第47話 討伐
私はダークドラゴンを抑え込みながら、王都全体に声を届けて避難誘導を行った。
実際に空中に浮いて喋っているのではなく、フェザー兵器に急ぎ取り付けた投影装置でそのように見せているのだ。
さらにゲームで良くある、目標地点に光のマーカーを立てるアレを使った。
ついでに昨日から王都の隅々まで歌声が響き渡っていることで、集合場所はすぐにわかるだろう。
その後、シールドフェザーの結界が破壊されたので急いで呼び戻す。
だが魔力が枯渇したわけではなく、ただ一時的にオーバーヒートして光の盾を使えなくなっただけである。
障壁はガラスのようにバラバラに砕け散ったので、元通りに回復するまで時間はかかるが、取りあえず全員逃げられたので良しとした。
『まあ、やっぱり怒るよね』
仮想空間の自宅から映像を見る限り、自由になったダークドラゴンは物凄く怒り狂っている。
憂さ晴らしのつもりか、無人になった城壁をこれでもかと破壊していた。
そして私はと言うと、効かないとわかっていてもソードやガンタイプで牽制を行する。
住民の避難が完了するまでの時間を、何とか稼がないといけない。
王都の中でドンパチしているので建物の被害が酷いが、そこはもう諦める。
瓦礫や更地になっても無人なので死者や怪我人が出ないだけマシだし、時間稼ぎにはなっているので良しだ。
その一方で王都の人々は、皆が東門を目指して移動する流れになった。
生き残った騎士や兵士は彼らを必死に守るが、もちろんそれだけでは甚大な被害が出てしまう。
なのでフェザー兵器で上空から援護しているのだけど、正直かなり大変である。
『凄く! 忙しい!』
少し前までは多少の余裕ができたのに、ダークドラゴンが出てきてまた忙しくなった。
さらには王都から離れて、私の元にやって来る民衆を守る必要も出てきたのだ。
ついでにフェザー兵器はシールドタイプは全機回復中だし、光の盾は使えないので敵の攻撃は必ず回避しないと、被弾してそのまま撃墜される可能性が出てきた。
なので今まで以上に忙しく、出力限界まで酷使して何とか回している状況だ。
もし私に思考加速能力がなければ、とっくの昔に破綻しているのは間違いない。
「聖女様! 魔石の配置を完了しました!」
『ありがとうございます。それでは結界を補強しますね』
現実世界でジェニファーから声がかかったので、ポケベルに返信を入れておく。
私は本体は相変わらず歌って踊っているし、状況が大きく変化するまでプログラム通りに動く人形状態である。
ちなみに今やっているのは結界の補強で、魔石は現地調達だ。
王都がどれだけの人口かは不明だが、これ以上受け入れたら結界の強度が紙のように薄っぺらくなってしまう。
なので、うちの国民だけでなく避難民にも手伝ってもらって補強用の魔法陣を構築し、魔石の命令プログラムを新たに組んだりと、あっちもこっちも大忙しだ。
だが現実世界からは、仮想世界の出来事はわからない。
見た目こそ優雅に歌っている名ばかり女王だが、実はアヒルが水面下で必死にバタ足していることは誰も気づかないのだ。
そして結界が無事に補強されて、避難民の受け入れ準備が整ったという結果だけが残る。
「聖女様! 遅れて大変申し訳ありませんでした!」
やがて馬に乗った騎士団や大勢の兵士が、結界内に入ってきた。
浮遊するシールドフェザーの台座に乗って、歌って踊っている私の本体を取り囲んだ。
それを見たジェニファーとレベッカが驚き、慌てて近寄るのを止めようとする。
けれど私は準備が整ったことを感じて、ダンスプログラムを解除して本体の動きをピタリと止めた。
「女王様?」
「警戒しなくても、大丈夫ですよ」
相変わらず意識は仮想空間だが、遠隔操作を行い問題はないとゆっくり手で制する。
「皆さん、反撃の時が来ました」
そう言って東の空を見上げると、周囲の人たちも釣られて皆一斉に同じ方角に視線を向けた。
すると、こちらに向かって猛スピードで接近する物体に気づく。
「あれは!?」
「鳥か!?」
