第42話 魔物の群れ

 一応は仮想敵国なので警戒はしていても、私は野外で呑気に食事を楽しんでいた。

 完全にリラックスしているわけではなく、女王モードを維持しつつドレスが汚れないように前掛けを装着し、パイプ椅子っぽい何かに優雅に腰掛けている。


 そして小皿に取られた鉄網で香ばしく焼かれた魔物の肉を、箸で摘んでタレにつけて小さな口に運んでハフハフしていた。


 ふと同行者を見ると彼らも箸の扱いに慣れたようで、自分を同じようにバーベキューを楽しんでいた。

 日本文化もかなり受け入れられてきたなと思いつつ、ガラスのコップに注がれたレモン水を一口飲んだあとに、静かに両手を合わせる。


「ごちそうさまでした」


 ゴーレムの体は、空腹も栄養バランスを気にしなくて良いので気楽だ。

 しかし同行者の健康状態には気をつけなければならず、長旅は現地調達か保存食がメインになるため、ノゾミ女王国に帰ったら一度健康診断を受けたほうが良いだろう。


 何にせよサンドウ王国を勇者が統治すれば、晴れて家に帰れるのでそれまでの辛抱だ。

 そんなことを考えながら国王からの呼び出しをのんびり待っていると、ふと王都とは逆方向から血相を変えて走ってくる集団が目に入る。


「何でしょうか?」


 良く見ると街道の向こうからは、旅人や冒険者、さらには商人や巡回の兵士たちが、焦った表情を浮かべて大勢やって来るのだ。


 もう少し分析すると、彼らは一人の例外もなく焦りだけでなく恐怖や絶望にも染まってるようだし、どうにもただ事ではない様子に周囲に緊張が走る。


「たっ、大変だあ!」

「どうした! 何があった!」


 息も絶え絶えで一番最初にに辿り着いた巡回の兵士が、肩で息をしながら報告を始める。


「魔物の大軍が王都を目指して進軍中です!

