第31話 引き籠もり

 コッポラ辺境伯とノゾミ女王国との戦いは、私たちの勝利となった。

 相手の装備を破壊したり手加減して不殺を貫いたので、犠牲者は一人でも出ていない。

 しかし逆らう者には容赦せず、死なない程度に叩きのめした。


 おかげで殺してはいないが怪我人は大勢でて、圧倒的な力を見たことで心が折れてしまう。

 様々な理由で、まともに動けない者が続出する。


 重要人物は一人残らず捕縛したものの、そこから先は完全にノープランだ。

 それでも高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処すれば何とかなると思っている。


 相変わらずマイペースで行き当たりばったりだが、これが我が国の女王だ。

 機械のように何でも完璧に処理するより、たまに適当でいい加減になるのが何とも人間らしい。


 元の性格は相変わらず変わらずに、頭も悪いままだ。

 けれどそれに関して思い悩んだりはせず、私はいつも通りお気楽なのだった。




 そのような事情はともかく戦後処理だが色々考えた結果、まずは最低限の治療をしたあとは、五体満足な兵士たちは全員解放した。


 ノゾミ女王国は捕虜を受け入れる余裕はあるが、私は外の世界にはあまり興味はない。

 それに世界中で魔物が活性化や繁殖しているなら、戦える人材を遊ばせておく余裕はないはずだ。


 コッポラ辺境伯がうちを支配しようとしたのも、そういう退き引きならない事情があったからだろう。

 だからと言って彼に協力する気は毛頭ないが、統治者的には気持ちはわからなくもない。


 何にせよ今は戦後処理を速やかに行うべく、私たちは魔都には戻らずにコッポラの街へと向かうのだった。




 最初の計画では王国と交渉して、ノゾミ女王国の存在を認めさせるつもりだった。

 しかしまさか千の大軍で攻めてくるとは思わず、さらには重要人物も多数引き連れてきていたのだ。


 そして私は降りかかる火の粉は払う主義なので、襲いかかってくる敵は容赦なく叩きのめした。


 だがそのせいで多くの人の心がポッキリと折れてしまい、心的外傷後ストレス障害を発症してしまう。

 この場合はPTSDのほうが馴染み深いが、ようは一方的に蹂躙されたトラウマが刻まれたのだ。

 時間をかければ精神的な傷跡は少しずつ癒えていくけれど、一朝一夕にはいかない。


 たとえ領地経営で必須な者を送り返しても、当分の間はコッポラ領の管理運営が滞るのは間違いなかった。


 ぶっちゃけ向こうから喧嘩を売ってきて大負けしたので、当然の報いである。


 しかし自らの不幸を甘んじて受け入れるかは別であり、感情的に納得できずにノゾミ女王国許せねえになるのは避けられない。


 どんなに理不尽でも世の中はこんなことばかりだ。

 私がどれだけ備えや対策をしようと、厄介事をやってくる。


 それでも、人間たちと友好関係を築くことは諦めたくない。

 なのでサンドウ王国側が和平に合意してノゾミ女王国を認めるまでは、私が代理のコッポラ領主になって管理運営することで、少しでも民衆の恨み辛みを軽減することに決めたのだった。