「いや! 巨人だ!」
空を飛ぶ白銀の巨人が視界に入った。
さらに一人の男性と三人の女性が、両手で抱えるようにしている。
「何とか間に合ったとは言えねえが、来てやったぜ!」
「ええ、来てくれて助かりましたよ。勇者。
それと、貴女たち三人もです」
ミスリルジャイアントが、結界内にゆっくりと降下してくる。
そして、人を踏まないように気をつけて着地した。
巨人に膝をつかせて両手を静かに下ろすと、
ちなみに三人娘は空の旅が余程怖かったのか、青い顔をして足腰が震えておっかなびっくりだ。
「状況は事前に伝えた通りですが、何か質問は?」
「問題ない」
彼は不敵に笑ったあとに、さらに言葉を続ける。
「それと俺は、他人に合わせるのが苦手だ。
悪いが四人だけでやらせてもらうぜ」
私もそうだが、天原も大雑把で自己中心的な性格だ。
しかし別に自分さえ良ければ他がどうなっても良いと考えているわけではなく、己が一番大事である。
「ええ、構いませんよ」
目の前で関係のない人が死んで良い理由にはならないため、彼も普通に助けるはずだ。
「私たちの間には、チームプレーなどという言葉は存在しません。
あるとすればスタンドプレーから生じる、チームワークだけです」
「ほう、わかってるじゃねえか!」
私と彼は、能力も性格も突出しすぎている。
足並みを揃えるよりも、現場の判断で臨機応変に動いたほうが効率が良く物事を進められるだろう。
何処かの課長の台詞を口にしたあと、ミスリルジャイアントの大きな手を、シールドフェザーの足場に向かって伸ばす。
「では、行きましょうか。魔物を殲滅しますよ」
「おうよ!」
「「「おっ、おお~!」」」
三人娘はまだ足がふらついているが、それでも魔物を相手に戦う気はあるようで返事をしてくれた。
巨大な手の上に乗り移った私は、コックピットを遠隔操作で開けながら集合した騎士や兵士に話しかける。
「これから私は勇者と共に反撃に転じて、魔物たちを殲滅します!」
魔物を絶対殺すマンの勇者がいるので、殲滅は十分に可能だと予測される。
「ですがその間は、結界が手薄になります!
貴方たちは避難民を守ってください!」
「お任せください!」
他の騎士や兵士も気分が高揚しているからか、元気いっぱいに返事をしてくれた。
それに大勢の民衆も大歓声があがっており、さらに王都の方角から続々と集まって来ている。
この勢いなら、しばらく大丈夫だろう。
そして私は開いたコックピットに飛び込んで、座席に腰かけてシートベルトを着用する。
遠隔操作でハッチを閉めながら起動シーケンスに入り、全天周囲モニターで外の様子を眺めて大きく息を吐く。
『結界を魔力で満たさないとだし、定期的に様子を見に戻らないと』
魔力供給源の私は、今はミスリルジャイアントを動かすためにコックピット内で電池のような役割を果たしている。
結界は大幅に拡張して魔力も満たしたのでしばらくは保つが、相変わらず外の魔素濃度は三十パーセントを下回ったままだ。
自動回復だけでは長時間の稼働は難しい。
私は自分の体を遠隔操作しながら、機体のカラーが白く染まって準備が整うのを少し待つ。
そしてこれ以上は本体を動かす必要がないので、呼吸を整えて静かに目を閉じるのだった。
自分の意識体は、仮想空間の自宅の居間で座っている。
そこから戦場の全てを把握して、各方面に忙しく指示を出し続けていた。
時間が止まっているので気持ちを落ち着ける余裕があり、次にどう動くかをじっくり考えることができる。
『まずは、ダークドラゴンを何とかしないとね』
しかし、私は決して全知全能ではない。
いくら自分が高性能のコンピュータだとしても、使い手がへっぽこでは機能を十全に発揮できないのだ。
それにヒューマンエラーなどしょっちゅうしているし、未来を予測して不味い状況に陥る前に軌道修正しているので、外から見ても気づかないだけだ。
取りあえず今は、厄介な敵であるダークドラゴンを倒さなければいけない。
私はミスリルジャイアントを操縦し、外部スピーカーから自分の声を出しながら空高く飛び上がった。
