第40話 野盗

 色々あって、私は勇者の返還のためにコッポラ領を出発した。

 サンドウ王都に向かう際に、村や街に立ち寄る必要はないので素通りして先を急ぐ。

 ミスリルゴーレムは全身鎧で人間に見えなくもないが、やはり五メートルの身長はとても目立つし、大型のキャンピングカーが二台と各種マジックアイテムを所有している。

 旅人や商人にはとても見えない謎の一行は、とてもトラブルに巻き込まれやすいからだ。



 ちなみに世界中で魔物が活性化しているから、途中で廃村や街道で倒れて死んでいる人を何度も見かけた。

 さらには道中に襲われることも多々あったが、良くも悪くも死体には見慣れている。

 ついでに魔物はウルズ大森林よりもかなり弱く、私が出るまでもなかった。


 外では勇者パーティーとミスリルゴーレムが戦っているが、自分は車内から動かずに複数の分身体を遠隔操作している。


『やっぱり外の世界は物騒だし、早く家に帰りたいよ』

『女王様は、家に帰って何をするんです?』

『そりゃ一日中ゴロゴロして、平和なのを実感するんだよ』


 まずは仮想空間ではなく、現実の仕事から解放された喜びを噛みしめたい

 現在も政務に追われて多忙な日々が続いているが、データベースに意識を移して思考加速で仕事を処理することはなくなった。


 それでも未だに、のんびりする暇はない。

 心身共にゆっくりくつろげる日は、いつ来るやらだ。


『最高統治者の判断が必要な政務が多すぎるだよねぇ』

『人間を効率良く維持管理するためには、仕方がありません』


 他人任せにすると、統治において人為的なミスが起こるかも知れない。

 私も中身は元女子中学生なので失敗は多々あるが、未来予測ですぐに軌道修正を行えるのでまだ楽だ。


 そう考えると、やっぱり自分がやったほうがまだマシだろう。

 ついでにリアルタイム通信やマジックアイテムを使えて、異常が起きないか監視も可能なので効率的に運営できる。


 代わりに私なしでは回らなくなるが、取りあえず世界とは言わないが周辺諸国が平和になるまでは、何だかんだで第一線で働き続けることになりそうだ。


『世知辛い世の中だなぁ』

『ゴーレムには生き辛い世界ですからね』

『とても辛い』


 データベースを使って政務を行いながら、口調は軽いが真面目な話をしている。

 彼らは普段通りに返事をしてくれるので、私は気軽に相談できるのは良いことだ。


『魔物の討伐が完了したようです』

『そっか。じゃあ主要な部位だけ回収して、先に進もうか』


 魔石は絶対に欲しいので回収するが、あとは時と場合によりけりだ。

 安全になったのでレベッカとジェニファーや私以外のメンバーが加わり、解体処理を開始するのだった。




 そのようなことを続けながら、運転手を交代することで昼も夜も休まずに走る。

 そして明日には王都に到着する距離まで近づいた時に、森を横断する街道が倒木によって塞がれていることに気づく。


 そのままでは通ることができないので、二台のキャンピングカーはやむを得ず停車する。


「女王様、如何しましょうか?」


 運転手をしているレベッカが、車内の椅子に座って遠隔操作で政務をしている私に質問してくる。


 こっちも窓を開けて現場を観察すると、大きな丸太が複数積み重なって街道を完全に塞いでいることがわかった。


「切断面を見る限り、意図的に街道を塞いだのでしょう」


 倒木ではなく斧や刃物で切断されたあとが見えるため、意図的にそうしたのだろう。


「目的はまあ大体想像できますが、私たちで除去が可能です。

 迂回する必要はありませんね」


 高い確率で意図的な妨害工作が予測されるが、丸太も含めて現在の戦力で十分に対処可能だと思われる。

 なので私は、すぐに念話で指示を出す。


『ナンバーズは倒木の撤去をよろしくね。ただし周囲の警戒を緩めちゃ駄目だよ』

『了解』

『土木工事は久しぶりだなー』

『何だか、昔を思い出すわ』


 ナンバーズや他が少数しか居なかった頃には、彼らは土木工事が主な仕事だった。

 今は女王の護衛か魔都の精鋭部隊になっているが、そういう時代もあったのだ。


 とにかく彼らは昔を懐かしみつつ割と緩い雰囲気で、念話に花を咲かせながら大木を次々と退かしていく。

 人間離れした力を持っているため、この程度は障害のうちにも入らない。


