第60話 旅路

 帝国はノゾミ女王国の北に位置する大国で、前世の地球にあるEUのようなものだ。

 サンドウ王国や聖国と比べれば従属国の支配はまだマシなレベルで、きちんと上納金を収めればある程度の自由は保証される。

 けれど毎年とんでもない額の金が帝国に取られるし、待遇も決して良いとは言えない。


 鬱憤や不満が溜まっていないわけではないが、何処の国も同じ問題を抱えている。


 唯一の例外はノゾミ女王国だけだ。

 何しろ最高統治者以外は平民で、国内全てが国営企業である。

 国内産業の競争を加速しつつも、個々の能力や働きや結果に見合った給料を与え、差別意識も度重なる調整で徐々に緩和しつつあった。


 処理能力が上がった今なら片手間で済むし、ゴーレムの特性か終わりのない仕事や作業を辛いとは感じない。

 だからと言ってワーカホリックではないので、別に好き好んでやりたいとも思わなかった。


 内心はなかなか複雑なのだが、うちのゴーレムが魔物として討伐されない世界になるまでは、女王を続けることになりそうだ。




 そんな事情はともかく、皇帝に一筆認いっぴつしたためて公式な許可証を受け取ることができた。

 なので私はノゾミ女王国を出発して、帝都を目指すのだった。


 現在は片手間で政務を行いつつ、街道を走る大型キャンピングカーの窓から外の景色を眺めている。


「街道も町村も、サンドウ王国とそこまで変わりませんね」


 旧時代のサンドウ王国よりも整備されていて豊かではあるが、帝国はそこまで技術格差はないようだ。

 すると同じ車に乗っているロジャー、おもむろに口を開く。

 

「俺も全ての国を旅したわけじゃないが、三大国家の文化レベルは殆ど差はなかったぜ」


 彼は元ベテランの冒険者で、色んな国を旅して博識だと聞いている。

 続いて世話係のジェニファーから麦茶を受け取り、ありがとうとお礼を言いつつ続きを聞く。


「けど今は違うし、法律や思想は三者三様って感じだな」


 人間至上主義で、それ以外を排斥する聖国。

 人間が一番だが、他の種族も最低限の自由を認めている帝国。

 女王以外の国民を平等に管理する我が国。


 こと現在になるとサンドウ王国は地図から消えて、ノゾミ女王国に変わった。

 あらゆる面で自国が尖りすぎており、他の二国と大きく差が開いている。


 そんなことを護衛と話していると、無線から帝国使節団のボビーの声が聞こえてきた。


「女王陛下、もうすぐ帝都に到着します」


 ノゾミ女王国の面々はキャンピングカーでの移動だある。

 しかし帝国使節団の人たちは人数が多いのでバスに乗せているため、何かあれば無線で連絡するようにと伝えてあるのだ。


「そうですか。ここまでの道案内、お疲れ様でした」

「いえ、女王陛下をご案内できたことを、誇りに思います」


 返事をした私は再び窓の外の景色を眺めながら、帝国の旅のことを思い出していく。


 ここは彼らの祖国で情勢も安定しているので、魔物や野盗に高確率でエンカウントすることもない。

 町村に立ち寄って食料を調達したり、疲れたら休憩を挟んでも比較的安全である。


 ただし人に会うたびに驚いたり物珍しそうな顔で見られるけれど、問答無用で襲われたりはしない。

 けれどそれはきっと、身長が五メートルもある白銀の巨人を連れているからだ。


 何にせよボビーたちの交渉と皇帝の許可証のおかげで、町村に立ち寄っての食料の確保や宿泊施設の利用も、問題なく行えた。


 過去にはコッポラ領からサンドウ王国の王都まで、殆ど休みなしで一直線に突っ切ったこともあったが、それを比べればとても快適な旅だ。


 そんな思い出を振り返っていた私は、無線を通じて今度は逆にボビーたちに話しかける。


「しかし町や村に立ち寄るたびに、熱烈歓迎されるとは思いませんでした」


 サンドウ王国は魔王認定されていたし、歓迎するように皇帝が手を回していたとしても早すぎる。

 それに対してボビーは、はっきりと理由を話して聞かせてくれた。


「女王陛下の噂は、帝国にも届いております。

 光の女神様から御加護を受けた聖女様が、降臨なされたとか」


 ノゾミ女王国は結界を張って鎖国しているが、交易都市までは入ることができる。

 なので私が聖女だという間違った認識は、数少ない情報の一つとして扱われて周辺諸国に拡散された。


 それが帝国に広まってもおかしくはないし、一部は事実なので訂正はしない。

 ついでに魔王や魔物として討伐されるよりも、こっちのほうが都合が良かった。


 なので私は、気にすることなく続きを話す。


「各町村で怪我や病気の治療を行いましたが、流石に全員を診ることはできませんでしたね」


 帝国の民が信じている聖女のイメージを崩さないように、行く先々でそれっぽく振る舞ったのだ。


「女王陛下が治療する必要は──」

「私に休息は不要ですし、慣れている自分が治療を行うのが効率が良いのです」


 現実は貧しい町村の民が涙ながらの訴えてきたので、印象を良くするチャンスだと張りきった。

 お供の者たちは交代で休んでもらい、ゴーレムの私は不眠不休で診療や治療を行う。


 食事や睡眠が不要なだけでなく、ゴーレムは仕事や作業による肉体や精神的なストレスに耐性があるのだ。

 守護騎士も一号から四号を連れて来ているし、こういう時は本当に便利である。


 しかしジェニファーのお見合い話をまとめるのが旅の目的だし、人々の願いには限りがない。

 なのであまり長くは滞在できずに軽症の人は後回しになり、時間切れで診られず次の街に向かうことも良くあった。


「救いきれない人も大勢いましたが、ノゾミ女王国ではないので私が面倒を見る必要もありませんね」

「その通りでございます。帝国の一市民としては、頭の痛い話ですが」


 町や村の長だけでなく領主や国王から、歓迎の宴を開きたいと誘われたことも多々ある。

 しかし私は、帝都を目指している途中に一休みするために立ち寄っただけだ。

 診るべき患者の数がとにかく多く、人間以外の種族を治療する必要はないと言われればふざけんなである。


「私は帝国の民ではありません。人間だけでなく、獣人やエルフも差別せずに治療をしますよ」

「本当に女王陛下の慈悲深さには、頭が上がりません」


 ボビーは心の底からそう思っているようで、こちらを敬うような口調で喋りかけてくる。

 結果的に差別意識が高い人たちの要求は突っぱねて、私は聖女ロールを貫いた。


 どうせここは自国ではなく帝国だし、後は野となれ山となれだ。

 魔王認定されたのと比べれば、ちょっと変わった女王の噂が広まるぐらいどうってことはない。


 それより個人的に目の前で死にかけて助けを求める人がいるのに、何もせずに見捨てるほうが胸糞が悪くなるのだった。

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