第44話 聖女
全方位から攻めてくる魔物の大軍と戦うことになった。
別に統率は取れていない本能の赴くままだが、強度に不安が残る結界を突破されたら千人の避難民が危なくなる。
いざとなったら王都を捨ててコッポラ領に撤退するという手はあるが、それをやったら後で絶対苦情が出るだろうし、王都にはただ巻き込まれただけの人々が大勢取り残されていて、彼らは勇者が国王になったあとの支援対象だ。
なるべく良い印象を残したいので、今は魔物を退けることを第一に考えることにした。
逃げるのは最終手段だ。
ちなみに私の本体は、シールドフェザーの床の上で歌って踊っている。
魔物の咆哮すら打ち消すような大音量を響かせて、味方の戦意高揚に役立てているのだ。
敵の大きな叫びや大地を揺らすような足音は、私たちに恐怖や絶望を撒き散らす。
ならば手段は多少強引にでも、抵抗しておくに越したことはない。
真下には結界発生装置が設置してあるので、パッと見る限りは仕事をしているように見えるはずだ。
そして仮想空間の私はと言うと、自宅の居間で醤油煎餅を齧りながら緑茶を飲んでいた。
家の窓から見える景色は相変わらずの雲一つない晴天で、周囲の土地は自分が保有しているため静かなものだ。
取りあえず内心で気合を入れた私は、現実の時間の流れを遅くした状態で仲間に指示を出す。
『一号から四号は行動な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処してね』
『それは、いわゆる行き当たりばったりなのではと、四号は訝しげた』
『馬鹿お前! 女王様には、山よりも深く海よりも高い考えがあるんだよ!』
『いつもの丸投げですね。わかります』
身内同士の場合は、ネタに走ったり和気あいあいとした返事をする場合が多いが、特に反対することもなく指示に従ってくれる。
名ばかり女王を信用するのは良いのだが、基本的にはイエスマンなのでいつか大失敗するのではと思っている。
なお実際にやらかしたことは多々あるが、問題が起きる前に未来予測で対処しているため、危ういところでいつもギリギリ回避できていた。
それはそれとして私は目の前に半透明のウインドウを複数開いて、戦局の把握に務めつつ行動を起こす。
『それじゃ、フェザー兵器起動。まずは可能な限り、敵の数を減らすよ』
キャンピングカーの収納ボックスが開き、持ってきたフェザー兵器が一斉に起動して空に飛び立った。
結界への負担を減らすためにソードやガンだけでなく、シールド型も積極的に使っていく。
するとフェザー兵器は目にも留まらぬ速さで空中を移動し、あっという間に魔物の軍勢の先頭集団が射程に入った。
『フルバースト!』
とにかく敵の数が多いので、出し惜しみなしの最大出力を初手でブチかました。
戦場に青白い閃光が煌めくたびに、魔物の鮮血や肉片が周りに飛び散る。
みるみるうちに敵の屍が積み上がっていくが、その分だけ魔力の消費も多く長くは保たない。
「怖がることはありません! ノゾミ女王様の御力です!」
「聖女様は必ずや魔物を退けて、私たちをお守りくださります!」
ジェニファーとレベッカが、どよめく民衆を前にマイクを使って色々言っている。
今の自分の本体はプログラムに従って歌って踊っているだけで、抜け殻も同然だ。
(しかし、魔王だったり聖女だったり忙しいね)
色々ツッコみたいところではあるが、フェザー兵器の操作にてんやわんやだ。
戦闘はまだ始まったばかりでこの先も色々と派手にやることを考えると、些細な事を気にする余裕はない。
(噂に尾ひれがつくのは仕方ないね)
そのうち落ち着くだろうし、今は民衆の混乱を静めて士気を高めるほうが大事だ。
なのでこの際だから、聖女の噂も利用するぐらいに考えておいたほうが良いだろう。
ちなみにミスリルゴーレム隊は、魔物の第一陣を迎え撃つために半透明の障壁の外に出て横一列に並んでいる。
飛行ユニットは密集状態での乱戦には不向きなので、今回は使用せずに徒歩だ。
「またお前さんたちと肩を並べて戦えることを、光栄に思うぜ」
高性能な義手を着用しているロジャーが、炎の魔剣を引き抜く。
そして近くの一号と、ポケベルで話をしていた。
『そう言ってもらえると嬉しいが、無茶して突っ込むなよ』
「ああ、わかっている。女王様もそう言ってたしな」
うちの国民とゴーレムは、すっかり仲良しになった。
しかし、サンドウ王国の人たちは全く理解できない光景のようで唖然としている。
『俺たちが前に出て、魔物を引きつける。お前たちは後方支援を頼む』
ゴーレムから作戦を伝えられたフランクが、こんなこともあろうかと持ってきた拡声器を使い、全部隊に伝える。
「守護騎士殿が突撃して魔物の軍勢を切り崩す!
我々は防衛線を抜けてきた敵を叩くんだ!
いいか! くれぐれも前に出るんじゃないぞ!」
どうせ連携なんてまともに取れないだろうし、このぐらいわかりすい作戦のほうが良いだろう。
やがて接触まで残り一分を切ったとき、全てのミスリルゴーレムが勢い良く走り出した。
魔石の効果で全身鎧が軽量化されて凄まじい速度が出る分、巨体が土を踏みしめて地面がえぐれているのがわかる。
『女王様、今のうちです』
『ありがとう。一旦下がらせてもらうね』
彼らと入れ替わるようにフェザー兵器を結界内に戻して、急ぎて魔力の補充を行う。
まだ多少の余力はあるが、戦場では何が起きるかわからない。
なるべく魔石のエネルギーは、高い状態を維持したいものだ。
『まさか魔素濃度が三十パーセントを下回っている状態で、消耗戦をするなんて』
神様が手を加えたワンオフモデルの私はともかく、他のゴーレムやマジックアイテムの連続稼働時間はかなり短くなっている。
もちろん低出力モードを維持すれば、それなりに長持ちする。
だが次から次へと津波のように押し寄せてくる魔物の大軍を前にすれば、そんな余裕はあるはずがなかった。
私は仮想空間で緑茶を飲んで気持ちを落ち着かせて、どうしたものかと思案する。
『よし、ここはプランBでいこう』
次に醤油煎餅を小さな口に運んでボリボリと噛み砕きながら、ポケベルを通じて新たな指示を出す。
すると現実世界でそれを受けたレベッカが、大きな声を出した。
「これより! 聖女様が御加護をお与えになります!
