第43話 防衛

 監視砦の者たちを救出して安堵した私だったが、どうやら一難去ってまた一難のようだ。

 気づけば正門の前に大勢の人集りができていて、城壁の上には騎士たちが整列して私たちを見下ろしていた。


「どうして門を閉めるんだ!」

「俺たちは、まだ外に居るんだぞ!」

「お願い! 助けて! 私たちを見捨てないで!」


 多くの人たちが抗議の声をあげているが、無慈悲にも正門は内側から閉められていく。

 何とか隙間から潜り込もうとしている者たちもいるけれど、門番が剣や槍を向けて牽制していた。


「黙れ! サンドウ国王様の御命令だ!」

「もはや一刻の猶予もならん!

 魔物の軍勢に備えるため、全ての門を閉じよのことだ!」


 城壁の上の騎士たちが、堂々と反論を叫んでいた。

 実際に本当に時間がないようで、平野の遠くを見ると土煙があがっている。

 魔物の大軍がすぐそこまで迫っていることを伝えており、もはや一刻の猶予もなさそうだ。


「貴方たちは行かないのですか?」

「俺はまだ、女王様に恩を返していない」

「僕もです」

「私も」


 どうやら門番の隊長や部下、それと何人かが心変わりしたようでこの場に残るようだ。

 しかし城壁で囲まれた都市のほうが安全だろうし、わざわざ危険に飛び込むことはない。


「自分の身は自分で守りますし、避難しても構いませんよ」


 私たちは戦う手段があるし、どうにもならなければキャンピングカーで空を飛んで逃げれば良い。

 魔物の大軍を突破するぐらいなら、問題なく保つだろう。


 なので落ち着いていられるのだが、隊長はそんな私をじっと見つめて不敵に笑う。 


「これは俺の勘なんだが、女王様の元が一番安全な気がするんだ」

「いやいや、そんなことは──」


 否定の言葉を続けようとして、ここでふと思った。

 万を越える魔物の大軍を相手に、王都の城壁が耐えきれる可能性は低い。

 サンドウ王国だけでは、遅かれ早かれ陥落してしまうだろう


「女王様ならサンドウ王国を救ってくださると。俺は、そう信じています」


 それを聞いた私は、難しい顔になる。

 続けて冷たい目で隊長や部下たちを見つめて、はっきりと告げた。


「実は私はサンドウ王国に刺客を送り込まれて、一応は仮想敵国なんですよ」

「「「……えっ?」」」


 この場に集まって私の話を聞いていた人たちが、明らかに戸惑いの表情に変わった。


「ここで私が王都を救うために頑張っても、魔物を呼び寄せた責任を取れとか言われませんか?」

「「「……ありそう」」」


 魔王認定されていることは伝えていないが、サンドウ国王はそのような持論を展開して激しく叱責してくるのが予想される。


 つまり私が王都を守るために必死に頑張っても、逆に自らの首を絞めるのだ。

 まだそうと決まったわけではないが、モチベーションの低下は避けられない。


 だがそうは言っても、王都に通じる全ての門が閉じられてしまった。

 中に入れなかった人々は途方に暮れ、何故かはわからないが皆が私の周りに集まってくる。


(さっき砦の魔物を殲滅したし、噂が広まったのかな?)


 川の水が高いところか低いところに流れるように、誰に言われたわけではなく自然にそうなった。

 私たちは現時点での戦闘能力がもっとも高い一団なのは間違いなく、藁にもすがる思いなのだろう。


 だがそれはそれとして、王都を囲むように砂埃があがっていることに気づいた。

 嫌な予感した私はキャンピングカーに収納してあるフェザー兵器を起動して、急ぎ上空から情報を集める。


「ふむ、これは完全に包囲されていますね」


 全世界で大繁殖中の魔物は、王都目指して進軍中だと理解させられる。

 そしてサンドウ王都は難民が大勢集まっているが、城門の中には入れていない。


(けど難民の数が多すぎて、キャパオーバーだろうしなぁ)


