第32話 サンドウ国王
<サンドウ国王>
最近、城下町で妙な噂が流れるようになった。
コッポラ領に放っている密偵からも、同じような報告が届いている。
信憑性は乏しいが、念のためにウルズ大森林を見張らせていた。
それからしばしの時が流れて、玉座に座って他領の貴族と謁見していた。
すると突然、何の前触れもなく入り口の大扉が勢い良く開かれた。
「国王様に急ぎご報告致します!」
普段なら何事かと叱責するところだが、見ると兵士の様子がただ事ではない。
急を要する案件だと察したので無礼は不問とし、青い顔をして膝をついて震えるその者の報告を聞くことにする。
「ウルズ大森林に魔王が現れました!
コッポラ辺境伯様は千の兵を率いて戦いを挑みましたが、残念ながら力及ばすに敗北されました!」
「何だと!?」
魔王が現れただけでも信じられないのに、コッポラ辺境伯が敗北したのだ。
奴は統治者としては三流だが、軍を任せれば一流で戦闘能力も高い。
あまりにも予想外の事態に儂が混乱していると、周りの家臣たちが騒ぎ出す。
「魔王だと!?」
「とても信じられん!」
「何かの間違いでは!」
彼らの疑問は、もっともだ。
しかし兵士は震えながらも、はっきりと口に出した。
「魔王は恐ろしい魔法を使い、千の兵を一方的に蹂躙しました!
多くの密偵が同じ光景を目撃し、すぐに報告が届くはずです!」
兵士は相変わらず真っ青な顔をしていて、とても嘘をついているようには見えない。
取りあえず儂は混乱する家臣たちを落ち着かせつつ、玉座にもたれて息を吐いて顎髭を弄りながら、先程報告のあった魔王について考える。
辺境伯が独断で大勢の兵士を動かしたことは許し難い。
しかし魔王が魔物の群れを率いていたとすれば、非常時ゆえに仕方ないと言える。
おまけに恐ろしい魔法で、一方的に蹂躙されたのだ。
彼だけに責任を押し付けるのは、少々酷だろう。
(魔王の正体は、ウルズ大森林の奥地にいる女王で間違いあるまい)
彼女は見た目は幼い子供のエルフだが、ゴーレムの群れを率いている。
まるで、伝説の勇者たちが討伐した邪悪な魔法使いの再来だ。
そんな存在を、サンドウ王国としては断じて認めるわけにはいかない。
しかし、軍を送るのは時期尚早だ。
(魔王を放置はできんが、無策で挑むには危険すぎる)
強力な大魔法を連発できるとは思わないが、それ以外にも力を隠し持っている可能性が高い。
まずは情報を集めて、確実に勝てる状況を作り出すのが重要だ。
「しかし、魔王か」
儂の何気ない呟きを家臣の一人が反応する。
「過去に魔物たちを率いて世界を滅ぼしかけたと、伝説にはありますな」
彼の発言を肯定するように、儂は静かに頷く。
「だが、そのたびに勇者が召喚され、魔王は倒されてきた」
「光の女神様から授かった、召喚魔法陣ですね」
さらに別の家臣が口を開いたが、儂は大きな溜息を吐いた。
「しかし勇者を呼び出すのは時間がかかり、貴重な素材は膨大な魔力が必要だ」
色々な理由で、そう簡単には勇者は召喚できない。
民に多大な負担をかけ、下手をすれば国が傾くのだ。
光の女神様からも、世界の危機以外は使ってはいけないと固く禁じられている。
だが魔王が現れた以上は、今使わずにいつ使うと言うのだ。
家臣たちもそう思っているようで、珍しく前向きに検討している。
「我が国に魔王が現れたのです。躊躇う理由はありません」
「うむ、まさに世界の危機ですからな」
サンドウ王国は、帝国と聖国と合わせて三大国家と呼ばれている。
そして我が国は勇者を召喚しようとすると、すぐに横槍を入れてくるのだ。
理由は単純で、伝説の英雄を呼び出せば大陸の覇権国家になれるからだ。
光の女神様の御加護を得た存在は、もはや神々の代行者と呼んでも過言ではない。
諸外国が一目置くどころか平伏すのは確実だが、それゆえに正当な理由もなく召喚しようものなら、神々への反逆だと一斉に騒ぎ立てるのだ。
