第46話 王都の兵士
<王都の兵士>
俺は王都の治安を守っている兵士だ。
しかし魔物の大軍勢が侵攻してきたため、城壁の上に異動させられて防衛を命じられた。
当然、自分以外にも大勢が駆り出されている。
全方位から津波のように押し寄せてくるので、生き残るのに必死だった。
それでも、希望もある。
戦場には絶えず美しい歌声が響き渡り、魔物たちの咆哮をかき消して、俺たちを励ましてくれているのだ。
おかげで次の日までは何とか耐えきれたが、死傷者や怪我人が大勢出ている。
いくら心だけは負けなくても、体の方は疲れ切っていた。
虎の子の魔法使いたちも揃いも揃って魔力切れで動けず、もはや城壁が突破されるのも時間の問題だ。
しかも状況はさらに悪くなり、同僚が遥か遠くの土埃に指を差して叫ぶ。
「おい、アレを見ろ!」
「じょっ、冗談だろ!」
「ダークドラゴンが、何で王都に!?」
翼こそ生えていないが、とんでもなく巨大なダークドラゴンだ。
それが勢い良く突進してきたので、あまりにもでかすぎて遠近感が狂っている。
しかしさほど時間はかからずにここにやって来るのは確実なため、急ぎ対処しなければいけない。
「逃げないと!?」
「だが! 逃げるって何処へ!?」
「お前たち! 王命に逆らうのか!
敵前逃亡は斬首だぞ!」
上官の騎士が、剣を抜いて俺たちを脅す。
何しろ城壁を死守しろと王命が出ているので、巨大なダークドラゴンを見過ごすわけにはいかない。
だがそれでも、大きさが違いすぎる。
大人と子供どころか人間は子犬レベルで、自分たちにできることは何もない。
そして状況判断に迷っている間にダークドラゴンの接近を許してしまう。
一応は上官の騎士が皆をまとめて、魔法や矢による攻撃を行ったが全く効果がなかった。
なので敵は目の前で、もはや逃げる時間もない。
どうにもならないことはわかっていても、剣を構えて足を震わせる。
どうせ奴の黒い鱗を貫けないし、たとえダメージを与えられても針の先で突かれた程度だ。
何より攻撃する前に、上の人間たちは城壁諸共まとめて吹き飛ばされるだろう。
俺は身がすくんでその場から動けないけれど、同僚の何人かは青い顔して慌てて逃げ出そうとした。
上官である騎士が何とか止めようとしたが、彼も王命がなければ一目散に逃走していただろう。
近くで見ると、ダークドラゴンはそれ程のでかさだった。
だが俺だけでなく他の者も例外なく死を覚悟したその時、奇跡が起きた。
城壁の外に青白く半透明の六角形の盾が出現し、ダークドラゴンの突進を正面から受け止めたのだ。
「光の盾だとぉ!?」
「ダークドラゴンの突進を止めたぁ!?」
さらに全方位にも光の盾を展開して結界を張ることで、巨大なダークドラゴンを完全に封じ込めた。
奴は必死にもがいているが青白い壁は微動だにせず、悔しそうな怒りの咆哮が戦場に響き渡る。
「間一髪でしたね」
すると空から緑の髪をした一人の少女が降りてきて、俺たちに向かって話しかける。
「結界で封じましたが、長くは封じられません。
今のうちに逃げてください」
良く見ると六角形の盾には、微かに亀裂が入っている。
ダークドラゴンが諦めずに前に進もうとするたびに、ヒビ割れが少しずつ広がっていくようだ。
しかも彼女の声は、不思議と良く響く。
西門だけでなく、王都の隅々まで届いているかも知れない。
「もしかして、聖女様なのか?」
「王都の外で聖歌を歌っているって噂の?」
同僚の発言に、そう言えば歌声と似ているような気がした。
続いて俺たちは互いに顔を見合わせて、こんな状況にも関わらず呑気に話してしまう。
「聖国が派遣したのかもな」
「それならダークドラゴンの攻撃を防げたのも納得だが、彼女は人間でなくエルフだぞ?」
同僚たちの会話に俺も参加したが、聖女様の歌声はここまで流れてきて自分たちを励ましてくれている。
そして何故王都の外で戦っているのかや、人間ではなくエルフなのかが疑問だ。
しかし今は話に花を咲かせていられる状況ではなく、上官の騎士が大きな声で聖女様に向かって発言する。
「しかし、我々はこの場を死守しろと命じられているのだ!
聖女様には感謝するが、王命に背くことはできん!」
それを聞いた聖女様は一瞬驚いたが、すぐに怒りの表情を浮かべて叫んだ。
「王国の民を見捨てるつもりですか!」
「断じて違う! 我々は民を守るために戦っているのだ!」
すぐに上官が反論するが、聖女様は引き下がらずに話し続ける。
「貴方たちでは、ダークドラゴンを止めることもできません!
時間稼ぎにすらできずに、羽虫のように潰されるだけです!」
確かにダークドラゴンは王城のように巨大で、それが目の前に居ても何とか平静を保てるのは、聖女様は光の盾で俺たちを守ってくれているからだ。
「貴方たちが亡きあと、誰がサンドウ王国の民を守るのですか!」
「そっ、それは! 他に生き残った騎士たちが──」
「王都に魔物の侵入を許して、人々が生き残れるわけないでしょう!」
これには流石の上官も、明らかに言葉に詰まった。
しかし聖女様は止まらず、さらに言葉をかける。
「ですが、まだ希望はあります!」
希望と聞いて、俺たちは一層真面目に聖女様の言葉に耳を傾ける。
「東門の外に、光の柱が見えるでしょう!
そこには聖なる結界が張られていて、魔物も容易には手出しできません!」
聖女様が指差す方向に顔を向けると、確かに青白い光の柱が天高く立っているのがわかった。
まるで俺たちを導いてくれているようだと思い、再び彼女に視線を向ける。
「私の元まで来るのが難しければ、王城に避難しても構いません!」
ここまで聞いて、王城を選ぶ奴は居ないだろう。
そもそも正門は既に閉められていて、国民を受け入れることなく籠城を決め込んでいる。
「とにかく! この場に留まっても未来はありません!
急いで避難してください!」
俺たちはもう足は震えておらず、上官の騎士も決意を秘めた顔をしていた。
そこに聖女様が、最後の一押しを口にする。
「そして私の旗の下で戦い、魔物の軍勢を蹴散らして王都を奪還するのです!」
もはや城壁が破られるのは避けようがないが、聖女様は諦めたわけではない。
ここに留まれば全滅は確定なので、戦略的撤退を行って態勢を立て直してから反撃に出るのだ。
王都には魔物の侵入を許すが、また取り戻せば良い。
上官や俺たちも今は心が一つになり、騎士は姿勢を正して大声を出した。
「聖女様には多大なる感謝──」
「いいから急いで! これ以上は、シールドフェザーが保たない!」
良く見ると先程よりも結界のヒビ割れが大きくなっており、本当にあまり余裕はなさそうだ。
「わっ、わかりました! 聖女様! 後ほど合流致します!」
続けて上官は俺たちのほうに顔を向けて、大声で叫ぶ。
「全員! 速やかにこの場から離脱するぞ!
今後我々は避難民を誘導しつつ、東門を目指す!」
「「「了解!!!」」」
俺たちは怪我をした仲間や最低限の装備を持って、一目散にダークドラゴンから離れた。
聖女様の元に集い、一致団結して戦い、王都を奪還するという新しい目的ができたのだ。
こんなところで立ち止まってはいられずに、仲間たちと共に急いでその場をあとにするのだった。
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