第62話 未来予測

 アトラス大陸の三大国家の一つと呼ばれるだけはある。

 城門を抜けて帝都に入ると、人々で賑わっているだけでなく、活気にも満ち溢れていた。


 それに魔物の被害もサンドウ王国と比べれば大したことはないようで、城壁の外に難民が溢れていたりはしない。

 ただし都市の一角には治安の悪い貧民街があるらしく、道案内をしている皇太子が近づいてはなりませんと教えてくれた。


 何にせよ、私の目的はジェニファーのお見合いをまとめることだ。

 皇帝の説得が終わったらさっさと帰国するつもりだし、帝国に長期滞在したり面倒事に首を突っ込む気はない。




 それにしてもキャンピングカーとバス、さらに身長五メートルの全身鎧姿のミスリルゴーレム四体はとても目立つ。

 ついでに綺羅びやかな装備を身に着けた皇太子も同行しているので、帝都の人々の注目を集めていた。


 幸い帝国城までの道のりはほぼ一直線で迷うことはないが、ノーリアクションというのも悪い気がしたので、窓の外から西洋風の街並みを眺めながら笑顔で手を振っておく。


 そんなことをしていると目的地に到着し、皇太子が兵士に話して顔パスで正門を抜けるのだが、その前にキャンピングカーとバスを広い場所で停車させる。


「ここから先は徒歩になります。どうかご了承いただきたい」


 皇太子が馬から降りて声をかけてきた。

 ならばと、私たちもキャンピングカーの扉を開けて外に出る。


「構いません。

 ですが私は子供で足が遅いので、合わせていただけますよね」

「ええ、もちろんです」


 紳士的なスマイルを浮かべる彼に、こちらもニッコリと微笑む。

 頭や性格の悪さは変わらずだが、女王としての経験だけは無駄に積んでいる。


 しかし皇太子も幼女と手を繋ぎたくはないだろうし、案内役として前を歩いてもらうのだった。




 長い廊下を進みながら、城内の様子を観察する。

 サンドウ城とそこまで差はないようで、城下町も今のノゾミ女王国とは大違いだが旧王都と似たようなものだ。


 ちなみに城下町と違って、こちらには既に連絡が行き届いていた。

 兵士や役人などの関係者とすれ違うたびに廊下の隅に寄って、恭しく頭を下げられる。


 皆がかなり気を使っているのが雰囲気でわかり、帝国はノゾミ女王国を極めて高く評価しているのだと理解した。


「そろそろ謁見の間に到着します」


 やがて廊下の先に大きな扉が見えてきて、警護している二人の兵士が皇太子に敬礼する。

 彼が足を止めて見張りの兵士にこの場に来た目的を話すと、驚いたような顔をして私をマジマジと見つめる。


 そして兵士は揃って慌てて姿勢を正し、大きな声を出す。


「ノゾミ女王陛下が、ご到着されました!」


 大扉が中からゆっくりと開けられ、謁見の間の様子が見えた

 三大国家でもっとも版図はんとが広くて強大だと称されるだけはあり、室内はとても豪華で広々としている。


 さらに騎士や役人、それに各国の国王や領主たちが勢ぞろいしていた。

 良く見るとエルフや獣人も何人か居ることから、独立を認めているのは本当だと理解する。


 私たちは皇太子の案内に従い、絨毯の上を真っ直ぐに進んでいく。

 やがて最奥の玉座に座った歳を重ねた皇帝の前まで来て、彼はここで待つようにと小声で伝えられる。


 そしてケヴィンは片膝をついて、父親に向けて報告を行う。


「ノゾミ女王陛下をお連れいたしました」

「うむ、ご苦労だった。下がって良いぞ」


 皇帝の指示通りに、皇太子と騎士たちは邪魔にならない場所へと移動する。

 私も自然に視線がそちらに向けられ、自然と他の人物をデータベースで照合しておく。


(皇帝の側に居るハーフエルフが長女で、その隣が次男かな)