(コッポラ辺境伯の犠牲も、無駄ではなかったということか)
儂は玉座に深くもたれて、大きく息を吐く。
思えば過去にも一度だけ勇者を召喚したことがあるが、正確な記録は殆ど残ってはいない。
英雄や神話は何通りも残っているものの、王家に密かに伝えられてきてのは一つだけだ。
そんなことを考えていると、家臣がおもむろに口を開いた。
「サンドウ王国は、かつて魔王を討伐した勇者様が建国されたのでしたな」
「うむ、その通りだ」
歴史的には、勇者とは初代国王だ。
今も美談として語り継がれていて劇場で芝居が演じられたり、酒場で吟遊詩人が英雄譚を弾き語りするなど、王都ではとても人気があった。
(魔王など存在せず、勇者と仲間たちが世界樹を焼いて魔物を呼び寄せたなど言えぬな)
王族のみに伝えられてきた秘密は、決して公表するわけにはいかない。
歴史の裏側が表に出てしまえば、きっとサンドウ王家は求心力を失ってしまう。
(だが、邪悪な魔王など存在しない。魔法な得意なエルフはいてもな)
儂は過去の歴史を紐解いて、女王は強いが決して勝てない相手ではないと考えた。
何故なら魔王などという存在は、この世に決して存在しないからだ。
だが裏事情を知らない者は信じるだろうし、召喚魔法陣を使う絶好の機会を逃すわけにはいかない。
なのでここでもう一押しを行い、家臣たちに同意を求める。
「それにウルズ大森林の奥地には、世界樹があるのだ。
あれを魔物共にやるわけにはいかん。
サンドウ王国が管理せねばなるまいて」
全て燃えてしまったと聞いているが、まさか残っていたとは驚きだ。
ならば今こそ魔物たちから取り返し、サンドウ王国が守っていかなければいけない。
光の女神様から御加護を授かった勇者と、創造神様が我々に与えた世界樹の両方を我が国が所有すれば、覇権国家は確実と言える。
「勇者と世界樹、これでサンドウ王国は大陸の覇権を握れますな!」
「うむ、魔王を倒して世界樹を奪還するのだ!」
勇者の召喚は時間と金がかかるが、それを帳消しにするだけの見返りがある。
家臣たちもそのことに気づいたのか、興奮気味に口を開く。
「エルフが所有している、古代のマジックアイテムも手に入るのですね!」
「いやあ、夢が広がりますなぁ!」
密偵の報告では、高度なマジックアイテムを数多く保有している。
それら全てを我が国が奪えば、一体どれほどの利益になるのが想像もできない。
(最近は諸外国が、我が国に従わなくなってきた。ちょうど良い機会だ)
儂は魔王が現れなくても、近々勇者を呼び出すつもりだった。
かつてのサンドウ王国は、三大国家と呼ばれて畏怖の念を集めていた。
しかし近年になって腐敗や衰退が進んで国力が衰え、帝国や聖国に追い抜かれてしまう。
さらには周辺諸国もちょっかいを出してきているので、この辺りで格の違いをわからせてやらないといけない。
「ですが、魔王は人間との和平を望んでいるようですが?」
確かに魔物でも人間と仲が良いと聞くが、所詮は噂だ。
それにサンドウ王国が大陸の覇権を握るためには、ノゾミ女王国など邪魔でしかない。
「和平など、我々を油断させるために建前に決まっておろう」
「ええ、その通りでございますな」
「魔物の戯言など、信用には値しません」
魔物に操られている哀れな少女らしいが、エルフが人間よりも上なのが気に入らない。
魔法が得意なのは素晴らしくても、それとこれとは話は別だ。
しかそそのおかげで勇者を召喚する口実ができたし、世界樹を手に入れる絶好の機会が巡ってきた。
それにウルズ大森林の奥地にある古代の都やマジックアイテムが、全て我が国の物になる。
国際社会の覇権を握れるのは間違いなく、召喚による魔物の活性化や増殖など些細なことに思えるほど、膨大な利益を得られるに違いなかった。
勝利を確信した儂や家臣は、笑いが止まらなかったのだった。
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