全員今すぐ! 結界の中に入ってください!」
戦える者たちは結界の外に待機していたが、新たな指示を聞いて困惑しながらも従ってくれた。
できれば戦闘開始前に済ませておきたかったので、ミスリルゴーレムが魔物の大軍を抑えている今のうちだ。
そして仮想空間の私は呼吸を整えて、気合を入れる。
次に無駄に有り余っている魔力を結界内に一斉に放出した。
「こっ、これは!」
「傷が癒えていく!」
「それに力が湧き出す!」
周囲の人々から歓声が上がり、これをやったのは誰かとざわめきが広がる。
自然にレベッカやジェニファー、そして私に注目が集まった。
「聖女様の御力により、結界内は聖域となりました!」
「そして皆さんは、たった今から聖騎士です!」
「俺たちが聖騎士!?」
「うおお! 聖女様! 最高だぜぇ!」
私の支持率がうなぎのぼりではあるが、仮想空間では大忙しだ。
キーボードを打ったりタッチする必要はないとはいえ、流石に色々やりすぎた。
『ええと、魔石を上書き、怪我の治療、システムの最適化、魔力補充、他には──』
今やったことは結界内を私の魔力で満たし、マジックアイテムや魔石を一斉に上書きしたのだ。
さらに光の魔石を常時発動型に変更して怪我を癒やしたり、冒険者や警備兵の所持している装備のシステムを最適化したりと、現在進行系で色々やっている。
結構忙しく動いている私に、ミスリルゴーレムの一号から年我が入る。
『女王様、戻っても良いですか?』
『いいよ。フェザー兵器の魔力も回復したし、援護するね』
最前線で大暴れしていたミスリルゴーレムたちが、魔力が半分を切ったので帰還するようだ。
幸い結界内は私の魔力で満たされているので、そこで待機しているだけあっという間に全回復する。
『しかし、凄い姿だね』
彼らの全身鎧が返り血や肉片で汚れていて、色んな意味で凄い姿をしていた。
『時間が経てば自己修復で汚れは落ちますので、問題はありません』
しかし武器や盾などの装備も体の一部という謎判定によって、時間経過で勝手に修復される。
私が体内に取り込んだモノと同じで、魔素に分解されて吸収されるそうだ。
だが付着の分解速度はかなり遅く、時間があったら水で洗い流したほうが良いだろう。
「魔物が来たぞ! 一匹たりとも通すな!」
「「「おおー!!!」」」
そしていくらミスリルゴーレムとはいえ、魔物の津波を止めるのは難しい。
おまけに魔素濃度が三十パーセント以下なため、全力では戦えずに低出力モードを維持ている。
それでも身の丈ほどもある大剣を振り回すたびに、大勢の敵が吹き飛んでいく光景は流石と言える。
五メートルほどあって頑丈なので、魔法剣ではなく鈍器として使っても優秀な武器だ。
まさに一騎当千の働きぶりと言っても過言ではないが、今は一号が補給のために抜けて三人で前線を支えていた。
ローテーションを組んで補給を行うにせよ、一時的に手薄になるのは避けられない。
隙間を抜けて押し寄せてくる魔物の群れを前にして、人間たちに緊張が走る。
「来やがったな! 魔物ども! 灼熱の炎よ!」
ロジャーが炎の剣を力強く振るうと、直線上の魔物の群れがまとめて焼き尽くされた。
結界に隣接して戦う限りは、エネルギー切れの心配はいらない。
「俺たちの役目は、結界と女王様を守ることだ!
前線の維持は守護騎士殿に任せて、抜けてくる敵を倒すんだ!」
やはり数が多いのか一撃では全てを倒せずに、早くも乱戦状態になりつつある。
フランクは戦闘の合間に拡声器を使い、味方に大声で呼びかけた。
すぐ近くに自動回復の避難所があるので、皆気持ちに余裕があるようだ。
なので私も戦況を見ながら、フェザー兵器で援護を行う。
やがてロジャーが焼き尽くした魔物の亡骸を乗り越え、ゴブリンの群れが襲いかかってきた。
しかもソルジャーやチャンプも混じっている。
彼だけでは荷が重いので、私は死角から奴らの頭を正確に撃ち抜く。
「おおっと! 今のは危なかったぜ! 女王様の援護に感謝だぜ!」
それに結界に攻撃を仕掛けたり、味方に攻撃しようとする魔物を発見次第、フェザー兵器を向かわせて手早く処理する。
時間が停止しているので、マニュアル操作で何とかなるのは良いことだ。
もしこれがリアルタイムだったら、とてもではないが間に合わない。
『しかし、長くなりそうですね』
余裕ができたらコマ送りのように時間を進めつつ、無理はせずに後方支援役に徹する。
皆も作戦通りに結界と己の身を守ることを優先して、冷静に行動していた。
ふと城壁に視線を向けると、王都の守備隊には結構な犠牲が出ているようだ。
しかし今はそちらに労力を割く余裕はなく、戦力が補充されるまでは拠点防衛に専念することに決めるのだった。
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