 見た目は十代前半の金髪美少女と美男子で、髪や肌の色は皇帝やケヴィン皇太子と良く似ている。

 皇族の血が色濃く受け継がれているのがわかった。


 だがそれはともかく、今度は自分の番だ。

 しかし皇太子のように、片膝をついて平伏すつもりはない。

 呼吸を落ち着けて、微笑みながら立ったまま静かに頭を下げる。


「お初にお目にかかります。皇帝陛下。

 私に名字はありませんので、ノゾミか女王とお呼びください」


 一応は帝国の作法に倣ってスカートの端を摘んで挨拶したので、赤っ恥は回避できたと思いたい。


「こちらはノゾミ女王国から帝国への贈り物です」


 次にボビーたちに運んでもらっていた木箱を皇帝の前に置いて、兵士たちに蓋を開けてもらう。


 その瞬間、謁見の間で息を呑む音が聞こえた。

 事前に安全確認を行ったものの、帝国では見たことも聞いたこともない品々を前にして、私たちを除く全員が驚愕の表情に変わる。


「目録です。どうぞ、ご確認を」

「うむ、ご苦労」


 皇帝の娘らしき人物が前に出てきて、レベッカから目録を受け取る。

 そして友好の品の確認作業に入るが、その間に私は皇帝は向かい合う。


「女王陛下の噂は聞いておる。

 随分と活躍されておるようじゃな」


 皇帝が何処まで私のことを知っているのは良くわからないが、聖女としての噂が広まっているのだ。

 私が魔物の大侵攻を退けてノゾミ女王国を管理運営していることは、他の面々にも周知しているのは間違いない。


 それらを念頭に置いて、当たり障りのない発言を返す。


「私など成り行きで女王をしているだけで、皇帝陛下にはとても及びません。

 いつも失敗ばかりですし、やはり国家の管理運営は難しいですね」


 私が率直な感想を告げると、周囲の者たちが明らかにざわめく。

 そして皇帝の表情がほんの少しだけ不機嫌そうになったので、何か不味いことを言ったかなと内心で少し焦る。


「女王陛下の統治は失敗とは無縁だと聞いておるが、少し謙遜が過ぎるのではないか?」


 どうやら嫌味として受け取られたようだが、自分は全くそんなつもりはなく正直に返した。

 普段はもっと寛容な人だと聞いていたのだけど、何故これが地雷になるのかさっぱりわからない。


 しかし最初の挨拶から、バッドコミュニケーションになるわけにはいかなかった。

 私は表情は変えずに思考加速を行い、どうしたものかと悩んだ末に答えを返す。


「皇帝陛下、それは失敗していないように見えるだけです」

「どういうことじゃ?」


 すると彼は、顎髭を弄りながら尋ねてきた。

 そう来るのはお見通しだったので、すぐに続きを話していく。


「私も上手くは説明できません。

 なので、まずはこれを見てください」


 自分の目の前に半透明のウインドウズを表示すると、周囲の騎士たちが剣に手をかけた。

 しかし皇帝が手で制したため、そのまま説明を行う。


「草花を国家、水や肥料を政務だと思ってください」


 皇帝陛下や周りに良く見えるように、ウインドウを何度か拡大する。

 そして麦わら帽子を被ってジョウロを持った私が、花壇の世話をしている様子を映し出した。


「今朝は天気が良いので、水と肥料をたっぷり与えました」


 夏なので天気が良いとすぐに土が乾くことから、肥料をあげてジョウロで水をたっぷり与えた私は、満足そうな顔で花壇を離れる。


「しかし午後になると雨が降り始めて、花の苗は根腐れしてしまいました。

 ……これが政務の失敗です」


 私はウインドウの表示を切り替えながら、皇帝陛下に説明していく。


「私はこのような失敗を、数え切れないほど積み重ねてきました。

 しかし外から見ても、決して気づかないでしょう。何故なら──」


 アヒルの水かきのように、外から見てもわからない。

 そのことを帝国の最高統治者に教えるために、またもや画面を切り替える。


「水や肥料を与える前に、植物や天気や気温、様々な情報を集積して未来を予測しているからです」


 けれど未来は絶えず変化し続ける。

 先に行くほど不確定要素が多くなるし、正確に予測するのは不可能だ。

 なので天気予報のように必ず当たるわけではなく、晴れと出ていたのに曇って雨が降ったりというのが良くある。


「ですが百パーセント当たるわけではなく、費やした時間や努力が無に帰すことも多々あります。

 なのでそこで終わらずに次善の策を用意しておき、失敗濃厚になったらそちらに移行します」