 ただし油断は禁物なので、私は次の指示を出しておく。


「襲撃があるかも知れません。警戒はしておいてください」

「了解です」

「わっ、わかりました!」


 勇者パーティーのほうにも、無線で連絡を入れる。

 すると、すぐに承諾の返事が聞こえてきた。

 やがて大木が半分ほど撤去された辺りで、一号から念話が入る。


『女王様、敵です』

『詳しい説明をお願い』

『人間の兵士が百。我々を包囲するように近づいて来ています。

 移動速度から計算すると、五分以内に接触する可能性が高いです』


 詳しい情報を教えてもらった私は、そのまま他の者にも同じことを伝える。

 人間たちに緊張が走るが、野盗も兵士も百人ぐらいなら何とかなるだろう。


 それに、いつ何処で魔物と遭遇するかわからない異世界だ。

 キャンピングカーも頑丈に作ってあるため、良くも悪くも想定の範囲内なのだった。




 予測通り五分経つと、キャンピングカーの背後の茂みから十人の野盗が姿を現した。

 ただし彼らは囮で囲まれているが、私たちは恐怖も動揺もせずに落ち着いている。


「野盗にしては、良い装備ですね」

「やはり王国の兵士なのでしょうか?」

「可能性は高いですね」


 薄汚れてはいるが装備の質は良く、統率も取れている。

 九十パーセントの確率でサンドウ王国の兵士だと出ているが、まだ絶対とは言えない。


「そちらにノゾミ女王がいるはずだ!

 大人しく投降してもらおうか!」


 野盗の代表らしい強面の男が、堂々とした声を出す。

 しかし、聞こえているはずの私たちは誰も反応しない。


「我々はノゾミ女王を雇い主の元に無事送り届けるよう、命令を受けている!

 手荒なことはしないと約束しよう!」


 さらに彼は腰から金貨の入った袋を取り出して、こちらに見せる。


「何なら、この場の全員に報酬を払っても構わん!

 これは前金だ! 無事に送り届けたあとに、さらに倍額を支払おう!」


 野盗の言う台詞ではないので、やはりサンドウ王国の兵士かも知れない。


 だがまあそれはともかくとして、正体を隠している奴らを信用できるかと言えば、ノーである。

 さらには私を連れ去ると、堂々と口にする者たちだ。


 なので外部スピーカーをオンにして、彼らにはっきりと告げる。


「私はノゾミ女王ですが、貴方たちと共には行けません」


 野盗たちは大きな音が響いたので少し驚くが、風魔法でも同じことができるのですぐに冷静さを取り戻す。


「それに私の部下や勇者は、お金では動きません。

 引き下がったほうが、身のためですよ」


 サンドウ王国がどの程度の財力を持っているかは不明だが、私もその気になれば金塊を用意することも可能だし、目の前の野盗では手に入らないものをたくさん持っている。


 それに勇者は、次の国王になるつもりだ。

 もっとも魅力的な提案をしない限りは、裏切る気は起きないだろう。


 向こうもできる限り、戦闘を回避しして穏便に済ませようとしたはずだ。

 しかし、残念ながら失敗である。


「何より貴方たちの雇い主には、私から会いに行くので大丈夫ですよ」


 野盗たちは口は開かないが、明らかに動揺していた。

 特使の返還については書状を送っているので、国王にも謁見することになる。

 普通なら知らないことも知っていたことから、彼らの雇い主が誰なのかはほぼ確定した。


「いい加減に諦めたらどうですか? 無駄な抵抗は見苦しいですよ」


 キャンピングカーは馬よりも速いし、夜間も休むことなく走り続けられる。

 戦っても逃げても私のほうが早く王都に到着して、勇者を国王にするために動き出すのだ。


「まっ、待て! ならば、なおさら先に進ませるわけにはいかん!」

「貴方たちでは、勝ち目はありませんけど?」

「それでもだ!」


 この場の全員を返り討ちにするのは容易だが、無駄な犠牲は出すのも良心が咎める。

 彼らは命令を受けて目の前に立ち塞がっているけれど、ここでボコっても後味が悪くなるだけだ。


『しかし、警戒されてるね』

『勇者の強さは良くわかっているでしょう』

『ノゾミ女王様のことも、多少は知っている可能性は高いです』


 ゴーレムが念話を聞いて、私は困った表情をう浮かべる。


(戦って勝つのは簡単だけど)


