第45話 ダークドラゴン
魔物の大侵攻を迎え撃ち局地的な勝利は何度も重ねたが、全体を見れば戦況は一進一退の硬直状態だ。
それでも抗い続けて、やがて次の日の朝になった。
昼も夜も全方位から押し寄せる敵を相手に、辛うじて持ち堪えている状況だ。
結界内に居る者たちも生き残ることに必死なためか、互いの仲が良くなり連帯感が出てきた。
今は貸し出した光の魔石で重症者の治療を行ったり、炊き出しや飲水を提供したりと皆が忙しく動き回っている。
携帯食料にそこまで余裕はないため、現地調達が基本だ。
そこら中に転がっている魔物の肉も、焼けば美味しく食べられる。栄養バランスは偏るが、非常時なので仕方がない。
ついでに解体して入手した大量の魔石を、結界内で上書きて戦力アップを行う。
ノゾミ女王国の機密情報を知られるのは避けたいが現状はあまりよろしくないが、幸い聖女の加護だと勘違いをしてくれている。
おかげで深くは追求されずに、皆がそういうものだと納得してくれた。
私は仮想空間の居間で空中の半透明のウインドウで状況を確認しつつ、温かいラーメンをすすりながら呟きを漏らす。
『着実に数は減ってるし、あと数日で駆除し終わるかな』
勇者には既に連絡しているし、ミスリルジャイアントもこちらに向かっていた。
どちらかが到着した時点で、人類の勝利は確実なものになる。
だが、魔物も馬鹿ではない。
最初は怒涛のように押し寄せていたが、今は遠巻きに様子を伺うことも多くなった。
おかげでこっちは休憩する余裕ができたが、相変わらず周りを囲まれていることに違いはない。
それに攻撃が止んだわけではなく、散発的に攻めてくるのだ。
ちなみにミスリルゴーレムも防衛に回ってもらい、魔素濃度が低いので遠くに派遣すると魔力切れにより、帰還できなくなる可能性を回避したのだ。
人間たちだけでは戦力的に不安なのでちょうど良いと言えるが、長期戦は避けられない。
『質はともかく、数だけは多いなぁ』
こっちは怪我の治療や体を休めて食事を摂る余裕があって、現時点までの犠牲者はゼロだ。
代わりに魔物側は死屍累々ではあるが、圧倒的な数は顕在で全く減っているようには見えない。
『泥仕合でも勝てればいいけど。このままだと先に王都が落ちそう』
私は空中に表示したウインドウに、東門の様子を映しながら呟く。
被害が出ても持ち堪えているので今すぐに落ちることはなさそうだが、全方位画から押し寄せていると考えれば、自分たちが居ない場所がヤバそうなのだ。
『我々の居る東門は問題ありませんが、他の場所は危なそうですね』
ミスリルゴーレムと同じぐらいの大きさの一つ目の巨人を、二号が大剣で唐竹割りにしながら念話で答える。
魔物の散発的な攻撃程度では私たちはダメージを受けないが、鬱陶しいことに違いない。
今はフェザー兵器を飛ばして数を減らしているけれど、それは結界の周囲を優先していた。
だが彼の言うように他の場所の様子が気になった私は。フェザー兵器の一部を上空に展開した。
そして広範囲の情報収集を開始する。
『ふむ、東門はまだ保ちそうだね』
半透明のウインドウには、上空から撮影された映像が映し出される。
今のところは城壁を越えていないが、外には相変わらず凄い数の魔物がひしめいていた。
私たちだけでなく、王都も完全に包囲されている。
まるで海に浮かぶ小さな島のように見えるし、そう考えると自分たちの結界は板切れだろう。
けれど圧倒的優勢に進めているノゾミ女王国とは違い、サンドウ王国は劣勢で怪我人が多数出ている。
何とか侵入を防いではいるが、東門以外はかなり危うい状況のようだ。
『あれは?』
結界の防衛しつつ上空から情報を集めていた私は、西門に巨大な魔物を急接近していることに気がついた。
その敵は黒い鱗で覆われていて、翼はないので空は飛べない。
だがとにかく巨大で、走るたびに地響きが起きている。
『黒くて大きなトカゲ?』
ミスリルゴーレムを遥かに上回る巨体が、西門を目指して一直線に進んでいるのがわかる。