 普段は行き当たりばったりで、自己中心的な私である。


 それでも政務だけは真面目にこなすので、完璧で非の打ち所がない女王に見えなくもない。

 ちなみに次善の策も途中で面倒になり、こんなもんでいいやと適当に決めてたりする。


 それでも何だかんだで上手く回っている。

 やはり私の性格的に理詰めではなく、直感的に動くほうが合っているのかも知れない。


 ちなみに学習能力がないのか、同じ失敗を何度も繰り返す。

 しかし精神耐性があるので全く堪えておらず、ガーッと行ってドーンとか適当な指示で最悪な展開だけは今のところは百パーセント回避し続けている。


 もし自分が神様的な立場だとしたら、間違いなく適性はゼロだろう。

 こんないい加減な性格な自分に、世界の管理運営など務まるわけがない。


 けれどそんな事情はともかく皇帝は興奮気味に低く唸り、ウインドウを消した私に声をかけてくる。


「ノゾミ女王は、信じられぬことをしておるのだな!」

「しかし、事実です」


 当たり前だが、見えないものを信じさせるのはとても難しい。

 だがこのまま不信感が拭えないと、バッドコミュニケーションは確定だ。


 ジェニファーのお見合い話は立ち消えとなり、地道に友好関係を築いていくことになるだろう。

 せっかく帝都まで来たのに、手ぶらで帰るのは避けたいところだ。


(うーん、どうしたものかな)


 何とか皇帝陛下の印象を良くして、お見合い話を進めたい。

 私は少しだけ悩んだ末に彼を真っ直ぐに見つめ、堂々と発言する。


「では皇帝陛下、今から貴方の悩みを当ててみせましょう」

「儂の悩みか? ほほう、それは面白い!」


 彼は顎髭を弄りながら、本当に嬉しそうな顔で私の挑戦を受けてくれた。

 これを見る限りでは機嫌は直っているようだが、もし失敗したらまだヘソを曲げるだろうし油断はできない。


「ぜひとも、やって見せてもらおうか!」


 ちなみに今から行うことは、未来予測の応用であると最初に告げておく。

 ようは自分は別に謙遜ではなく、何度も失敗した上で女王を務めているのだと認めさせることが重要だ。


 なので私はデータベースを活用して、皇帝の悩みでもっとも確率の高いモノを口に出した。


「次期帝国の後継者を誰にするかで、悩んでいるのでしょう?」

「うむ、正解じゃ!」


 ここで老齢の皇帝はニヤリと笑う。

 続けて、顎髭を弄りながら返事をする。


「儂が後継者を決めかねておるのは、帝都でも噂になっておろう。

 到着したばかりの女王陛下でも、知っていてもおかしくはないのう」

「むむむ!」


 何がむむむだとは言われなかった。

 しかし、どうやら皇帝は私との会話を楽しんでいるようだ。


 そして自分は実はかなりの負けず嫌いで、割りと勝ちには拘る。

 未来予測は先を読むほど当たる確率は下がっていくが、今さら引く気にはなれなかった。


「貴方は数ある息子や娘の中から、三人の後継者を選びましたね!」

「その通りだ!」


 私は内心で、さっさと終われと思った。

 しかし皇帝も負けず嫌いなのか、満足そうに頷くだけで一向に引く気はない。


「長引く権力争いで、多くの後継者が亡くなりました!」


 上の兄弟が次々と亡くなったのが、老齢なのに皇太子がやけに若かった証拠だ。

 そしてお家騒動が頻繁に起きるのが帝国で、正式発表はされていないが裏では血生臭い歴史がある。


 家族で殺し合うなどマジ勘弁だが、ノゾミ女王国はワンマン経営で身内は居ないのでその心配はない。

 ただし私が亡くなればその時点で終わりだけれど、死後のことまで面倒見きれないし自分もポックリ逝きたくはないため、やはり監視の目を緩められない。


 何にせよ今は自国のことより帝国なので、一歩も引かずに大きな声を出していく。


「けれど、誰かを次の皇帝に指名しなければなりません!

 なので貴方は、長男、長女、次男の三人に帝国を任せることに決めたのです!」


 そう言って私は、何処かの裁判ゲームのようにビシッと指を差して指摘すると、何故か皇帝ではなく後継者候補の三人のほうが驚いていた。


「正解じゃ! いやはや、感服したぞ!」


 皇帝は満面の笑みで、手を叩いて喜んでいる。

 取りあえず私の勝ちは決まったので、これで終わりだと思った。


 しかし彼は、何かを期待しているようだ。

 周囲の者たちも興味津々といった表情で私を見ていたが、ひっくり返しても何も出てこない。


(皇帝には勝ったのに、どういうこと?)