 私はリアルタイム通信を行い、本国に増援を要請した。

 さらにコッポラ領の各町村に、人材や物資を送り届けるように手配を済ませる。

 今はPTSDによって政務や領地運営を行える人が激減しているが、その辺りは私が何とかするしかない。


 女王専用のマイカーを遠隔操作で呼び出して、扉を内側から開けたあとに速やかに乗り込む。

 シートベルトを着用したあとに窓を開け、秘書のレベッカに手短に伝えておく。


「しばらく多忙になるので、私は車内から動きません。

 ですが声は聞こえていますので、心配しないでください」

「わかりました。女王様」


 伝えるべきことを口にした私は大きく息を吸って、目を閉じる。

 肉体から意識を完全に切り離し、仮想空間へと移動した。


『……さてと』


 データベースの中央には、一本の大樹がそびえ立っている。

 仮想空間には現実と同じ世界樹が生えており、根本には最初は何もない平野だったが今では巨大な街が広がっていた。


 何となく習慣で自分の体を色んな角度から観察すると、いつも通りの幼女ボディでジャージ姿である。


『うん、いつもと一緒だね』


 ここには身内であるゴーレムたちしか居ないので、見栄えにいちいち気を遣う必要はない。


 彼らは半透明のウインドウを映し出して閲覧していたり、複数人が集まって楽しそうに雑談していたりと、皆が楽しそうにしていた。

 そして仮想空間では現実とは時間の流れが違い、各々の処理速度に依存している。


 なので私以外は完全に止まっているわけではないが、各ゴーレムがある程度は自由に調整できた。




 だがそれはそれとして、取りあえず政庁の隣にある小さな建物に入っていく。

 現実と同じで敷地がやたらと広い以外は、3LDKの平屋住宅にしか見えない。


 実際にその通りなのだが、これが私にとってはもっともくつろげて仕事に集中できる場所だ。

 こっちでも警備してくれているゴーレムたちに、呑気に挨拶を返しながら歩いて行く。


 するとやがて玄関に付いたので、鍵を開けて中に入る。


『さてと、いつ和平交渉に応じてくれるやら』


 靴を脱いでスリッパに履き替えて、今後のことを考えて溜息を吐く。

 流石に話し合いもせずに、問答無用で戦争を吹っかけることはないだろう。


『念のために、アレを使おうかな』


 私は廊下を歩きながら半透明のウインドウを目の前に表示して、ある情報を閲覧する。


『ノゾミ二号。完成していたのね』


 そこには自分そっくりの人形が映っていた。

 そして完成していたことはかなり前から知っていて、ただ言ってみたかっただけだ。


 細部までこだわって、プロの職人が作り上げた等身大の私である。

 なお、自分は人形を眺めて楽しむ趣味はなく、いざという時に必要だから開発を命じたのだ。


『まさか世界樹の枝。便利すぎでしょ』


 世界樹の枝を私そっくりの人形に埋め込むと、まるで本体のように遠隔操作できるようになるのだ。

 だが他のゴーレムと同じで意識を宿すと体が耐えられないため、遠隔操作するのが精一杯である。


『でもまあ、人形型の多機能端末なら十分だね』


 本体と違って膨大な魔力はなく、ノゾミ二号も見た目通りの幼女だ。

 しかしこれで遠く離れた場所で政務ができるので、しばらく留守にするときには便利である。


 なので私は魔都の分身体を起動して、念のために動作確認を行う。

 問題ないとわかったので、向こうのメンバーに戦後処理で当分戻らないことを伝えて仕事を始める。




 その間に仮想世界の私は、ペッタンペッタンと可愛らしい音を立てながら台所に向かった。

 冷蔵庫を開けて中身を確認し、少し悩む。


『経験したデータを元に自由に作成できるけど。増えたなぁ』


 冷蔵庫の中には今まで現実世界で食べたことのある料理が、所狭しと並んでいた。

 別に冷やさなくても腐りはしないものの、外に出しっぱなしは行儀が悪いし食べたくなる。


『かぼちゃプリンにしよう』


 私はお気に入りのカタログギフト的な意味で使っていた冷蔵庫を閉じて、手元にかぼちゃプリンを実体化させる。

 専用の食器やスプーンも忘れずに、そのまま居間に向かってのんびり歩いて行く。

 

『さて、政務に取りかかりますか』


 両手が塞がっていても政務はできるので、目の前に半透明のウインドウを表示する。

 次に本体の乗った自動車を遠隔操作し、コッポラの街を目指して移動を開始した。


 今後しばらくは、ノゾミ女王国とコッポラ領の両方を管理運営することになる。

 時間がいくらあっても足りないが、ここに居る間は焦らず気楽に仕事ができる。


 だが、私は別にワーカーホリックではない。

 なるべく早くコッポラ領をサンドウ王国に返却して、我が国の存在を認めさせたいものだ。


 既にサンドウ王国には打診はしているので、今は和平交渉に応じてくれるのを焦らず気長に待つのだった。

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