 王都に受け入れるにしても限度があり、大勢の難民を収容したら混乱の末に備蓄食料もすぐに空っぽになる。

 それにすし詰め状態では戦闘行動も取りにくいし、国王の判断もあながち間違いではないだろう。


 ちなみに私は、コッポラ領主の代理として統治していたときは、サンドウ王国からは近寄ったら駄目な陸の孤島扱いされていたし、国境沿いに張り巡らせた感知結界で鎖国を維持していた。


 しかし王都に到着してからは魔物を相手に無双したり、かなり目立っている。

 きっと彼らはここが一番安全だと、本能的に理解したのだろう。


 だがまあ今は、あまり悠長に考えている時間はない。

 私はどうせ勇者が国王になれば、難民たちにも全面的に支援することになるからと割り切り、椅子から立ち上がって大きな声をあげる。


「今から私を中心に、広範囲結界を展開します!

 慌てず騒がず! 落ち着いて避難してください!」


 続いて隊長や部下の門番に顔を向けて、指示を出す。


「門番さんたち! 皆さんのことを、よろしく頼みます!

 結界は魔物以外は外から入れますので、焦る必要はありません!」

「了解だ! 避難民の誘導は任せてくれ!」


 護衛や秘書は、広域結界を張る段取りを知っている。

 それにポケベルがあるので、いちいち口頭で指示する必要はない。


 なので手が空いていて協力的な人に、避難民の誘導を頼んだのだ。


「皆は自分の命を、最優先に考えて行動してください!」


 色々準備はしてきたが、流石にここまで大規模な魔物の侵攻は想定外だ。

 フェザー兵器では自分の身を守るので精一杯で、王都の防衛に回す余裕はない。


 なので状況が好転しない限りは、広域結界の維持に尽力するつもりだ。


(アレは、助けた兵士たちかな?)


 ふと上空を見ると、青白く半透明の六角形の盾が飛行していた。

 ソードとガンタイプは追従する必要はないので、こちらに呼び戻して魔力を補充しておく。


 すると乗っている大勢の兵士が私に気づいたようで、口々にお礼を言ってくれた。

 ただし距離が遠いので監視システムを通さないと殆ど聞き取れないが、やがて彼らは城壁を飛び越えて王都に入っていく。


 魔物の侵攻に備えている騎士たちは理解できない光景に、皆揃って唖然とした表情を浮かべていた。


 その後は適当な広場に降下させたあと、シールド形態を解除して私の元に呼び戻す。

 王都の住民の注目を集めたが非常事態ゆえに致し方なしだし、遅かれ早かれ知れ渡ることになる。


「女王様、結界の設置を完了しました」

「こちらも避難民の誘導、終わったぞ」

「ありがとうございます」


 彼らが報告を終えると同時に、砦の兵士の救出を終えたフェザー兵器が城壁を越えて戻ってきた。

 こっちも魔力は枯渇寸前だったので、今後の戦闘に備えて急いで補充する。


 しかし、やることが多くて忙しい。

 こうしている間にも分身体を遠隔操作して政務をしているし、さらには魔物の大軍を相手にしないといけないのだ。


 だが今は緊急事態ゆえに、仕方がないと諦めて大きな声を出す。


「では、結界を張ります!」


 中央のキャンピングカーの屋根に、結界用のマジックアイテムを設置してもらった。

 それを遠隔操作で起動すると、半透明の障壁がドーム状に展開される。


 そして大勢の民衆をすっぽりと包み込んだが、いつの間にか千人ほど集まっていたので、かなりの広範囲だ。


 私は念のために注意喚起しておくため、続けてを説明を行う。


「ですが、結界も無敵ではありません!

 あまり攻撃を受けると、破壊されてしまいます!」


 効果範囲を広くするのは可能だが、そうするほど結界の強度は下がる。

 それに修復が間に合わないほどの大ダメージを受けると破壊されてしまうため、いくら魔力を補充できるとはいえ無敵ではない。


 そして、今ここで一番偉いのは女王の私だ。

 戦場で足を引っ張られないためにも、ここは堂々とした立ち振る舞いを心がける。


「結界は味方は自由に通過できて、敵を弾きます!

