第29話 敵対

 コッポラ辺境伯が派遣した使節団の頼みを聞き、食糧支援を行った。

 だが向こうの兵士に襲われて、全員無事なのが幸いだったが命からがら逃げ帰ってくる。

 予測通りではあるが、やはり簡単には友好関係は築けないようだ。


 しかし三十トンの食料は渡したし、一年契約が初日で打ち切られたのは残念だが、我が国に落ち度はない。

 何より自分は諸外国には元々あまり興味はなく、ノゾミ女王国の安全を確保して管理運営ができていればそれで良かった。


 なので今後しばらくじゃ書類のやり取りのみに留めて、亀の歩みで関係修復していければ良いかなと考えていた。


 だが私の予想が甘かったのか、辺境伯がぶっ飛んでいたのかはわからない。

 しかし残念ながら、そうはならなかったのだ。




 食糧支援から少しだけ時間が流れて、季節は秋になった。

 伊勢神宮に似た施設で、新しくやって来たコッポラ辺境伯の特使を迎える。

 私は謁見の間の一段高い畳の上に座布団を敷き、彼らに声をかけた。


「ブライアン、久しぶりですね」

「はい、女王様もお久しぶりでございます」


 魔都に訪れたのは、前回コッポラ領に戻った使節団二十五人だ。

 しかもそれだけではなく、さらに五十名の追加もあった。


 一体どれだけ人材がいるのやらと思いつつ、実際には新しく訪れた者の殆どが兵士だった。

 つまり隙あらば私を害するつもりなのだと察してしまい、コッポラ辺境伯に呆れてしまう。


(五十の兵なら私や守護騎士が出るまでもないし、彼がまた来るとは思わなかったなぁ)


 どうやらブライアンは、コッポラ辺境伯に信頼されているようだ。

 それとも他の者を送り込んでも、関係が悪化しているので門前払いされると考えたのかも知れない。


 確かに彼は危険を顧みずに辺境伯を説得したと聞いているし、かつて脱走して心変わりして味方になった密偵と同じで、再採用の機会を与えても良いと思っている。


 だが今はそのことは関係ないため、私はあくまでも女王らしく真面目な顔で発言でした。


「それで、今日は何の話でしょうか。

 食糧支援はコッポラ辺境伯が破棄しましたし、再開する気はありませんよ」


 本来なら一年は支援を続ける予定だったが、大勢の兵士に襲われたのだ。

 人間との友好関係を築くのは諦める気はなくても、コッポラ辺境伯とは距離を取りたい。

 それに焦って進めることでもないので、時間をかけてゆっくりと関係を修復していくつもりだ。


 私にとっては自国の管理運営が第一で、周辺諸国に構っている余裕はないし、面倒なのはごめんである。

 下手をすれば向こうから接触がなければ、何年だろうとウルズ大森林に引き籠もっても一向に構わなかった。


 だがブライアンは困った顔をして、続きを私に聞かせてくる。


「実はコッポラ辺境伯様が、直接ノゾミ女王国に謝罪したいと申されまして」

「……は?」


 彼が何を言っているのか。理解できなかった。

 あんな事件を起こしたので、ノゾミ女王国に謝罪するのはわかる。

 何しろ双方に犠牲者が出なかったとはいえ、両国関係は一気に冷え込んだのだ。

 仮想敵国と言っても過言ではなく、私はそのつもりであった。


 しかし、ブライアンの言葉は続く。


「コッポラ辺境伯様が、自ら足を運ばれて謝罪するのです。

 皆さんに多大なご迷惑をかけた償いをして、関係を修復するためにです」


 何とも嘘くさい話で、この場に集っている国民は誰一人として信じていない。

 使節団はうつむいたまま動かず、ブライアンは申し訳なさそうな顔を浮かべたままだ。


 控えている兵士たちに動きはないが、油断なく周りの様子を観察していることから、やはり辺境伯の息がかかっているとしか思えない。


「ですが! それは建前です!」


 ブライアンが真面目な顔で叫んだことで、謁見の間の空気が変わった。

 彼の後ろの兵士たちが慌て始めたため、私は素早く護衛に命じる。


「彼らをブライアンから引き離しなさい。

 暴れるようなら、多少手荒な手段を使っても構いません」

「かしこまりました!」


 新しく連れてきた五十名が抗議の声をあげるが、私はそれを聞く気はない。

 こちらの精鋭が睨みを効かせて謁見の間から追い出し、別室へと連行する。


 それから少しだけ時間が経って護衛が補充され、謁見の間の空気が少しだけ軽くなると、ブライアンが大きく息を吐いて発言する。


「私はコッポラ辺境伯様に仕えています。

 ですが、女王様の敵ではありません」


 彼のことは、今回も入国時から監視している。

 敵である追加の兵士とは違い、今の発言に嘘がない。


「もちろん、貴方たちのことは信じていますよ」


 私はにっこりと微笑みながら返答すると、ブライアンと他に残った二十五人の使節団は安堵の息を吐き、とても喜んだ。


 しかしずっとそうしているわけにはいかないので、私はコホンと咳払いをして続きを促すと、彼は緊張しながら姿勢を正す。

 そしてこっちを真っ直ぐに見つめて、真面目な顔で発言した。


「辺境伯様の目的は、ノゾミ女王様の捕獲、もしくは殺害です。

 謝罪は建前であり、大勢の兵士を引き連れて魔都に招き入れさせるつもりです」


 誰でも思いつく古典的な作戦だと思った。

 しかし両国関係の修復には相手を信じることが重要で、謝罪を受け入れないのは一国の代表として如何なものかだ。


(たとえ謝罪が偽りだとしても、許してあげるぐらいは良いかな)


 私も別に、コッポラ辺境伯と全面戦争をしたいわけではない。

 なるべくなら波風を立てずに、双方丸く収めたかった。


 なので彼の兵士を魔都まで案内する気は毛頭ないが、謝罪は受け取るので矛を収めてもらうのが一番良い。


 だが自分はあまり賢くなく、基本的には行き当たりばったりで物事を決める。

 最終目的は人間たちと仲良くするだとしても、現時点ではウダウダ考えるより殴って黙らせたほうが手っ取り早いになると、躊躇せずにそちらを選択するほどの脳筋だ。


 自国民ならまだしも敵国の多少の犠牲は、致し方ないと切り捨てる。

 私は全知全能の神様ではなく、体はゴーレムで心は人間なのだ。


 実際に頭の悪い作戦を思いついてしまった以上は、一応は殆どイエスマンの臣下たちに確認を取り、実行に移すのだった。

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