 ここで彼らを倒せばサンドウ王国との関係はさらに悪化するし、一応は勇者も連れているので、善政を敷くなら後に統治を行う国の民と戦うのは如何なものかだ。

 あまりやり過ぎると、今後の統治に支障が出るのは確実だろう。



 どうしたものかと思案するが、重要な決断をする時に仲間のゴーレムはイエスマンになるので役に立たない。


 私は思考加速を使って現実では一瞬だがかなり長考した結果、自分なりの答えを口に出す。


「この人たちの説得は、勇者に任せます」

「はぁ!?」


 無線を使って後方の天原あまはらに伝えると、驚きの声が聞こえてきた。


「国王になる前段階だと思ってください」

「そう言われてもだな!」


 彼は国王として立つので、今ここで百人もの兵士を説得することなんてチョロいものだろう。


「自信がないんですか?」

「そっ、そんなわけないだろ!」

「では、お願いしますね」


 無線からの声は、若干自信がなさ気だ。

 そこで私は彼に渡したポケベルに、素早くメッセージを送る。


『私が勇者と同行していると、サンドウ国王に謁見するのが難しいでしょう』


 次に私は、キャンピングカーを遠隔操作に切り替える。

 ゴーレムたちにも、飛行ユニットに乗るようにと念話で伝える。


『国王は魔王と勇者が手を組むのは良しとしないでしょうし、離れている方が油断を誘えます』


 それとあまり刺激するのは逆効果で、追い詰められて再召喚とかやり出したら面倒だ。


『では、頼みましたからね』


 以上で、彼へのメッセージは終わる。

 しかし監視は引き続き行うので、未来を予測しつつ説得の方針ぐらいはアドバイスするつもりだ。


「ちっ! しゃあねえな! やってやるよ!」


 ヤケになったのか、それとも踏ん切りがついたのかは不明ではある。

 だが、とにかくやる気になってくれたようだ。


「では、私たちは一足先に王都に向かいます!」


 私は遠隔操作でキャンピングカーと飛行ユニットの魔石のリミッターを解除して、強制的に出力を上げる。


「急加速しますので、全員何かに掴まってください!」

「はっ、はい!」

「舌を噛むから、喋るなよ!」


 エネルギー供給の問題から、普段は地面から少しだけ浮く程度の低出力を維持しているが、今は上位者権限でプログラムを書き換えた。

 なので高度を上げられるし、最高速が馬よりも少し早い程度ではなくなったのだ。


「いかん! 奴らを行かせ──」

「やらせるかよぉ!」


 キャンピングカーから外に出た勇者が叫ぶと、その瞬間に激しい突風が吹き荒れて周囲の者たちを牽制する。

 どうやら無詠唱魔法を発動したようだ。

 兵士たちは飛ばされないように地面にしがみつくのに精一杯になり、茂みの奥に隠れていた弓兵や魔法使いも、まとめて行動不能だ。


「さあ! 振り切りますよ!」


 その間に私は遠隔操作でキャンピングカーを上昇させて、急加速で空を走る。

 この状態は燃費が悪く、魔石に蓄えられているエネルギーが急激に減っていくので長くは保たない。


 しかし、包囲網を抜けるには十分だ。

 今は私が居るので、いざという時には直接注ぎ込めば問題はない。


 だがそれでも、本来の想定以上の出力まで高めるため、使われている機器や部品の寿命を縮めたり、予期せぬ不具合が発生する可能性もある。


(あとで一通り点検しないとなぁ)


 なのでリミッター解除は、できればあまり使いたくない。

 しかり浪漫は抗い難く、ちょっとだけならええやろである。


 何にせよ護衛のミスリルゴーレムと一緒に森の外に出たので、レベッカに一言告げてから手動操作に戻した。

 まだ高度を維持したままだが、取りあえず窓から街道を見下ろして降りられる場所を探す。


 やがて見つけたのでゆっくりと地面に降下して、一旦停車する。

 ここで点検作業を行って安全確保したあとに、再び出発するのだった。

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