第30話 戦争
ブライアンが魔都に訪れてからしばらく経ち、私は大勢のゴーレムや人間たちを率いてウルズ大森林の外に出ることになった。
周囲は見渡すと、荒廃した平野が広がっている。
前方の離れた場所にはコッポラ辺境伯の軍勢が陣形を組んでいた。
兵の数は向こうが千で、うちが二百といったところだろう。
ちなみにあっちの言い分は領主自らが誠心誠意謝罪したいので、女王の居る魔都に招いて欲しいだ。
しかし罠であるのはバレバレであり、正直に受けるつもりはなかった。
そのために私は樹海の外に出て、二百名の兵士たちの前に舞台を設置したのだ。
そして上に上がってマイクを片手に持ち、風魔法を発動してコッポラ辺境伯に呼びかける。
「コッポラ辺境伯の謝罪は受け取りました! なので、帰っても構いませんよ!」
最初は手紙にして許すのでうちに来ないでくれと、オブラートに包んで伝えてもらったのだ。
しかし辺境伯は諦めずに、千の軍勢を引き連れてウルズ大森林の入り口までやって来た。
このまま踏み込むと凶暴な魔物に襲われる。
なので手前の荒野に留まっているが、ここも絶対に安全というわけではない。
私としては全面戦争は回避したいので、できれば早く帰って欲しかった。
だが立派な鎧を着た辺境伯が馬に乗り、軍隊から少し前に出てきて大声で叫んだ。
「ならば、我々をノゾミ女王国に招き入れて欲しい!
ウルズ大森林の奥地にある古の都を、この目で見たいのだ!」
確かに古の都は浪漫なので、気持ちはわかる。
しかし、彼の提案を受け入れるわけにはいかない。
辺境伯と彼の軍勢をノゾミ女王に案内すれば、騙して悪いがになるのは目に見えている。
ただし、まだ戦いは始まっていない。
話し合いの段階なので、それで解決できれば越したことはなかった。
「ノゾミ女王国は現時点では受け入れ体制が整っておらず、案内することはできません!」
良くある今は時期が悪いおじさん的な、やんわりとした断り方だ。
しかし本心は断固拒否なので、一歩も引かない姿勢である。
「ならば、いつなら良いのだ!」
「現時点では不明です!」
はっきりと時期を明言しないことで、その気になれば何年先でも可能である。
もし侵略目的が変わらなければ、ずっと受け入れないつもりだ。
「ふん、話にならん!」
コッポラ辺境伯も私の真意がわかったのか、忌々しそうに舌打ちする。
だが次に舞台の上に立つ私に視線を向け、不敵に笑った。
「まあいい! 魔物の女王を引っ張り出せたのだ!」
予想はしていたが、やはり引き下がる気はないようだ。
そして人間たちを刺激しないために、二百名という少数精鋭である。
だがたとえ敵が倍以上の兵力でも、負けるつもりはない。
(困ったなぁ。私は別に戦争をしたいわけじゃないのに)
コッポラ辺境伯とは違い、こっちは別に戦って勝つのが目的ではない。
人間たちとは友好的な関係を築きたいので、ここで退いてくれるなら一番良いのだ。
「退いてはくれないのですか?」
駄目で元々だが尋ねてみたが、彼は意地の悪い笑みを浮かべる。
「魔物の支配から解放してやるのだぞ? むしろ感謝してもらいたいぐらいだな!」
本当に私が魔物に操られていると思っているかどうかは別として、目的は女王からマジックアイテムや魔都の情報を聞き出すことだろう。
つまり今後私は、個人や国家の欲望を満たすために死ぬまで利用され続ける。
(はぁ、本当に迷惑)
思わず大きな溜息を吐いてしまったが、それでも彼に向かってはっきりと意見を口にする。
「余計なお世話ですし、頼んでいませんよ」
「ふん! 魔物に操られている女王の意見など、どうでもいいことだ!」
私は意地の悪い笑みを浮かべる辺境伯をじっと見つめて、やっぱりそうなるのかと心の中で覚悟を決めた。
「降参するなら今のうちだぞ」
「降参はしません。最後まで抗います」
戦いは避けたかったが、こうなった以上は仕方がない。
この場の全員に、作戦は事前に伝えている。
「それに、勝つのは私たちです」
とは言っても大雑把な指示を出し、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処せよだ。
つまりは行き当たりばったりだが、辺境伯の軍勢ならそれで十分である。
そして私の発言が開戦の合図となったようで、彼が大きな声で命令を下す。
「全軍突撃! 女王を捕えろ!