 危ないと思ったら、無理せずに避難してください!」


 ついでにジェニファーとレベッカに怪我人の治療を指示しながら、皆への説明を続ける。


 本来の結界はそんなに万能ではないが、私が操作することによって通すも弾くも自由自在だ。

 ただし修復が追いつかなくなると鏡のように砕けるのは変わらないので、あまり内部から一方的に攻撃という手は使って欲しくはない。


 ふと周囲をを見回すと、魔物の大軍勢が肉眼で確認できる距離まで近づいたことを実感する。

 あと数分ほどで、戦闘が始まるだろう。


「私はここに留まり、結界の維持と後方支援を行います」


 私は足元にシールドフェザーを展開して、六角形の床に乗って空中にふわりと浮かぶ。

 こうすれば一番偉い人が良く見えるし、逃げずに戦っていると思って民衆は安心する。


 別に高い場所が好きなわけではなく、演出的に士気が上がるのでやってきるだけだ。


「戦える人は全員、防衛に専念してください。

 怪我をしたら結界内に戻り、ジェニファーとレベッカの治療を受けるのです」


 私の指示を受けた二人は、キャンピングカーの中から光の魔石がはめ込まれた杖を持ち出した。

 そして説明を終えた辺りで、彼女たちは力強く頷く。


 結界内にはノゾミ女王国からやって来た者や、協力者である隊長な門番たちだけではない。

 他にも冒険者や商人の護衛などと、戦える人たちも大勢いる。


 それでも四方八方から雪崩のように押し寄せてくる魔物の軍勢と比べれば、吹けば飛ぶような数だ。

 しかし装備次第で十分に抵抗は可能だと判断し、彼らにも協力を要請する。


 とにかく指示は出したので、私は意識をデータベースへと移す。

 次にコッポラ辺境伯と戦ったときのように、本体を遠隔操作で動かした。

 見た目は全く変化はないので外から見ただけでは気づかないが、取りあえず大声で叫ぶ。


「戦いなんてくだらないですね! 私の歌を聞きなさい!」


 キャンピングカーの外部スピーカーから、事前に録音した楽曲が大音量で流れ始める。

 そして魔物の足音や叫び声をかき消すように、私の歌声が戦場の隅から隅まで響き渡った。


 祈りのポーズで固定しても良いのだが、それでは仕事をしているようには見えない。

 なので歌やダンスのプログラムを組んで、シールドフェザーの足場から落ちない範囲で一定間隔で繰り返すことにした。

 幼女のゴーレムは非力だが、肉体的な疲労という概念はないので永遠に動き続けられる。


 いよいよ不味くなったら全シールドフェザーを最大出力で展開し、上空に逃げればいい。

 その気になれば危険な王都から離脱することも可能なので、割りと気楽であった。


(そう言えば私って、こんなに図太かったかなぁ)


 振り返ってみれば、異世界に来てから現実では数年経った。

 しかし、仮想空間では途方もない年月を過ごしている。


 おまけにゴーレムの体になってからは、色んな欲が薄まった。

 どんな状況でも動揺は少なく、落ち着いていられる。

 例えるなら長い年月を生きた大樹のような、どっしりとした精神に変わったと言えるだろう。


(でも別に無欲や、感情がないわけじゃないけど)


 客観的に自分を分析すると、人間とゴーレムの中間に位置しているような気がする。

 別にそれが悪いとは思わないし、こっちに来てから自分は最初からそんな感じだ。


 年月が経って落ち着きが出てきたと思えば、むしろ良いことのような気さえする。

 自己中心的で行き当たりばったりな性格は全く変わっていないので、今まで通りにマイペースでわが道を歩んでいく。


 そんなことを考えてはいるが、取りあえず魔物の軍勢を迎え撃つために気合を入れるのだった。

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