、一番近くにいた秘書のレベッカに渡す。


「この手紙は私宛に皇帝陛下が書いて、ボビーに託した物です。

 ですが彼は、このあと何者かに殺されたようです」


 そう言ってボビーに視線を向けると、彼は真面目な顔で頷いた。

 当然のように周囲に緊張が走り、室内の空気が重くなる。


 死体を直接確認したわけではない。

 だが私がノコノコ現場に行ったら、濡れ衣を着せられて捕まる可能性が高かった。


 とにかく私が続きを説明しようと口を開きかけたが、その前にマジックアイテムの異常を感知して黙る。


(解析や解体しようとして、崩壊したか)


 友好の品々にはマジックアイテムが多数含まれていた。

 今は城内のあちこちに配置されているが、無理やり調べようとしたので安全装置が作動して崩壊したようだ。


(だったら、この手が使えるかな)


 私は感覚を研ぎ澄ませ、帝国内のマジックアイテムを観測した。

 幸い感知範囲ギリギリの位置に給湯機が置かれていたので、少し手間がかかったが皇帝の自室を覗き見ることができた。


(あー……これは、手遅れだね)


 気分としては幽体離脱した私が一生懸命背伸びして、何とか壁から顔を覗かせている感じだ。

 なので室内の様子がわかったのだが、そこには皇帝が倒れていてピクリとも動かない。


 どうやら胸を短剣で刺されて、血を流して絶命しているようだ。

 こっちに来てから死体は見慣れているし、耐性もあるので動揺もしない。

 冷静に室内に残された指紋を調べるとボビーのものはなかったので、この時点で彼の犯人説は消えた。


 今は部屋内に大勢の人が集まり話し合っており、城の中は上を下への大騒ぎになっている。

 帝都に混乱が広がるのは、時間の問題だろう。




 私は事実をありのままに受け止めて、大きな溜息を吐いた。

 しかし落ち込んでいても始まらないので、改めて手紙の内容の皆に伝えていく。


「皇帝陛下は、自分が殺されることがわかっていたようです」


 自室で短剣で刺されて死んでいたとは言わない。

 何故知っているのかを聞かれると、説明するのが面倒なのだ。


 とにかく話を続けて、この場の全員に彼が私に何を頼んだのかをはっきりと口に出す。


「どうやら彼は、帝国の未来を私に委ねるようです」

「帝国の未来をですか!?」


 このことは、ボビーも知らなかったようだ。

 周囲の者たちと同じように、思いっきり驚いている。


「三人の後継者に皇帝の資格がなければノゾミ女王国に併合へいごうし、私に統治して欲しいと書かれていました」


 まさか皇帝に丸投げされるとは予想しておらず、どうにも困った顔になってしまう。


「正直、扱いに困ります。

 別に皇帝の命はいりませんし、前時代的ですよ。……本当に」


 命を差し出すので統治する際に便宜を図ってくださいとか、頼みを聞いて欲しいとか皇帝はそんなつもりだったのだろう。

 老い先短いし覚悟も完了しており、もし自分が殺されるようならどのみち帝国に未来はないので、あとはお好きにどうぞと諦めていたのかも知れない。


 権力争いで生き残った息子や娘に継がせるよりも、私に支配されたほうがマシだと謁見してわかったのだ。




 けれどこれは、明らかに自分の手に余る案件である。

 どう転んでも帝国全土を大荒れになるのは確定で、できることならさっさと帰国してノゾミ女王国に引き籠もりたい。


 そんなことを考えていると、ボビーが緊張しながら口を開く。


「皇帝陛下はお隠れになられ、ノゾミ女王様が殺害したと城の者たちが騒いでおりました」

「余所者の私を疑う気持ちも、わからなくはありませんね」


 外国から使者が来て次の日に会う約束をしたが、夜間に皇帝は何者かに殺されたのだ。

 容疑者候補として私の名前が上がるのもわからなくもないけれど、誰かが意図的に噂が広めている可能性が高い。


 けれど思い返せば皇帝に対して強気な発言をしていたし、殺してもおかしくないと疑われる要素が多すぎる。


「皇帝を殺害した犯人が噂を広めているのでしょうが、面倒ですね」