他の者は殺しても構わん!」
まずは前列に並んでいた歩兵や騎兵が、一直線に突進してくる。
何もせずに手をこまねいていては犠牲者が出るため、私もすかさず作戦行動に移る。
そして事前に組んでおいたプログラムを起動して、意識を仮想空間に移した。
あとは自動操縦になるが、基本的には舞台の上で歌って踊るだけなので問題はない。
「私たちも作戦開始です! それでは、あとはお願いします!」
既に前奏が始まっているので、今のうちに肉体を遠隔操作して全員に作戦開始を告げておく。
「任せろ!」
「女王様のために!」
「この先には、通しはしない!」
ノゾミ女王国製の装備で身を固めた兵士たちが、私を守るために円陣を組んで武器を構えた。
舞台の両端に設置された巨大なスピーカーからは大音量で音楽が流れており、風の魔石の効果で戦場の隅々まで音が届く。
『それじゃ、やりますか』
先程起動したプログラムに従い、本体が正常に動いていることを確認する。
さらに幻惑魔法で半透明な巨人を投影し、戦場の何処からでも自分が華麗に踊っている姿が見えるのだ。
「こっ! この歌は一体!?」
「まさか、聖女様なのか!?」
「馬鹿! 幻惑魔法に決まっているだろう!」
「しかし、なっ、なんと美しい歌声だ!」
どうやら効果は抜群のようで、戦場に混乱が広がっている。
コッポラ辺境伯が前線で指揮を取って落ち着かせようとしているが、この隙を逃すつもりはない。
『長引くと被害が増えるし、早めに勝負を決めたいね』
今の私はプログラムにより、踊りながら歌っているように見せている。
意識を宿して体を動かしているわけではない。
仮想空間の自宅の居間で、こっちの正装であるジャージ姿で適当にくつろぎながら、大量に運び込んでいたフェザー兵器を一斉に起動する。
『シールドは使うことはないかな』
コッポラ辺境伯の軍勢は混乱しているし、二百人の護衛たちが守りを固めている。
敵が舞台の上で歌って踊っている本体を攻撃することは、殆どないだろう。
実際にソードとガンが戦場を高速で飛行し、手動でロックオンした相手を攻撃している。
「これが神の裁きか!?」
「何だ! この攻撃は!」
「ぎゃああっ! けっ、剣が折れて!?」
「あんな遠くから! ぐわぁ!?」
青い光が煌めくたびに、戦場のあちこちで兵士が悲鳴をあげる。
ちなみに私は無慈悲に殺戮しているわけではなく、魔法の刃と射撃で敵の装備だけを的確に破壊していた。
『殺さないように手加減するのも、なかなか大変だなぁ』
装備が壊れても諦めない場合は、致命傷にならないように出力を下げる。
衝撃で吹き飛ばして気絶させたり、動けない程度に加減したりと苦労して戦っていた。
これは停止した時間の中で思考できるからこそ、可能なことだ。
正面から戦えば幼女は非力で勝ち目はないので、近づかれる前に潰すのは正しい選択である。
「くそ! 何だ! あのマジックアイテムは! ……ぐわっ!?」
遠距離からの射撃が、辺境伯の鎧に当たった。
貫通はしないが落馬し、地面に転がる。
だが出力は抑えているので、鈍器でガツンと殴られた程度の衝撃だ。
おかげでコッポラ辺境伯は、ふらつきながら何とか立ち上がった。
しかし、その頃には千の軍勢は壊滅的な被害を受けている。
武器や防具の殆どが破壊され、まだ逆らうようなら気絶するか動けなくなるまで、一方的にボコボコにしてやった。
『そろそろ終わったかな?』
仮想空間で戦場を見回し、全ての敵を無力化して味方の損害がゼロなのを確認する。
私は本体に意識を戻して、大きな声で叫んだ。
「ノゾミ女王国の勝利です!」
「「「うおおおおお!!!」」」
フェザー兵器を天使の羽のように展開して宣言すると、この戦場で勝者となった者たちの叫びが響き渡った。
今回の作戦は、漫画やアニメから得た知識を元にした。
歌ったり踊ったりしたり、不殺を押し通せば最終的には何やかんやで仲良くなれるのだ。
なお現実に通用するかは、やってみないとわからない。
それでも普通に戦争をして、大量殺人するよりはマシである。
ちなみに自分が考えていたのはここまでで、その後のプランは白紙だ。
物作品も詳細は描写されておらず、何だかんだでいつの間にか戦争は終結して、関係が修復していた。
だが私は一国の代表であり、戦後処理からは逃げられない。
このあとは、どうしたものかなと頭を悩ませる。
取りあえず、早急にコッポラ辺境伯や重要人物を捕縛しないといけない。
責任逃れのために部下に殺されることがあるらしいが、自分はそういうのは結構ですだ。
なので大きな声で降伏勧告を行い、急いで負傷者の治療を行うようにと指示するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます