第61話 帝都
帝国の旅を振り返っているうちに、キャンピングカーの窓から帝都の高い城壁が見えてきた。
街道の幅も広くなり、近づくたびに行き交う人々や馬車の数がどんどん増える。
「あれが帝都ですか」
「はい、皇帝陛下がおられる帝都でございます」
ちなみに普通に話していても、キャンピングカーやバスだけでなく飛行ユニットに乗っているミスリルゴーレムたちも、周囲の人々が物珍しそうにジロジロ見ていた。
女王として慣れているので平気だし、問答無用で攻撃されないだけ二年前の旅よりマシである。
やがて正門の前にできている長い列の最後尾に辿り着いたので、私たちは他の人と同じように並んだ。
「女王陛下。門番に事情を説明すれば、すぐに通り抜けられます」
今までの町村ではボビーが門番と話して、チェックは行わずに素通りしていた。
しかし私は、今回はそれをしないことに決めた。
「今回は止めておきます。門番の仕事を増やしたり、周囲の人々を押し退けるのも悪いですしね」
一箇所に長期滞在している時間はなくても、この程度なら問題ない。
何時間かすれば正門に到着するので、そのときになったら皇帝の許可証を見せて通してもらえば良い。
「では、私は政務に戻りますので」
「はい、わかりました」
ボビーは帝国の外交官だが、現時点でもっとも偉いのは私である。
命令には逆らえないし、当人もその気はないのか旅の間に慣れたようであっさり引き下がった。
なので各地の分身体を片手間で動かして政務をしていると、ふと窓の外に気になるモノを見つける。
「……あら?」
列に並んでいる旅商人の子供が、好奇心で目を輝かせてキャンピングカーを観察しているのだ。
そして偶然私と視線が合うと、彼は家族と一緒に驚いて固まってしまう。
別に自分が悪いわけではないけれど、ここで露骨に顔を背けると相手に失礼になると考えた私は、あることを思いついて車の窓を開ける。
「良いモノを見せてあげましょう」
「えっ!?」
外から車内を覗いていた子供は、窓が開いたのもそうだが急に話しかけられてさらに驚いていた。
しかし良いモノというのが気になるようで、彼の家族だけでなく周りの人たちも興味を惹かれて集まってくる。
私はデータベースから情報を引き出して、目の前の空間に大きく表示した。
「仮面の騎士」
元ネタは変身して怪人と戦いバイクを乗り回す、日曜の朝に放送している番組だ。
ノゾミ女王国でも公共の電波で週一で流しており、才能や熱意の人物に脚本や監督を任せているからか、子供から大人まで幅広い年齢層に大人気である。
「仮面の騎士は改造人間である。
彼を改造した邪神教団は、世界征服を企む悪の秘密結社である。
仮面騎士は世界の平和を守るために、邪神教団と闘うのだ!」
そのようなナレーションが流れたあと、イケメン俳優の日常シーンが映し出される。
キャンピングカーの外部スピーカーを借りて、声や音楽や効果音も流れているので映像と相まって臨場感は抜群である。
あっという間に周りの人々の心を見事に掴み、俳優や脚本の素晴らしさにたちまち惹き込まれ、誰もが仮面の騎士に夢中になっていた。
特にクライマックスのいつもの採石場での怪人との戦いは大盛りあがりで、子供だけでなく周囲の人たちからも声援が飛ぶ。
「仮面の騎士! 頑張れー!」
「そうだ! 負けるな!」
「私たちがついてるわよ!」
劇中の彼も応援を受けて立ち上がり、最後の力を振り絞って怪人を倒す。
こういう王道展開はいつ見ても良いものだし、馬に乗って夕日に向かって去っていく場面で感動のあまり泣き出す人も多かった。
やがてエンディング曲と映像が流れて一話が終わったので、私は空中に表示したウインドウを消した。
すると旅商人の子供が、興奮気味に大きな声を出す。
「ねえねえ! 仮面の騎士は、このあとどうなったの!」
余程面白かったのか、子供だけでなく周囲の人たちも気になっているようだ。
「この続きは、少し休憩を挟んでから──」