 それでもボビーは黒装束の集団に襲われたものの、何とか私に手紙を届けることができた。


「いえ、最初からそれが目的だったのでは?」


 ボビーが皇帝から手紙を託されて、城を抜け出して命からがら私に会いに来る。

 彼は外交官でノゾミ女王国と関わりがあるため、実は帝国を裏切る計画を進めていると疑われても、そこまでおかしくはない。


 遺言状の内容は知らなくても推測は可能だし、老齢の皇帝が私に力を借りようとしていたのは明らかだ。

 つまりそうなる前に女王である自分を殺す理由を作るために、ボビーを追い詰めてわざと逃したのである。


「もしかしたら、この宿は既に囲まれているかも知れませんね」


 室内に緊張が走り、念のためにミスリルゴーレムに連絡を取る。

 すると今のところは異常なしとのことで、犯人は城内の混乱を収拾するののに手間取っているのか、守護騎士の戦闘力が予想以上だったので部隊を再編成しているのかの二択だろう。


 何にせよ時間をかければ囲まれて逃げ場がなくなるので、動くなら早いうちが良い。

 私がどうしたものかと悩んでいると、ボビーが不安そうな顔で尋ねてくる。


「女王陛下は、如何がなされるおつもりですか?」

「……そうですねぇ」


 私は腕を組んて天井を見上げて思考加速を行ったので、現実世界では時間は停止している。

 しかしかなり長く悩み、ゴーレムたちとも高速で相談した末に結論を出す。


「一応は皇帝の遺言もありますし、何とかしてあげたいですね」


 皇帝とは少し話しただけで何者かに殺害されても、そういうこともあるとすんなり受け入れられた。

 けれど死に際に託されてしまった以上は、これを無視するのは私にほんの僅かしか存在しない良心が痛む。


 だがしかしそれはあくまでキッカケの一つで、もっとも大きな理由は別にある。


「それに私は、負けず嫌いなんですよね。

 濡れ衣を着せられて殺されかけているのに、やられっぱなしでは終わりませんよ」


 自分を帝国から追い出すか殺すための策略を仕掛けられて、泣き寝入りなどごめんである。

 誰が犯人かはまだ不明だが、今から後継者候補の三人と接触するのも容易ではない。


 それに自分が皇帝を殺したと噂が広がっているので、今の帝国は完全にアウェイになってしまった。


(あとは召喚魔法陣も何とかしないと)


 帝国の何処にあるかは集めた情報から予測はできても、まだ確定はしていない。

 それに一朝一夕で呼び出せるものではなく時間はかかるが、伝説級の魔法使いが敵になったら厄介だ。


 ゆえに面倒事をまとめて解決するには、これがもっとも手っ取り早いと結論が出た。


「帝国をノゾミ女王国に併合へいごうします!」


 この場に居る皆が息を呑む音が聞こえた。


 帝国という腐りかけの大樹を治療するよりも、土壌から苗まで全て入れ替えて育てるほうが早く立て直せる。

 私は元から自分勝手な性格で、博愛や自己犠牲精神は持ち合わせていない。

 仕事は真面目にするが、普段は高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処するのだ。


 そして帝国は、完全に敵になったと言っても過言ではない。

 たとえ自分が味方した勢力が勝利しても、世代交代が上手くいかないか野望を持つ者が現れれば、再び国が乱れるのは避けられなかった。


 なので帝国を併合へいごうしたほうが、最終的に流れる血は少なく済む。


 またもや三大国家の一つを地図から消すことになるし、戦争になれば大勢の怪我人が死傷者がでる。

 しかし内乱が起きて国が三つに割れるよりは各方面の犠牲は少ないうえ、これで恒久的平和を勝ち取れるなら致し方ない犠牲だ。


 それに人類は放っておくと、いつ私に逆らうかわからない。

 実際に今回も濡れ衣を着せられたので、やはり自分が管理して反逆の芽は育つ前に摘み取らないと駄目だ。


 身の安全を考えるなら帝国が存在する利点は乏しく、やはりノゾミ女王国に併合したほうが良いかもと思ったのだった。

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