 とっ、とにかく! 急いで国王様に報告を!」


 とんでもない報告が飛び込んできたものだが、今のところは彼の発言だけで真偽は不明だ。

 しかし、もし本当ならかなり不味いし、どの程度の規模かも気になる。


 とにかく時間はあまりないだろうから動くなら早いうちが良いと判断し、私は少しだけ真面目な顔になった。


「少し様子を探ってみましょう」


 私はその場から立ち上がることなく、椅子に座ったままで万が一に備えて用意していたフェザー兵器を起動した。


 するとキャンピングカーの収納ボックスが遠隔操作で開き、ソードとガンとシールドを一つずつ空に飛ばす。

 偵察なので少数で十分だし、もしもの時に自分を守るためにも、ある程度は手元に残しておくべきだ。

 その一方で報告を届けた兵士は馬を借りて、国王の元に向かうのだった。




 ちなみに城外で慌てふためく大勢の人々は、少しでも安全な壁の中に入ろうとしている。

 しかし門番たちは立場上通すわけにはいかずに、激しい言い争いが起きているようだ。


 だが私は我関せずとばかりに、椅子に座ったままでフェザー兵器を遠隔操作する。

 上空から見る限り、相変わらず多くの人たちが王都の方角へと逃げてきているようだ。

 つまり普通に考えれば、逆方向に飛ばせば魔物の大軍を確認できるはずである。


「……これは」

「女王様、何かわかりましたか?」


 王都の周囲には畑や川や森もあるが、その殆どは広大な平野のようだ。

 護衛のフランクが緊張した顔で尋ねてきたので、私はすぐに返事をする。


「少し待ってください。今映像を出します」


 口で説明するよりも見たほうが早いと判断した私は、データベースを起動して目の前に半透明のウインドウを表示する。


 周りの人々が驚いていたが、この世界には水晶に遠方の景色を映し出す魔法があるらしく、説明が面倒な私は勝手に勘違いしてくれるの楽でいいと思っていた。


 それはともかく魔物の軍勢は平原の草花を踏み躙り、真っ直ぐ王都に向かってきているようだ。


「大型は百、中型は千、小型は計測不能です。

 大雑把な数ですが、全て合わせると万は越えていますね」


 さらにこうなった原因を予測し、資料映像へと切り替えて皆に説明していく。


 異世界から勇者を召喚したことで、王都の魔素は一時的に枯渇寸前になった。

 代わりに魔力滓まりょくかすが大量に放出され、魔物にとって過ごしやすい最適な環境へと変化したのだ。


「本来なら魔素濃度は均等になるか回復するはずですが、王都の周辺は未だに三十パーセントを下回っています」


 そのせいで魔物の活性化が止まらずに、とうとう防衛ラインを突破されたのだろう。

 そして増えすぎた群れが何処を目指すかと言うと、魔力滓まりょくかすが大量にあって快適な環境だ。


 つまり彼らは各地の群れと合流して勢力を増やしつつ、王都を目指して進軍し続けた。


「原因は、召喚魔法陣にあると私は考えています。

 勇者を呼び出しただけでは終わらず、稼働を続けて彼に加護を与えているのでしょう」


 勇者を呼び出したのが召喚魔法陣なら、チートスキルを与えたのも同じ可能性が高い。

 あとは彼をこの世界に留まらせていたり、肉体の維持も含まれると神話級の大魔法級を使い続けているようなものだ。


 だったら魔素も枯渇して当たり前だし、魔力滓まりょくかすは王城に向かうほど増えているようだ。

 この時点で関係があるのは、ほぼ間違いないと言える。


 ここまで資料映像を見せながら簡単に説明した私は、静かに息を吐く。


「……以上が、私の予測になります」


 他にも環境の変化やストレスによる群れの離反など、色々な不確定要素はある。

 だが今は現在進行系で起きている事件を、皆に伝えて理解してもらうことが重要なので省略だ。


 そして現時点でもっとも重要なのは魔物の大軍が今まさに迫っていることで、私は再び映像を上空から撮影しているものに切り替える。


「しかし、何という大軍だ!」

「こんな数に攻められたら、王都と言っても危ねえぞ!」

「遠くで煙が上がっているのは、監視用の砦かも知れません!」


 フランクとロジャーとジェニファーが、切り替わった映像を見て驚きの声をあげる。

 周りの人たちも遠巻きで覗き込んでいることに気づいた私は、ウインドウを拡大して見やすくするなどの配慮を行う。


 彼らはこれから王都の中に避難するのだろうが、正しい認識を持っておいて損はない。


 何にせよ状況の確認は終わった。

 そろそろフェザー兵器を回収しようと遠隔操作を行う直前に、門番とその隊長らしき人がこちらに近づいてきた。

 そして二人揃って申し訳なさそうな顔をしたまま、話しかけてくる。


「その、女王様」

「はい、何でしょうか」


 私はリアルタイム映像を表示させた状態で、椅子に腰かけたままで彼らをじっと見つめる。


「遠見の魔法を見る限り、アレは魔の森を監視していた砦だと思うんだが、どうだろうか」


 魔の森とは魔物が生息する危険な森のことで、監視用の砦も世界各国にある。

 特に珍しいものではないし問題の場所に拡大表示を行うと、どうやら隊長の言った通りの建造物のようだ。


「その砦には、古い友人が居るんだ。

 いや、もう……亡くなっているかも知れないが」


 何が言いたいのか、いまいち見えてこない。

 私が早く要件を言うようにと告げると、彼は少し迷ったあとにはっきりと口を開く。


「監視砦の様子を、もっと良く見せて欲しい。

 それでもし生き残りがいたら、助けてもらいたい」


 私は何とも難しい顔になって、遠見の魔法でないとバレているようだ。

 フェザー兵器を飛ばす場面を見られたのでその可能性はあるが、とにかく門番の隊長に冷たい視線を向けて答えを返す。


「それで私に、何の得があるんですか?

 砦に突入するのは危険で、損害を被る可能性が非常に高いです」


 幸いなことに魔物の大軍に空を飛べるタイプは殆どいないし、いてもせいぜい低空だ。

 なので今のところは、上空から気づかれずに観測できている。


 けれど、あまり地上に接近すれば発見される可能性が出てくるし、明らかに敵の数が多すぎるのだ。

 自動回復で倒すのは難しく、魔物たちは飛べなくても対空攻撃が可能な者も中にはいる。


 フェザー兵器もタダではないし最悪撃墜されるかも知れないから、あとで回収しに行くのは面倒だなと考えてしまう。


 すると隊長が真剣な表情になり、部下と二人で膝をついて頭を下げる。


「そこを曲げて頼む! この通りだ! 俺たちにできることなら、何でも──」

「わかりました」

「えっ?」


 私は条件反射的に彼らの頼みを承諾し、大きく息を吐く。


「貴方の希望通り、今から砦の様子を映します」


 今、何でもするって言ったよねと、前世ならネタにするところだが、私は別に隊長やその部下をどうこうするつもりはない。


 ただ、彼らが本気なことは十分に伝わってきた。

 それに自分も映像越しとはいえ、目の前で死なれるのは寝覚めが悪い。


 砦の兵士は放っておけば全滅確実で、現在何とかできるのは私しかいないだろう。

 もはや選択の余地もなく、早めに助けに入らないと犠牲者は増える一方だ。


 しかし、やはりフェザー兵器だけでは内蔵魔力が足りない。

 救出任務が上手くいくかはともかくとして、魔物の大軍を相手にするには少々心許なかった。


(別に私たちだけが生き延びるのなら、何とでもなるんだけど。

 念のために、ミスリルジャイアントを呼んでこう)


 だが周りには難民が大勢いるし、きっと成り行きで王都の人たちも助けることになる。

 戦力は大いに越したことはないと判断して、遠隔操作でミスリルジャイアントを起動して地下基地から出動させる。


 だがコッポラ領から王都までは、かなりの距離があった。

 キャンピングカーよりも高速だが、急いで飛んでも間に合うかわからない。


(あとは勇者にも連絡を入れて……っと)


 説得は成功したようで、今は百人の兵士を味方につけているようだ。

 現在こちらに向かっているようだが、こっちも到着は遅れそうである。


 思考加速でこれらのことを素早く処理した私は、偵察に出ているフェザー兵器を操作して、砦に向けて一直線降下していく。


 映像もみるみる拡大されて、詳しい状況がわかるようになった。


「良かった! 生きてたぞ! 皆無事だ!」

「かなり危ういですけどね」


 魔の森を監視していた兵士たちは殆どが満身創痍で、砦の大部屋に立て籠もっているようだ。

 隙間から中を覗き込んで映像を見た限りでは、大扉のバリケードが今まさに破らる直前だとわかった。


 実際に話している間に、魔物たちが扉を破壊して一斉に雪崩込んできた。

 そのよう様子を観測した私は、もはや形振りを構っていられる状況ではないと判断し、声を出す必要はないが反射的に叫んだ。


「シールド展開!」


 外から凄い勢いで飛び込んできたフェザー兵器が、破壊された扉の位置で停止する。

 そして半透明の青白い盾が展開されて、魔物の大軍を押し留めた。


「攻撃開始!」


 続いてソードとガンタイプにも命令を出し、無数の魔物を一方的に殲滅していく。

 大部屋に固まって死を覚悟していた兵士たちは、皆が唖然とした表情を浮かべていた。

 当たり前だが、あまりにも突然の事態に理解が追いついていないようだ。


(だけど、やっぱり忙しい!)


 映像を見る限りは、格好良く戦っているように見えるだろう。

 しかし、フェザー兵器は全ての動作がマニュアル操作だ。

 思考加速により停止した時の中で落ち着いて操作できるとはいえ、見えない所ではアヒルのバタ足のように大忙しだった。


 それでも何とか大部屋付近の魔物たちは片付いたので、現実の私は静かに息を吐く。


「……制圧完了」


 エネルギーがギリギリ足りたから良かった。

 しかしこれ以上戦闘が続くようなら、飛行も困難になるだろう。

 それに大軍の一部をやっつけただけで、まだまだ無数にいるのでゆっくりしている時間はない。


「第二陣が来る前に撤収します」

「何故だ? 戦況はかなり有利なはずだ」


 隊長と部下の門番や、周囲の人たちはフェザー兵器の活躍を見て大いに興奮している。

 このまま魔物の大軍を殲滅できるのではと期待しているのがわかるが、私はすぐに首を振って否定した。


「フェザー兵器の内臓魔力では長時間の戦闘は無理ですし、正直いつ停止してもおかしくない状況です」

「そっ、そうか。悪かった」

「いえ、わかってくれれば良いのです」


 別に謝罪する必要はないと伝えてから、私はこれからどうしたものかと考える。

 できれば、残った彼らに砦を捨てて逃げて欲しい。

 だが大怪我をして歩けない人もいるので、それは難しいだろう。


 そもそも周囲は魔物だらけだし、王都に来るのも難しい状況だ。


「こちらの声は、向こうに届かないのか?」

「フェザー兵器に通信機能はありません」


 通信機は持ってきているが、フェザー兵器には搭載していない。


(命令を書き換えれば通信はできるけど、これ以上魔力を使うのは不味い)


 小型で取り回しやすいのがフェザー兵器の良いところで、大火力が欲しければ守護騎士やミスリルジャイアントがいる。

 しかし今後は通信機をつけたほうが良いかもと、改良案を取り入れたくなった。


 だがまあそれはそれとして、今は別のことをしなければいけない。


「とにかく彼らには、砦を放棄して避難してもらいます」


 この場に残って最後まで戦ったところで、無駄死にするだけだ。

 なので私はシールドフェザーを遠隔操作して、今度は天井付近に移動して半透明な盾を横方向に拡大して展開する。


「なっ、何をするんだ?」


 隊長以外にも周りの人たちも困惑の表情を浮かべて、成り行きを見守っていた。

 なので私は盾で天井を押し上げて破壊し、乗っている瓦礫を残らず外に放棄する。

 その際に魔物が何匹が圧殺したが気にせず、次の行動に移る。


 砦の兵士たちも唖然とした顔をしていたが、私は解除したシールドフェザーを大部屋の中央に降下して、再び拡大した。

 そして大部屋の人々を乗せたまま、ゆっくりと上昇していく。


「今の出力を維持するのは大変で魔力の減りも早いですが、王都に着くまでは保つでしょう」


 幸い天井を壊せばすぐに外に出られたし、飛行する半透明の青白い盾は珍しいが高い位置を飛んでいる。

 攻撃は届かないので、本当に空を飛ぶ魔物が居なくて助かった。


「高いところが苦手な人には我慢してもらうしかありませんが、取りあえず救出成功ですね」


 青い顔をして子鹿のように震えている人も多くいたが、きっと空を飛んだのが初めてなのだろう。

 慣れろというのも酷ではあるけれど、命があるだけ良しとしてもらう。


 とにかく隊長と部下の門番の願いは叶えたので、空中に表示させていたウインドウを消して、ようやく一息ついたのだった。

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