「勇者! ここを任せます!」
「構わんが、何処か行くのか?」
勇者パーティーは周りの魔物を相手に、無双しているようだ。
彼らの装備も私が強化しているので、従来よりも性能は格段に上がっていた。
バッタバッタとなぎ倒しながら空を飛ぶ巨人に話しかけてきた天原に、はっきりと答える。
「ダークドラゴンを討伐しに行きます」
「面白そうじゃねえか! 俺も行くぜ!」
「駄目です」
「何でだよ!」
ちなみに仮想空間から外部スピーカーを通じて声を出しているので、本体が喋っているわけではない。
私は小型のフェザー兵器を操って巨大トカゲの気を引きながら、勇者に正直に説明する。
「勇者の大魔法は、周辺被害が大きすぎます。
王都での使用は控えたほうが良いでしょう」
「お前が言えたことかよ!」
確かに巨大ロボットも似たようなもので、とんでも火力が出せる。
しかし私は、そんな大技ブッパでダークドラゴンを倒すつもりはない。
「大きなトカゲを倒す程度、剣一本で事足ります」
相手はブチかまししかできないトカゲなので、ミスリルジャイアントが到着した今なら何とでもなる。
「ちっ、確かにな! だがもし無理だったら、すぐ連絡入れろよ!
そんときゃいつでも、代わってやるよ!」
彼は少しだけ手を止めて頭をかく。
続けて横から飛びかかってきた魔物を一刀両断しながら、元気良く返事をする。
天原にもダークドラゴンの特徴は伝えてあるので、もし選手交代しても何とかしてくれるだろう。
「ありがとうございます。心に留めておきますね」
なるべくなら王都の被害を度外視して、大トカゲを倒したくはない。
なので一人で殺るつもりだが、その前にあることを伝えておく。
「召喚魔法陣があるのは王城ですので、うっかり当てないように気をつけてくださいね」
「ああ、わかった! お前もな!」
ただでさえ常に大量の魔素を消耗しているのだ。
損傷からの暴走は何が起きるかわからず、最悪第二、第三の勇者が召喚されかねない。
そうなると魔素濃度の低下に歯止めがかからなくなり、魔物がさらに活性化するだけでなく、私たちゴーレムの生存も危うくなる。
それだけは何としても阻止しなければいけないため、一応気を配っておくようにと天原に指示を出して、機械仕掛けの巨人は大空に飛び立つのだった。
勇者と別れて空を飛んで王都に入ると、すぐにダークドラゴンを発見した。
相変わらず私が操るフェザー兵器に翻弄されているようだが、もし普通に成長していたらこんなミエミエの罠はスルーしたはずだ。
幼体のまま急激に巨大化したことにより、知能も低いままになって手玉に取られたのだろう。
『しかし、かなりの魔物が侵入していますね』
王都を囲む城壁の一部は破壊されて、守っていた騎士や兵士は全員撤退している。
魔物たちが次々と街に入り込んでは、無人の建物などを壊しているようだ。
そして敵の動きを良く見ると、
『早めに片付けないと不味いですね』
気づかれないように、しっかり外部スピーカーをオフにする。
さらに腰から剣の柄を引き抜いて、青白い光の刃を構築した。
続けて遥か上空から大トカゲを目指し、凄まじい速さで強襲する。
『その首、もらったぁ!』
「ぐぎゃああああ!!?」
勝負は一瞬でついた。上空から勢い良く降下することで威力を増した斬撃が、ダークドラゴンの頭を斬り落としたのだ。
強敵を倒せて何よりではあるけれど、周辺被害は全くのゼロではない。
まず身長二十メートルもの巨人が勢いよく着地したことで、衝撃波が発生して周囲の物を吹き飛ばした。
さらに斬り落とした頭部が転がり、運悪く屋敷に当たって崩れてしまう。
幸い避難は終わっていたので犠牲者はゼロだが、このあとの復興のことも考えると悪いことをした気になる。
だが一番の難敵を打ち破ったことで、あとは数だけ多い烏合の衆に過ぎない。
私は光の剣を天高く掲げて、外部スピーカーと風の魔石を使って堂々と発言する。
「ダークドラゴンは、ノゾミ女王が討ち取りました!