 皇帝は嬉しそうに私を見たまま口を閉ざし、話の続きを待っているようだ。

 正直、これ以上蛇足であるが、まだやると言うなら最後まで付き合うしかない。


「長男は戦闘が得意ですが、軍部を優遇して内政を軽視しています!

 長女は魔法の才能に恵まれても、臣下を疑うことを知りません!

 次男は武力も魔法も平凡ですが、優しくて人望もあります!」


 今の発言を受けて、玉座に座った皇帝の顔つきが真剣なものに変わる。

 そして周りの国王や臣下や騎士たちがどよめきが、謁見の間が少し騒がしくなった。


「誰を後継者に指名しても、帝国は三つに割れて内乱が起きてしまいます!

 だから貴方は選ぶことができずに、今も皇帝を続けているのです!」


 現時点で判明しているほぼ確定している未来を喋り終えた私は、静かに息を吐いた。

 完全に沈黙した皇帝から視線をそらさずに見つめ続けても、しばらく誰も喋ることはできずに黙ったままだ。


 それでも、やがて玉座に深くもたれている彼が大きく息を吐く。


「何もかも、女王陛下の言った通りじゃ。

 儂は、帝国の跡継ぎを決められなんだ」


 皇帝は玉座にもたれたまま、何故かとてもスッキリした顔になっていた。

 まるで、長年煩わせていた憑き物が落ちたようだ。


「しかし女王陛下なら、何か妙案があるのではないかね?」


 まさかこっちに振られるとは思っておらず、私は大慌てしてしまう。


「いやいや! 他国の女王に帝国の運命を委ねるのは、止めてください!」


 何とかバッドコミュニケーションは回避したが、よりによって私に帝国の行末を尋ねられた。

 いくら未来を予測できるとはいえ、現時点ではこの国の情報が少なすぎる。


 後継者問題も的中率はそれ程高くなかったので、内心では結構不安だったのだ。

 何にせよこれ以上の博打を打ちたくはない私は、脳内データベースで使えそうな情報を急いで探す。


「やはり駄目ですね。お手上げです」


 けれど状況は思わしくなく、正直に告げると皇帝はガックリと項垂れる。


「そうか。残念じゃ」

「お役に立てずに申し訳ありません」


 今の彼は年相応のお爺さんという感じで、何だかとても小さく見えた。

 自分もせっかく友好的に付き合えそうな隣国が滅びては困るため、力になってあげたい気持ちはあるのだが、こればかりはどうしようもない。


「せめて帝国の情報がもう少しあれば、まだ何とかなったのですが」


 途中の町村に立ち寄って情報を集めたとはいえ、基本的に怪我人や病人の治療がメインなので大したことはしていない。

 なので帝国のことは少ししかわかっておらず、後継者問題の解決はならずだ。


 しかし老齢の皇帝は、私の発言を聞いて顔を上げる。

 続いてこちら真っ直ぐ見つめ、おもむろに口を開く。


「帝国の情報があれば良いのか?」

「正確な予測を行うには、情報は必要不可欠です。

 それに精度が上がれば未来を見通せるだけでなく、様々な分岐も見えてくるでしょう」


 ノゾミ女王国なら問題はないが、帝国は不明だらけだ。

 現時点で判明している情報で未来を予測しても、先のことは殆ど見えなかった。


「……ふうむ」


 皇帝は玉座にもたれて、何やら真剣に考えているようだった。


「すまぬが、少し時間が欲しい」


 少し待ったあとに、彼はそう口に出す。


「女王陛下とは明日もう一度話したいが、良いか?」

「私は構いませんが、どうしたんですか?」


 皇帝は穏やかな笑みを浮かべるだけで、何も答えなかった。

 やがて、そのまま謁見は終わる。


 時計を見ると、いつの間にか時刻は夜になっていた。

 そして私は外からやって来た客人で、現時点ではまだ良好な関係とは言い難い。


 今日のところは帝都の適当な宿に泊まることに決めたが、皇帝からは城内で宴を開きたいと申し出があった。


 しかし完全アウェイで女王として振る舞い続けるのは大変なので、気持ちはありがたいですがと丁重にお断りさせてもらう。

 歓迎の宴はジェニファーのお見合い話がまとまってからで良いし、今日のところは帝都の宿で一泊するのだった。

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