「続きがあるの!? 見せて! ねえ! 見せて!」
世話係のジェニファーに麦茶を入れてもらい、質問に適当に答えながら少し休憩を挟む予定だったのだが、滅茶苦茶食い気味に要求される。
私も一人のオタクとして同志が増えるのは喜ばしいことなので、まあ良いかと再び空中にウインドウを表示した。
「では、第二話に──」
まだ正門に辿り着くには時間がかかりそうなので、二話をデータベースから引っ張り出そうとしたとき、帝都の方角から馬に乗った騎士らしき集団がこっちに近づいてくる。
やがて彼らはキャンピングカーの前で足を止めて、私に向かって大きな声を出した。
「突然失礼する! ノゾミ女王陛下御一行とお見受けしたが! 相違はないか!」
「はい、私がノゾミ女王で間違いありません」
ふと見るとバスに乗っていた使節団の代表、ボビーが慌てて下りてきた。
すると騎士隊長らしい青年は彼に視線を向けて、大声で叫ぶ。
「ボビー! お前が付いていながら、何故お通ししなかったのだ!」
「申し訳ございません! 皇太子様!」
ボビーは青い顔をしながら、皇太子と発言した。
つまり騎士たちを率いる立場で、立派な身なりをした逞しく金髪碧眼の美青年が、帝位の第一継承者ということだが、データベースを参照すると皇帝はかなりの歳で、彼は見た感じ二十代半ばだ。
(いくら何でも若すぎるような)
過去の歴史には女帝もいたようなので、男児に恵まれなかったという線は薄いだろう。
つまり公表はされていないが十中八九で面倒事があったと予測されるため、正直首を突っ込みたくはない。
私は取りあえず女王らしく振る舞うために、皇太子の話に耳を傾けることにした。
「女王陛下を平民と同じ列に並ばせるなど、斬首されてもおかしくないのだぞ!」
このままだとボビーや帝国の外交使節団の皆が、本当に斬首にされかねない。
そう思った私は護衛や世話係と共に、キャンピングカーから降りる。
続いて慌てず騒がず、落ち着いて皇太子に声をかけた。
「ボビーを責めないであげてください。ケヴィン皇太子」
皇太子はまだ怒り心頭なのか顔を赤くしているが、今の発言でボビーではなくこちらに注意を引きつけられた。
「列に並ぼうと言ったのは自分ですし、ボビーは命令に従っただけです。
全ての責任は、私にあるのです」
実際にその通りでボビーは悪くないし、本当に責められたら困るけれど私が良いと言っているのだ。
ここは帝国でノゾミ女王国ではないけれど、国民ではないので一から十まで全て従わなくてもいいだろう。
「おかげで楽しい時間を過ごせました。
ボビー、ありがとうございます」
「女王陛下!」
微笑みながら本心からのお礼を言うと、彼や外交使節団と話を聞いていた民衆は、感極まったような表情に変わる。
しかし皇太子や騎士たちは理解できないようで、とても戸惑っていた。
確かにノゾミ女王国では私が白と言えば黒でも白になるが、帝国ではそうではないし独自のルールがあるのもわかる。
だが、そのことを気にしだすとキリがない。
なので私はコホンと咳払いをして、この話はこれで終わりだとばかりに、皇太子に明るく声をかける。
「とにかく、迎えが来たなら列に並ぶ必要はありませんね。
ケヴィン皇太子に案内をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
微笑みながら告げると、彼は調子が戻ったようで堂々と胸を張って答える。
「もちろんだ! 我々が先導と護衛を行うので、付いてきてください!」
そして私はお願いしますねと告げ、周りの人たちに騒がせて申し訳ありませんでしたと謝罪する。
その後、キャンピングカーに乗り込んで、ボビーが率いる使節団も全員がバスに搭乗したことを確認した。
続いてアクセルを踏んで微速前進しつつ、列には並ばずに騎士団に守られながら帝都に入場するのだった。
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