皆さん! 魔物の殲滅まであと少しです!」
王都中に響き渡った私の声に呼応するように、人間たちも大喜びしている。
彼らはゴーレムと違って疲労を誤魔化しながら戦っていたので、強がっていても色々限界だった。
しかしあと少しで、地獄が終わると思えば頑張れるはずだ。
『扇動者のような真似はしたくないけど。ここで総崩れになるわけにはいかないからね』
これでもう、外部と連絡を取る必要はない。
スピーカーをオフにして、仮想空間で大きな溜息を吐く。
戦いはもうすぐ終わるので嘘は言っていないが、無理やり士気を上げているのだ。
深く考えずに勢いで発言したけれど、やり終わったあとにあまり良い気はしないと思った。
『私は名ばかり女王だし、責任は持ちたくないなぁ』
しかし愚痴をこぼしても始まらないので、ミスリルジャイアントは再び空高く飛び上がる。
そしてバックパックに積んであるフェザー兵器を起動して、光り輝く翼のように展開した。
今の姿は、とても神々しい機械仕掛けの巨人である。
そしてお約束的に、これだけは言わないと駄目なことを思い出した。
私は再びスピーカーを外に繋ぐ。
「これでトドメです!」
格好良い台詞を口にしながら、仮想空間で他のゴーレムに協力してもらい、魔物の位置情報を割り出してもらう。
キーボードやタッチパネルは使わないので楽ではあるが、思考操作で地道にロックオンしていく。
そして気が遠くなるような作業の末、フェザー兵器の有効射程圏内に居る敵全てに狙いを定める。
幸い射程範囲内の全住民の避難は終わっているし、出力調整も行い王都の建造物への被害は極力抑える。
魔物の質はともかく、数だけは途方もなく多い。
仮想空間での労働時間がとんでもないことになっており、いくら精神耐性があるゴーレムでもそろそろ一休みしたくなってくる。
『この件が全て片付いたら、魔都に帰ってしばらくのんびりしたいなぁ』
王都に来てからは、時間が止まっている仮想空間でしかまともに休めていないのだ。
急ぎの仕事があると休日を楽しむ気にはなれないし、別にワーカーホリックではないが無理をしない程度に作業してしまう。
だがまあ、それはそれとして準備が整った。
念のために未来予測で誤射しないかをチェックしてから、いよいよ実行である。
「フルバースト!」
お約束を言い終わった私は、再び外部スピーカーを切って大きく息を吐く。
『一号さん、二号さん、綺麗な花火ですよ』
『小さな光が、ついたり消えたりしています』
『ロウソクみたいで綺麗ですね』
ゴーレムたちは私の経験を追体験できることで、かなり人間っぽく振る舞うようになってきた。
自分もロックオンした魔物が花火のように吹き飛んだり、威力が高すぎて周りの建造物が次々と崩れていくのは綺麗で爽快だ。
例えるなら今まで苦労して積み上げてきたドミノを、一気に崩している気分だろう。
こっちは時間の経過を遅くしているので、長く楽しめている。
しかし現実世界では、ほんの一瞬のことだ。
人間たちにとっては、まさに花火のように美しくも儚い輝きだと、そう思ったのだった。
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