すぐにデータベースで検索すると、過去に冒険者から聞いた魔物の情報がヒットした。
『ダークドラゴンの変異種? 知能が低くて飛べずに、ブレスも吐けないのか』
予測によると、
代償に本来なら長い年月をかけて修得する知恵や飛行、そしてブレスの能力を失った。
しかし代わりに成竜並の頑強な体を手に入れ、住みやすい環境を目指して移動を開始したとのことだ。
『そっか、突然変異かぁ』
前世でも生物の突然変異は珍しいが、普通に起こることだ。
特に最近は環境の激変したし、別におかしなことではない。
何にせよ生まれてしまった以上は仕方ないし、それよりも今はどう対処すべきかのほうが重要だ。
『どうしたものかな』
拠点の防衛に余裕が出てきたとはいえ、フェザー兵器も遠くに飛ばすほどエネルギー補充が難しくなる。
それに結界を守る戦力が減るため、もし討伐するなら短期決戦のフルバーストが望ましい。
『しかし、攻撃が効きそうにない』
トカゲのように横移動しかできないが、縦の身長が二十メートルはあって城のように巨大だ。
さらに竜族は、防御力が非常に高い。
フェザー兵器を最大出力で放っても致命傷には程遠く、ミスリルゴーレムの大剣でもかすり傷程度しか与えられないだろう。
『ブレスを吐いたり飛ばれる心配はないけど。十分に脅威だね』
『迂闊に近づけば、我々も危険かも知れません』
『少なくとも無策で挑むのは、止めたほうが賢明です』
戦場の情報は全公開しており、ゴーレムたちもデータベースにアクセスできる。
戦況を詳しく把握して意見を出してくれたが、やはり突然変異のダークドラゴンを脅威だと感じているようだ。
『今のところは、打つ手なしかな』
現時点でもっとも優先すべきことは、結界の維持だ
王都は守るために勝ち目の薄いダークドラゴンに挑むなど、命を捨てるようなものだろう。
それに私は正義のヒーローではない。
名ばかりの女王で、自己中心的でマイペースでのんびりした性格である。
いくら将来的に友好関係を築くとはいえ、好き好んで危険に飛び込む趣味はなかった。
『女王様、ダークドラゴンが』
しかしここでゴーレムから念話が入り、半透明のウインドウに視線を向ける。
するとダークドラゴンは城門を破壊するつもりなのか、突進の速度を上げ始めた。
あまりにも巨大なため、周りにいる他の多くの魔物が巻き込まれ、潰れたり吹き飛ばされている。
けれど全く気にしておらず、おかまいなしだ。
『このままだと城壁が崩されて、魔物が王都に雪崩れ込むのは確実だね』
西門には多くの騎士や兵士が必死に戦っており、彼らはダークドラゴンの接近に気づいたようだ。
なので慌てて迎え撃とうとしているが、相手は巨大で攻撃範囲も威力も桁外れである。
とてもではないが防ぎ切ることは不可能で、城壁も人間も耐えられずに木の葉のように吹き飛ばされるのは目に見えており、その後に空いた大穴を通って魔物が大勢侵入するのは容易に想像できた。
私はかなり迷ったが、やがれ結論を出す。
『せめて避難誘導ぐらいはしよう』
幸いなことに、結界の周囲の魔物は散発的にしか襲ってこない。
フェザー兵器のストックには余裕があるし、やれることはやったうえで駄目だったら諦める。
魔力切れの危険があるからとはいえ、やっぱり見て見ぬ振りはできなかった。
もしここでダークドラゴンを放置すれば、最悪私たちの結界まで攻撃されるかも知れないのだ。
勝算はなくても足止めぐらいならできると判断し、フェザー兵器を呼び戻して魔力を最大まで補充する。
『目の前で人が死にかけてたら、助けるでしょ。普通は』
人間を助けるのは最優先事項ではなくても、大切なことには違いない。
たとえゴーレムとして転生しても、それだけは決して変わることはなかった。
なので私はさらにポケベルで世話係に命じて、フェザー兵器に突貫工事で魔石を取り付けてもらい、現場に急行させるのだった。
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